地図とにらめっこ 5
白い空間にぼく一人、ポツン。
あれ? 夢の中かな?
でも、いつもは椅子に座って優雅にぼくを待っている瑠璃もいないし、微笑んで手招いてくれる桜花もいないよ?
クイクイッとぼくのズボンを引っ張るなにか。
「こはく?」
小さな小さな土人形の琥珀が、ぼくを見上げて小さなお手々でズボンを握りしめていた。
そして、もう片方の手で示すところには……。
「おおきな、かがみ?」
鏡なのかな? ぼくの姿は映っていないからガラスなのかな?
じっと見つめているとその鏡面がウヨウヨと動き、どこかの場所を映し出した。
「あれ? みんな、いる」
大きな鏡には、ぼくの大切なお友達、白銀たちが車座になって集まっていた。
「ちょっと、いつまでうじうじしてるのよっ。レンだって心配してたでしょ」
バシンとやや強めに尻尾で背中を叩いたが、白銀はもっふりとした毛で受け止めて反応なし。
「まあまあ、紫紺も。白銀の気持ちもわかるでしょう? 昔、守護していた地なんて、胸が抉られる思いよ」
よよよ、と泣き崩れる桜花に冷たい一瞥をくれてやったあと、アタシは瑠璃に助けを求めたわ。
真紅と翡翠? なにやら小声で口喧嘩しているけど、知らないわよ。
「瑠璃、お願い。このままその場所に行ってレンたちに何かあったら……」
そうよ、今回は騎士たちもギルもアルバートたちも同行しない。
一緒に来るのは、あの狼小僧だけ。
不安だわ……アタシ一人でもレンたちを守るのは楽勝よ?
でも、瘴気はアタシたち神獣聖獣には見えないしわからない。
それを操る道化師の男と遭遇したとき、万が一のことがあるかもしれないじゃない。
でも、真紅はまだ何かと戦えるほど神気が溜まっていない。
アタシたちの中でも随一の攻撃力を誇る白銀が、いつまでもうじうじ、ポヤーッとされていると困るのよっ!
腹立たしくなってゲシッと後ろ足で白銀のお尻を蹴っ飛ばす。
「イテーッ」
飛び上がって痛がる奴の情けない姿に、幾何の溜飲を下げてるアタシの耳に、瑠璃のため息が聞こえた。
「何をやっておる」
「だって、いつまでも白銀が……」
アタシと同じ聖獣でありながら、あの神獣エンシェントドラゴンと対の能力を与えられた瑠璃には、なんとなく頭が上がらない。
「白銀、お主もだ。確かに心騒ぐ地ではあるが、そんなに腑抜けているとレンを悲しませるぞ」
「お、おう。わかっているさ、爺」
あの性悪な闇の上級精霊ダイアナに頼まれて精霊楽器を探すことになったレンたちが疑わしいと思った場所は、この大陸の端にある氷雪山脈地帯だった。
そして、創造神・シエル様が神獣フェンリル、白銀に命じた守護すべき地だった場所でもある。
その場所に、白銀は多くの仲間と思い出と、神獣としての矜持すら置いてきた。
神が創った崇高な志すら捨てて。
「……複雑な気持ちだが、俺が護ろうと思った人狼族はもういない。ただ、懐かしいというか、ちょっと居たたまれない気持ちがしただけだ」
プイッと顔を横に向けて瑠璃に言い訳する白銀に、ホッと胸を撫でおろした。
バカなことを言い出した白銀が、いつもの白銀で、安心したの。
瑠璃に抱っこされたまま大人しくしていた琥珀が、くるりと振り向いて無邪気に問いかける。
「ボクが一緒に行こうか?」
「「「いらん」」」
あら、思わず白銀と真紅と声を合わせて拒否ってしまったわ、オホホホ。
「そもそも、白銀。お主は、あの争いのときはここを離れて遠くまで狼を引き連れて出張っていたと思うが?」
「ああ。自分とこの縄張りを血で汚したくなかったからな。でも、俺たちがいないときを狙って戦えなかった奴らが襲われて全滅だ。そいつらに申し訳ない気持ちがある。あとは……その……」
なにやら、口の中でモゴモゴと言いにくそうにしていたから、優しく聞き出してやったわ。
ええ、瑠璃と二人でとっても優しくね。
……正直、重たい話だったわ。
契約していた人狼族の元長を仲間の人狼族に殺されて、それを知らずに一族のために戦っていた白銀が得られたものは、同じ仲間の血で汚れた守護地だけ。
それも、狂った神獣には価値もなく、立ち上る瘴気に神気を混ぜながら暴れ続けることしかできなかった。
耳の痛い話よ。
アタシだって同じだもの。
そしてアタシは別の罪悪感にチクチクと胸を痛めているの。
「紫紺。あなたもあまり顔色がよくないわ」
そっと背中に添えられた桜花の優しい手に、ほうっと息を吐き出した。
「紫紺の顔色なんてわかるのか? 真っ黒じゃないか」
「失礼ね! 黒じゃないわよ」
真紅の失礼なセリフに、思わず尻尾でバシンと叩き飛ばしてしまったわ。
ヒュルルルルと飛んでいく真紅のことは無視して、アタシは桜花に懺悔するつもりで話しだした。
「実は……神獣クラウンラビットが封印されている砂漠の地は、元々アタシがあの方から命じられた守護地だったのよ」
アタシは最後まで告白すると、その場にわっと泣き伏した。
そうよそうよ、あの方から砂漠の地を守護するよう命じられたとき、アタシは絶望したわ。
だって、何もないんだもの。
あっちを見ても砂! こっちを見ても砂! 生きている虫はかわいくないし、お花が刺々しいってなんなのよっ!
一人、すみっこで項垂れていると、神獣クラウンラビットが守護地の交換を申し出てきたの。
自分が守護する森と交換しないか?
正直、嬉しくて嬉しくて、その場で踊りたくなるほどだった。
ま、その地で巡りあった縁で、アタシも目出度く闇堕ちして瘴気に神気を混ぜて振りまく暴挙に出ることになったんだけど。
「グスッ。アタシが大人しく砂漠の地に行っていれば、こんなことになってなかったかもしれないわ」
若しくは封印されていたのはアタシだったのかもしれない。
「紫紺よ、落ち着け。白銀も昔のことじゃ。今回はレンとヒュー、アリスターを守り精霊楽器を探し見つけること。そのことに集中せい。儂も海の中を探してみよう」
「爺、何かあるのか?」
「ふむ。一つは琥珀の近くにあったという。ならば、対になる海の中に隠されているのかもしれんと思ってな」
そうね、精霊楽器がなぜバラバラになり忘れ去られているのかはわからないけど、海の中にある可能性は高いと思うわ。
だって、瑠璃の棲まう海には瑠璃の神気が混じっているもの。
精霊楽器があの方に創られたなら、同じ神に創られたアタシたちの神気を求めるかもしれないもの。
「いいか。過去がお主らを絡め取ろうとしても、何よりもレンを優先せよ。いいな!」
「ああ、わかった」
「ええ、もちろんよ」
コクンと力強く頷いたアタシと白銀だけど、満面笑顔の琥珀が気になるわ……。
んゆ?
声までは聞こえないけど、白銀と紫紺がすごく悲しそうだった。
でも、瑠璃と桜花が慰めてくれたのかな? ちょっと元気になったみたい。
うん! 明日は元気になった白銀と紫紺と笑顔で遊ぼうっと。





