神様の日記帳 ~シリアス編~
プリシラたちをブルーパドルの街へ連れて行く瑠璃に密かに目配せをしておいた。
流石に俺たち全員でエンシェントドラゴンが棲むスノーネビス山の頂上で顔を合わせるのは、気が引ける。
レンや他の者たちが寝静まった頃、俺たちは行動を開始した。
開始した……って、おい! 本気で眠りこけてんなっ。
ベシッと太い前脚で涎を垂らして眠る赤い小鳥の横面を叩くと、真紅はビャッと羽を立たせて飛び起きた。
「ピイッ」
<なにしやがるっ>
「……神界に行くのを、忘れてないだろうな?」
ググッと凄んでみせると、真紅はバタバタと羽を動かして顔を背けた。
このヤロウ。
俺と真紅が一触即発で睨み合っていると、紫紺が背中にぬいぐるみ状態の翡翠を布でグルグル巻きにして部屋に入ってきた。
「何してんのよ。時間がもったいないわ。早く行きましょ」
「あ、……ああ」
俺と真紅は紫紺の背中でシクシクと泣き続ける翡翠に視線が釘付けだ。
俺の頭の中に笑顔で翡翠を差し出すセバスの顔が浮かんだ。
「ま、いいか。レンたちが寝ている間に行こうぜ」
窓を少し開け外に出ると、俺と紫紺は空中を駆け上がっていく。
ピィーッと爪で空間を引き裂くと、俺と紫紺はその裂け目に体を潜り込ませ、暗い闇の中走り続けた。
闇が段々と白く明るくなっていく。
体にへばり付くような闇が払われ、白く清い空気が肺の中いっぱいに広がると、少しずつあの方の神気に包まれる。
「あら?」
開けた場所にあの方の神使である狐と狸がわちゃわちゃと動いていた。
俺たちが揃うときに使われていた長い机は円卓に変わっていて、用意された席は七つ。
紫紺はキョロキョロと辺りを見回してあの方の姿を探したが、いないとわかると大きく息を吐いた。
「ほら、お前も降りろ」
俺の背中に引っ付いていた真紅を振り落とすと、床に落ちる前に人化してクルクルッと回転し見事に着地した。
「ふふん! 俺様すごいっ」
自分で褒めるな、自分で。
円卓には一人ポツンと座っている人化した桜花が紫紺に気づいてブンブンと手を振っている。
「おや、儂が最後だったか」
「瑠璃。……琥珀」
瑠璃に琥珀を連れてきてくれるよう頼んでいたが、大人しく瑠璃の腕に抱かれている琥珀の姿を見て安心……安心できるのか?
「なんで、ミニドラゴンの姿なんだよ。瑠璃に抱っこされて?」
首を捻って尋ねると、琥珀はニコニコ顔で「いいでしょー」と自慢してくるが、瑠璃は困った顔で曖昧に笑うだけだった。
「さあ、話をしよう。儂らが揃うのも久しぶりだしの」
「ああ、そうだな」
前は席の位置が決まっていたが、円卓になってそれぞれが好きな場所に座っている。
桜花の隣に紫紺が、瑠璃と琥珀が隣同士に、俺は誰よりも早く菓子に手を付けている真紅の頭を押さえるために隣に座った。
「ひーいっ、僕を忘れないでー」
あ、紫紺の背中に括られていた翡翠を忘れてたよ。
全員が席に座り、狐と狸が用意してくれたお茶と菓子を口に運ぼうとしたそのとき、遠くから声が聞こえてくる。
……あの方だ。
「ひどいよー、僕も仲間に入れてよーっ!」
るんたっるんたっと能天気にステップを踏みながらこちらに近づいてくるあの方に、琥珀の何気ない言葉がズビシッと刺さる。
「あれ? 一人足りないよ? なんでクラウンラビットがいないの?」
「ふぐっ」
胸を両手で押さえてその場に蹲るあの方を、俺たちは冷めた目で見下した。
改めて、瑠璃と琥珀の間に戦犯……じゃなかったあの方にお座り戴いて尋問……じゃなかった話の続きをしよう。
だが、その前に、瑠璃がスウーッと右手を上げた。
「すまん。一つ確認したいことがあるのじゃが、いいかのう?」
「なんだ?」
正直、真紅と琥珀となぜかあの方はモグモグと菓子を頬張っているし、翡翠はこちらを警戒しながらビクビクしているから、まともな話ができるのは俺と紫紺と桜花だけだ。
「エンシェントドラゴン……ではなく、レンにもらった名前が琥珀だったか。しばらく連絡をしない間にずいぶんと、在り方が幼くなっているようだが、お主たち何をした?」
「へ?」
「さあ? 何もしてないわよ? 会ったときからそんなかんじだったわ」
俺と紫紺が顔を合わせて首を捻ると、桜花も右手を頬に当ててこてんと首を傾げた。
「昔は無気力だったのは覚えてるけど、今は生き生きとしているわね?」
「ふむ。あの地で眠ってばかりだったから退化でもしたのか……。いやいや神獣がそんなこと。しかしなぁ、ふむふむ」
瑠璃がじとーっと琥珀に視線を向けるが、琥珀はあの方と焼き菓子の取り合いに忙しい。
「白銀からドラゴンの国のことを聞いたが、琥珀は自分の山の近くにドラゴンが集まっているのを知っていたはずじゃ。気にはしておらんかったが。それを忘れてしまった? うーむ」
確かに神獣聖獣である俺たちに退化が起きるわけがない。
でも、琥珀のうっかり加減で考えると単純に興味がないから忘れたんじゃねぇの?
「そういうことがあるかもしれん。ま、幼さが気になるが悪い変化ではないであろう。これからは白銀、真紅も琥珀のことを気にしてやってくれ」
「なんで俺と真紅なんだよ」
「……さて。神獣同士、琥珀にとってはそれが意味のあることなのかもしれん」
俺は神獣と聖獣を区別して考えたことなんかねぇよ。
「強さだけで判断してたんでしょ」
紫紺、うるさい。
「うんうん。仲か良くていいね! あ、狐。お菓子のお代わりちょーだい」
ニコニコと菓子クズを口の周りにいっぱい付けたあの方は、呑気に皿いっぱいの菓子をもらっている。
「それで、シエル様。クラウンラビットはどこにいるの?」
「ぎくっ!」
琥珀の無邪気な質問に体を強張らせるあの方に、俺たちも大注目だ。
「そうだ。俺たちはクラウンラビットの居場所が知りたい」
「クラウンラビットの封印の状況もね」
俺と紫紺がグイッとあの方に迫ると、桜花と真紅も声を上げる。
「ええ。神気が混ざった瘴気の正体はクラウンラビットの神気であることがハッキリしました」
「俺様が蹴っ飛ばしてやるから、どこにいるか吐け!」
あの方は右に左に顔を向け、肩を竦めて押し黙る。
クラウンラビット……四番目の神獣クラウンラビットはあの争いのあと神界での眠りにつくことなく、怨嗟の心を持ったまま創造神シエル様に封印された。
あいつは未だに神気が混ざった瘴気を生み出しているのかもしれない。
それが世界のあちこちにばら撒かれている……あの道化師の男によって。
それも問題だが、俺たちが、いや俺が聞きたいことはもう一つある。
「シエル様。あんたはレンに何をさせたいんだ?」
あんたがこの世界に連れて来たレンに、神獣聖獣と契約させて、精霊王たちを繋げて、一体何をさせたいんだよっ。
お読みいただきありがとうございました。
この話で「山の頂へ 竜の王国編」は終了です。
途中、いろいろとあり更新が滞ったり、話がわかりにくくなったりした箇所があったりと、ご迷惑おかけしました。
本当に申し訳ないことですが、完結目指して進ませることを第一とさせていただきました。
次の章までは少しお休みいたしますが、遅くても年内には再開いたします。
それまでの間に嬉しいご報告ができればと思います。