雪と氷の世界へ出発! 8
雪の中からにょっきりと生えた茶色のもふもふはなんだろう?
長い間、その場にしゃがんでピクピクするもふもふもを眺めていたら、兄様たちがぼくの不在に気づき慌てふためいてぼくのところへ走ってきた。
「「レン」」
「なあに?」
ほーっと胸を撫でおろす兄様とアリスター、白銀と紫紺はその場でペタンとお尻をつけて座り込んでしまった。
「だめなのよ? だいじなおしごとちゅーでしゅ。けんかはめ!」
胸を張って足を少し広げて仁王立ちのぼくの威厳に慄いて、兄様たちは苦笑してそれぞれ謝ってくれました。
別にぼくのことを放っておいて喧嘩していたから、膨れているわけではないよ?
「それでレンはこんなところで何を見ていたの?」
「これ」
ぼくが指で茶色のもふもふを指すと、兄様たちの顔がスンと真顔に変わる。
ピクピクしている茶色のもふもふ。
「ヒュー。これ……たぶん魔獣じゃないぞ」
「……雪に嵌っている間抜けな魔獣じゃなかったらなんだ?」
…………。
白銀と紫紺もお互いの顔を見合わせたあと、人化したまま茶色のもふもふの匂いをクンクンと嗅いだ。
「獣人だな」
「ええ。リスの獣人じゃないかしら?」
へー、リスの獣人さん。
だから尻尾のもふもふがこんなにふんわり大きいんだねぇ、と呑気に感心していたぼくの横を焦ったアリスターが走り抜けた。
「ヒュー。雪から引っこ抜け! 窒息するぞ」
「ああ、わかった」
アリスターと兄様がもふもふをがっしりと掴んで、畑からおイモを抜くように引っ張った。
ズボッと地上に顔を出したのは、グルグルと目を回した小柄なお兄さん。
「リスさん、だいじょうぶ?」
リスのお兄さんの顔の前で手をヒラヒラと振ってみるけど、反応がないみたい。
「とりあえず、洞窟に運んで休ませよう」
ズルズルと兄様とアリスターでお兄さんを引きずって移動していく。
「だいじょうぶかな?」
「平気だろう。ありゃ息ができなくて倒れたんじゃねぇよ」
「そうね。それよりもレンは大丈夫? 病み上がりなんだから無理しちゃダメよ」
心配性の紫紺にひょいと抱き上げられて、ぼくたちも洞窟の中へと戻っていった。
「ふうーっ。生き返りましたあ。ありがとうございます」
リス獣人のお兄さんは顔にいっぱい食べカスをつけて、深々とぼくたちに頭を下げた。
洞窟の奥で横たわるお兄さんのお腹から、地獄の呻きのような音がしてビックリしたぼくたちは、紫紺の「腹ペコで行き倒れていたのよ」との言葉に、しょっぱい顔をしてしまった。
こんな雪深い森の中に入るのに、食べ物を持ってこなかったの?
「いいえ。俺は収納魔法持ちでして、その能力を活かして狩人専門の行商人をしているんです」
むふーっとお兄さんの鼻の穴と尻尾が大きく膨らむ。
「今回はいきなり大雪が降り、しかも昨日は酷い吹雪で、俺もこの洞窟で足止めされまして……」
つい無計画に保存食を食べ切り、外に出て食料を確保しようとして上から落ちてきた雪に埋もれて動けなくなっていた……と。
さっき、ぼくも食べていたスープでお腹が満足したのか、お兄さんはニコニコと笑顔で話すけど、命の危険だったのではないでしょうか?
「これで、狩人の集落を回ることができます」
俺はなんでも商売にするので、調味料から服、武器、家具まで商品はなんでも揃っているんですーっ、と自慢された。
「いや、僕たちは必要な物は持っているから」
やや押し売り気味なお兄さん、リス獣人のジョーさんの商売トークに引き気味の兄様。
「それでは、受けた恩を返すとができません。商売人として借りは必ず返します!」
でも、ぼくたちも紫紺の収納魔法があるからなんでも持っているし、欲しいものも思いつかないなぁ。
ぼくの後ろで小鳥の真紅が「ピイピイ」とうるさいけど、あれは「菓子よこせっ」と騒いでいるだけだから無視です。
そのうち、白銀に首ねっこをギュッとされて大人しくなるでしょう。
いつものことだもの。
「あ、ヒュー。物じゃくて頼みごとをすればいいんじゃないか?」
「アリスター。頼みごとってなんだ? 別に困っていることは……ああ、そういうことか」
何かを思いついた兄様は、キレイな笑顔をジョーさんに向ける。
「へ? な、なんでしょう」
兄様の笑顔になぜかビクつくジョーさんは、やや腰が引けている。
「狩人専門の行商人ということは、集落の場所を把握しているってことですよね?」
「ええ、まあ」
にーっこりの兄様と、うんうんと頷くアリスター。
「じゃあ、ぼくたちを狩人の集落に案内してほしいな、そう、この森に住む狩人の中で一番強い狩人の集落へ」
「え?」
意外なことを聞いたとばかりにポカンと口を開けるジョーさんに、アリスターはバンバンと背中を叩いてダメ押しをする。
「よかったな! 命は助かるしタダメシは食わせてもらえるし、集落までは強い護衛と一緒に移動できるし!」
強い護衛というところで、白銀と紫紺へと視線を投げるアリスター、その視線と意図をバッチシ受け取った二人は尊大な態度でジョーさんを見下ろした。
とてとてとぼくはジョーさんに近づき、茶色のもふもふ、リスの尻尾にぎゅうと抱き着いた。
「いっしょ、いこ」
「えーっ! ええーっ!」
こうしてぼくたちはとっても心強い道案内人をゲットしたのだった。