地図とにらめっこ 1
精霊楽器は精霊と契約した者が奏でることで、精霊の力、浄化の効果を増幅することができる。
正直、創造神様が創られた神獣聖獣の神気が混じった瘴気ですら浄化が難しいのに、その神獣聖獣がまき散らす神気が転じた瘴気など、精霊の力では浄化ができない。
それができるのは、各属性の精霊王たち、しかも瘴気に侵された神獣聖獣を正気に戻せるほどの浄化は光と闇の精霊王でなければできない。
力が足りない。
浄化の力を最大限に。
創造神が与えてくれた精霊楽器による力の増幅があっても、まだ足りない。
聞こえてくる。
誰かが歌っている。拙い精霊の契約者たちの合奏に合わせて、誰かが歌っている。
その澄んだ歌声に、浄化の力が輝く。
その美しい声とともに浄化の力が世界へと広がっていく。
奇跡の歌い手。
できれば、今回もその奇跡の歌い手が現れてほしい。
「ぼく、うたう?」
自分を指差し、首を傾げて大好きな兄様に問いかけると、兄様は「っぐ、ゴホッゴホッ」と咳き込んだ。
「だいじょぶ、にいたま?」
屈んだ兄様の背中をさすさすと摩ってあげると、弱弱しく笑って兄様がぼくを抱きしめてくれた。
「……誤魔化すのはよくないぞ、ヒュー」
「うるさい、アリスター」
なぜか兄様とアリスターが口喧嘩を始めてしまった。
「いやぁ、レンが歌ったら演奏どころじゃないだろう?」
ダイアナさんがいなくなってすぐに人化した真紅は、お行儀悪くペタンと地べたに座ってお菓子を頬張る。
「たしか……レンの歌って……」
「そうね。とっても個性的な歌よね」
白銀がぺしょんと耳を倒すと、紫紺も口の端を引きつらせて笑う。
んゆ?
なんかぼくのお歌に対して、みんなの様子がおかしいね?
もしかして、ここで歌ってほしいのかな?
「いやいやいや、レン。やめておこう。それよりヒューと一緒に楽器探しをしないか? ほら、地図広げてさ」
アリスターがバタバタと大きく手と尻尾を動かして、とっても魅力的なお誘いをかけてきた。
楽器探し……楽しそう。
「あい! がっき、さがしゅ」
あと二つある楽器は、どんな楽器なんだろう。
「「「はぁーっ」」」
アリスターたちが安心して息を深く吐き出していたけど、早くお屋敷に帰ろうよ!
兄様とぼくのお部屋にアリスターをご招待します。
リリとメグがお庭で食べれなかったお菓子をキレイに並べて、甘いお茶も淹れてくれた。
キャロルちゃんはプリシラお姉さんたちと一緒に騎士団の寮へと帰ってしまったのが残念です。
さて、兄様が引き出しからクルクルと巻かれた大きな紙を取り出して、机に広げました。
もちろん、お菓子のお皿でいっぱいのテーブルとは別のテーブルです。
「レンは初めて見るかな? この大陸の地図だよ」
前の世界では、地図なんてどこにでもあったし、誰でも見ることができたのに、この世界ではかなり秘密にされていて、自分の住む場所の地図さえも、その地を治める貴族か役人の上の人たちしか見ることはできないとか。
ええー、不便でしょ?
「しょうがないんだよ。いざとなったときに地形や川、山の場所が相手側に知られると戦況が悪くなるしね」
兄様の説明にぼくは顔を顰めました。
ううーっ、それって喧嘩したときの話だよね?
この世界でも、国同士に関わらず同じ国の貴族同士で争うことが頻繁に起きている。
だから、自分の領地の詳細な地図は秘匿しておくんだ。
やだな……怖いな……戦争なんて。
ちょっとしょぼくれたぼくに、アリスターはチョンチョンと地図のある場所を示す。
「ほら、ここが俺とレンたちが初めて会ったアースホープ領だぞ」
「んゆ?」
母様の実家であるアースホープ子爵領は、ぼくたちが住むブルーベル辺境伯領のお隣だ。
「そして、こっちがブルーパドルの街で、反対側がブルーフレイムの街だね」
兄様がトントンとリズミカルに地図の上を指で叩く。
ブルーパドルの街には瑠璃がいる海とお祖父様たちがいて、ブルーフレイムの街は真紅がいた火山と火の精霊王がいる精霊界の入り口、ぼくたちが作った温泉がある。
「これがアイビー国で、この山がスノーネビス山だからファーノン辺境伯領はここかな?」
兄様の指を必死で目で追うぼくとアリスターは、あることに気が付いた。
「偏ってるな」
「うん。あっち、ないの」
道化師たちが起こした悪いことと見つけた精霊楽器、ついでに神獣聖獣たちがいた場所や起こした事件の場所を地図に印を付けていくと、ある場所とある場所には印が付かなかった。
「アタシたちが知っているのが正しい情報とも限らないしね。特にアタシたちの居た場所はねぇ」
「そうだな。あちこちウロついてたし。翡翠の奴は乙女探しで放浪してたしな」
「……俺様はあの山にずっといたぞ」
うん、真紅がずっといたから火の精霊王様たちが困ってたんだけど。
「う~ん。怪しいのはこの砂漠地帯と大陸の端にある氷雪山脈地帯か……」
兄様が腕を組んで眉根を寄せた。
ポテッと紫紺の前足が地図の上、何の印も付けられていない砂漠地帯に置かれる。
「ここよ……。最後の神獣が、あの方に封印されている場所は……」
暗い声でそう呟くと紫紺はガックリと項垂れてしまった。
白銀もギュッと鼻にシワを寄せて、ギリギリと唇を噛みしめ呻く声で言葉を落とした。
「……問題の瘴気が発生していると思う場所だ……」
「しこん。しろがね」
二人がとっても苦しそうな表情で、ぼくはどうしたらいいの?
「けっ。今さらどうしようもないだろうがっ。いいか、あいつがここからあの道化師の男を使って瘴気をバラ撒いてるなら、俺様たちはそれを止めなきゃいけないんだ!」
むんっと小さな子どもの胸を張って真紅が言い切ると、紫紺と白銀はビックリした顔で固まった。
そして、ぼくたちもビックリした。
え、ええーっ、真紅がすごく真面目なことを言ったよ?
どうしたの? 何か悪いものでも食べちゃった?