ダイアナさんのお願いごと 2
「んゆ?」
ダイアナさんがみんなの前に出したのは、どれもぼくが見つけた楽器だった。
でもこれ、父様がため息を吐きながらハーバード様に渡したはずだよね?
「ブルーベル辺境伯から事件の詳細とともに提出されたのよ。この楽器は古の……神獣聖獣が大暴れした最悪の争いのときに創造神・シエルが創り出した精霊楽器なのよ」
昔、白銀たちが大暴れして、世界のあちこちをめちゃくちゃにしてしまったことがダイアナさんの口から語られた途端、我関せずでお菓子を食べていた白銀たちの動きがピタリと止まった。
……ぼくでさえ、緊張するこの空気感にお菓子を食べるのを遠慮していたのに、白銀たちはバクバクとお菓子を食べ続けていたんだ。
ぼくの足元で不自然に体を硬直させた白銀たちをそのままに、ぼくはダイアナさんの話に耳を傾けた。
「神獣聖獣は創造神・シエルによって封印の眠りを施され神界へと連れていかれた。でも、一柱だけ下界に残された者がいたのよ」
うんっと、ぼくが今まで会った神獣聖獣は、神獣フェンリルの白銀と聖獣レオノワールの紫紺、聖獣リヴァイアサンの瑠璃と神獣フェニックスの真紅。
えっと、えっと、聖獣ホーリーサーペントの桜花と聖獣ユニコーンの翡翠、そして神獣エンシェントドラゴンの琥珀だ。
兄様の読んでくれた絵本に書かれていた神獣聖獣たちは全部で八人だから、えっと、えっと。
「あ、ひとりたりない」
指折り数えてわかった。
神獣が三人と聖獣四人と出会っているから、あと神獣が一人いるはずだ。
「……レンは神獣聖獣を一人と数えるのね」
ダイアナさんの優しいような呆れたような微妙な目で見られて、ぼくはこてんと首を傾げた。
「そう、下界に残されたその神獣は、怨嗟の気持ちが強く創造神・シエルの力では浄化しきれなかった。そのため、下界の地下深くに封印することにしたのよ」
白銀たちの仲間は、今も一人ぼっちで地下で眠っているの?
「その封印する際に精霊たちの浄化の能力を増幅させたのが、この楽器よ。神が創った楽器だから神具と言っていいけど、六種揃わないと意味がないから、一つ一つは魔道具ね」
ダイアナさんの赤い爪がコロコロとオカリナを転がす。
んゆ?
六種? その楽器は六種類あるの?
「ええ。私たちの精霊の属性と同じ。火・水・土・風・闇、そして光。楽器を扱えるのもそれぞれの精霊と契約せし者」
「それって……この楽器の奏者がアリスターたちだって言いたいのか?」
兄様の顔色が瞬時に変わり、アリスターたちは楽器を凝視する。
「ええ。他に中級や上級の精霊と契約している者はいないわ。今回集まってもらったのは、再び神獣を封印する際、この精霊楽器を奏で契約している精霊の浄化能力を増幅してほしいこと」
ゴクリと誰かの喉が鳴る。
「そして、残りの楽器を見つけてほしいの」
「今あるのが三つ。あと残り三つ……半分か……」
「いいえ、ヒュー。ここに私が持っていた楽器があるわ」
ダイアナさんの袖から取り出されたのは、琴? これって琴だよね?
え? ダイアナさんの袖ってどうなっているの?
ぼくが不可思議な現象に目を大きく見開いていると、紫紺がコッソリと「収納魔法よ」と囁いて教えてくれた。
「精霊楽器はあと二つ。奏者によって形が変わるから、どんな楽器だか教えても無駄になるわ」
試しにちょっと触ってみなさいと唆されたぼくは、兄様が止めるのも間に合わず琴に触れた。
無意識に魔力を流してしまったのか、ペカーッと眩しく光ったあと、琴は小さなピアニカに姿を変えていた。
「……」
ぼくに琴に触るよう勧めたダイアナさんまで無言になると、ぼくもちょっといたたまれないんだけど。
「これは、なに?」
アリスターがプルプルと震える指で、ピアニカになってしまった精霊楽器を示す。
こっちの世界にピアニカってないよね?
ぼくもほんの少しの間だけ通った小学校で習っただけだもん。
「コホン。ま、このように形が変わってしまうのよ。問題はもう一つ。ここにいる精霊の契約者は火と水、土と闇。あなたたちには風の精霊の契約者を見つけ出してほしいの」
「風の?」
「ええ。ヒューたちがあの問題児、風の精霊王を探しだしてくれたことには感謝するわ。でもあいつ、自分の精霊たちの契約者なんて興味ないとか言って、探すこともしないのよっ! しかも風の特性なのか精霊たちも似たような性質で、フラフラして!」
ビキッとダイアナさんのこめかみに血管が浮き出て、ギュッと握られた手がブルブルしてて、怖いです。
どうやら、スノーネビス山で会った風の精霊王様は、他の精霊王様にバッチリ捕獲されしっかりとお説教されたみたいだ。
うん、水の精霊王様に見つかっちゃったもんね。
そして、精霊王としての責務を叩きこもうとしたら、あのチャラチャラした性格が矯正されることもなく、他の精霊王様をイライラさせるだけだったという。
火の精霊王様は大笑いしてたみたい。
せめて、風の精霊の契約者だけでも連れてこいと命じたら、「そんなの知らない」「精霊たちが勝手に契約しているかも」と発言したとか。
精霊王が呼び出した風の上級精霊も似たり寄ったりで、「契約なんて縛られたくない」とか「お気に入りは日ごとに変わる」とか、頭が痛くなっただけだったらしい。
「アレに任せていたら永遠に見つからないわ。だからお願い。風の精霊と契約できそうな者を探してきてちょうだい」
ぼくと兄様は顔を見合わせた。
「まぁ、精霊楽器を探す中で見つかれば。でも風の精霊の契約者だけでいいのか? 光の精霊の契約者も探したほうが……」
「光の精霊の契約者はいいの。あ……でも」
「んゆ?」
珍しくダイアナさんが言いよどんでいるね。
「ダイアナ?」
ウィル様も心配そうに彼女を見つめている。
「あー、光の上級精霊を見かけたら連絡もらえたら嬉しいわ。私と同じ光の最上級精霊よ。男性体を好んでいて、ものすごくバカで生意気で腹が立つヤツよ!」
ダイアナさんのたおやかな指でカップがバリバリンと粉砕される。
「ひあぁぁっ」
ど、どうしよう、すごく怒っているみたいだ。
ダイアナさんの怒気で、気温がグッと下がって冷たい空気が辺りを漂ってきている……気がする。
プンプンと怒るダイアナさんをウィル様が宥めて、王都へと帰っていきました。
うーん、嵐のようだった。
ぼくは、兄様とお手々を繋いで、テーブルの上に残された精霊楽器を、ぼくが形を変えちゃったから玩具の楽器みたいになっちゃったけど、じーっと観察する。
ねえねえ、誰がどれを演奏するの?
「そうは言ってもなぁ。俺は楽器なんて触ったこともない」
アリスターが腕を組んで、うんうんと唸っている。
プリシラお姉さんやドロシーちゃんも遠巻きに楽器を見つめている。
ちなみにウィル様は、ちょっとウキウキとした表情でピアニカを持って帰られました。
「アリスターは太鼓でも叩いていろ。それより、ダイアナが言い残してたことを考えなきゃ」
「んゆ?」
精霊楽器の残りを探すこと? それとも風の精霊さんと契約している人を探すこと?
あ、それともダイアナさんが顔を顰めていた光の上級精霊さんを見つけてあげることかな?
「そうだね、レン。それと、精霊楽器の力をさらに強める奇跡の歌い手を探すことだよ」
兄様は、静かな声で言いました。