ダイアナさんのお願いごと 1
水の微かな匂いに誘われて向かった場所には、もう水が涸れて捨てられたオアシスの跡があった。
そう、既に涸れて人に捨て置かれたオアシス……。
しかし、涸れていただろう窪みには、水が滾々と湧き出していて、茶色く枯れた木々の根元には、緑が鮮やかな葉がにょっきりと生えていた。
涸れたオアシスが復活しつつある?
オアシスが涸れることは聞いたことがあるが、同じ場所に再び水が湧き出すとは……。
俺は不思議なことに首を捻りながらも、水が湛えられていた窪みの斜面を滑り降り、満足するまで水を飲んだ。
「旨い」
いつも奴隷たちで回し飲むぬるい水ではなく、革袋の匂いが付いた水でもない。
体に巻き付けていた粗末な布を脱ぎ、冷えた水で全身を洗い流す。
「ふうーっ」
水が汚れてしまったが、気持ちいい。
ひと心地ついた俺は、オアシスの畔に倒れている人を見つけ、ぎくりと体を強張らせた。
……商隊の連中か?
ゆっくりと近づくと、そいつがもう死んでいるのが袖から覗く白い骨を見てわかった。
「魔導士?」
そいつが包まっているのは黒いローブで、体の下には魔法使いが持つ魔石付きの杖があった。
荷物を漁ると、金と保存食、国からの命令書と魔導書が見つかった。
命令書はどこぞの国の王からで、「涸れたオアシスの修復」だった。
この水、このオアシスは、魔導士の魔法で復元されたものだったのだろうか?
そして、力を使い尽くしたのか、そもそも砂漠の過酷な旅路に耐えられなかったのか。
俺は、無表情にそいつを眺め、金目のモノを奪った。
幸いにも着ている服も傷みが酷くはない。
保存食は流石に口にするのは憚れる状態だったので、適当に虫を取って食べ空腹を誤魔化す。
文字も読めない奴隷のはずの自分が魔導書を読み、理解できたことに驚いた。
しかも、その魔導書には涸れたオアシスを元に戻す魔法陣だけでなく、禁呪とも思える魔法や魔法陣が書かれていた。
「ふむ」
俺が手に入れた黒い霧の力をもっと増幅し、もっとばら撒き、その世界を一度破壊するに必要なものはなんだ?
それは、生贄と魔力だ。
「まずは、魔力を集めよう」
つまらない奴はこの世界に溢れている。
そいつらから根こそぎ魔力を奪い、ここにある魔法陣で力を増幅し、そして生贄を捧げ、全てを破壊する。
「……最後に俺が神になる」
そう、このろくでもない世界を壊したあとの素晴らしい世界の神に。
シーン……。
カチャカチャと茶器の音がするだけの重い空気の中、ぼくたちは屋敷のお庭に整えられたテーブルについてお互いの顔をチラチラと盗み見ていた。
沈黙が……沈黙が重いよ。
カチャッとソーサーにカップを戻して、この茶会を開いた主人がようやく口を開く。
「よく集まってくれたわね。今日は貴方たちに重要な話があるの」
ツンと顎を上げて尊大にそう言い放ったのは、闇の上級精霊であるダイアナさん。
この茶会に集められたのは、ぼくと兄様、白銀と紫紺と真紅、そして……。
「貴方たち精霊と契約した契約主たちには、私たちに協力してもらうわ」
否やを許さない強い圧に「うぐぐっ」となったぼくは、申し訳なさそうに首を竦めているウィルフレッド殿下と目が合った。
ウィル様は、ブルーベル家が仕えるブリリアント王国の第三王子様だ。
先祖返りの容姿で、少し悲しい思いをされてきた方だけど、今は周りの誤解も解けて王都でいろいろと頑張っている……らしい。
ある事件で知り合ったぼくらだけど、そのとき一緒に知り合ったのが闇の上級精霊であるダイアナさんだった。
ウィル様を気に入ったダイアナさんは、それ以降ブリリアント王家に居ついてしまっている。
でも、ぼくや兄様が水妖精のチルとチロと契約しているのとは違って、ダイアナさんがウィル様をただ気に入っている状態なんだよね?
こてんと首を傾げてダイアナさんに視線を投げると、彼女はバチンとウィンクを投げてよこした。
「わわわっ」
ぼわっと頬が熱くなって手をバタバタと動かしてしまう。
「ダイアナ」
ウィル様がクイクイッとダイアナさんの服を引っ張って、注意をしてくれた。
ううーっ、顔が熱いよう。
「コホン」
兄様がわざとらしく咳払いをして、チロンとダイアナさんを視線で戒める。
「あら、ごめんなさい。本題に入るわね」
ダイアナさんの要望で集まってもらったのは、兄様の右腕アリスターと火の中級精霊ディディ、人魚族の血をひくプリシラお姉さんと水の上級精霊エメ、アイビー国から移住してきた獣人のドロシーちゃんと土の中級精霊チャド。
そして、お庭に立派なガーデンパーティーの準備をしてくれたリリとメグ、アリスターの妹のキャロルちゃん。
セバスは父様たちの付き添いで、ハーバード様が住むブルーベル辺境伯邸へお出かけ中です。
問題児、聖獣ユニコーンの翡翠はぬいぐるみ状態でセバスに拉致されていった。
こちらに残しておくと新妻のセシリアさんを追いかけるからね、しょうがないよ。
辺境伯夫人であるレイラ様は、翡翠にキツイお仕置き済だから、あちらで悪さをすることもなく大人しくしていると思うよ。
ダイアナさんに集められたみんなは、少し居心地が悪そうに身じろぎしている。
「まずは、コレを見て頂戴」
テーブルの上、カラフルでかわいいお菓子のお皿の間に並べられたのは、見慣れた楽器だった。
「あっ!」
「そうよ。レンたちが見つけた、精霊楽器よ」
白いテーブルクロスの上に鎮座するのは、ぼくが手にしてその形を大きく変えてしまった、オカリナと鈴とでんでん太鼓だった。