ごめんなさい 2
「アンジェ。よかったのか?」
俺は長い間、それはもう俺が予想していたよりも長い時間、ヒューとレンにお説教していたアンジェを気遣った。
その前に父親である俺がしっかりと叱ったから、別にアンジェが嫌われ役をやる必要はなかったんだけどな。
どうしても、もっと叱るなら適任なのはセバスだと思うぞ?
「ふふふ。リカが生まれてレンちゃんがまた一歩遠ざかってしまうかもって不安だったの」
ヒューの事故と車椅子での生活、そしてアンジェも呪われて、俺たち夫婦の間には子どもができなかった。
レンと出会い、ブルーベル家の膿を出し尽くすことができ、ヒューの怪我もアンジェの呪いも解決し、とうとう俺たちの間に子どもを授かることができた。
生まれた我が家の姫、フレデリカ。
でも、ブルーベル家とは血が繋がっていない愛息レンの気持ちがどうなるか、俺たちはそれだけが不安だった。
「大丈夫だよ。レンはとてもリカをかわいがっている。ヒューが嫉妬するくらいにね」
アンジェの柔らかい体をそっと抱き寄せ、安心させるように優しい声で真実を紡ぐ。
「ええ。だから、もっとレンちゃんに寄り添っていこうと決めたの」
アンジェはレンに対していつも両腕を広げ受け入れていた。
しかし、リカが生まれたことで、レンとの家族の絆を一層強めたくなったらしい。
「少し前の私だったら、レンちゃんに厳しいことは言えなかったわ。きっとかわいそうな子だと同情して甘やかすだけだったと思う」
でも、それは母親として正しいのか? いいえ正しいなんてことは誰にもわからない。
受け入れる、受け入れているつもりだった……でも、もっと踏み込んでもいいのでは?
「私が嫌われたくないからレンちゃんに優しくするのは違うと思うの。レンちゃんのことだけを思って行動したいの」
本当なら虐待されていたかもしれないレンに叱ったり、厳しいことを言ったりするのは、怖い記憶がフラッシュバックしてしまいそうで躊躇してしまう。
それでも、一緒に泣いたり怒ったり、笑ったりして、もっともっとレンとの距離を縮めたいのだとアンジェは熱弁した。
「アンジェはレンの母親として立派にこなしていると思うけどなぁ」
むしろ、俺のほうが父親としては情けない気がするぞ。
「いいえ。私はレンちゃんの母親になりたいとか気弱なことはもう思わない。私がレンちゃんの母親なの! あの子の母親は私なの!」
「アンジェ」
キリッと目付き凛々しく両手を力いっぱい握りしめる愛妻が愛おしくて、ギュッと抱きしめた。
「そうだな。ヒューとレンとリカの母親はアンジェで、父親は俺だな」
「ええ。これからもビシバシ叱ります! そして、いっぱいいっぱい愛します!」
アンジェの世界で一番優しい宣言に俺は何度も頷いた。
プリシラお姉さんたちが海王国へと旅立った日の夜。
ぼくと兄様と白銀たちは、お祖母様にも叱られました。
ご、ごめんなさい。
ファーノン辺境伯の問題を解決したことや、ドラゴンの卵泥棒を解決したことは褒められたけど、連絡をしなかったことを叱られました。
しかも、リカちゃんがぼくたちの不在に気付いて機嫌が悪くなり、ずっとグズグズしていてみんなを困らせていたらしい。
ご、ごめんねリカちゃん。
ちなみにアリスターは騎士団の先輩たちに叱られ、今はマイじいがブルーパドルの街へ行っているからセバスに叱られ、夜はキャロルちゃんに文句を言われたらしい。
ごめんね、アリスター。
あと、関係ないけどアルバート様が行方不明だからロバートお祖父様は騎士のみんなとユージーン様を捕まえて剣のお稽古してたみたい。
剣の稽古が嫌いなユージーン様が恨めしい顔で兄様を見ていたよ。
ごめんなさい、騎士のみなさんとユージーン様。
ぼくも落ち込んじゃったけど、白銀と紫紺はズズーンと凹んでいた。
ナディアお祖母様のお説教も堪えたけど、母様から叱られたことがショックだったみたい。
ごめんなさい、白銀と紫紺。
「なんでレンが謝るのよ」
「だって、ぼくのわがまま?」
遺跡の中で迷子になったのもぼくだし、そこで指輪を見つけてドラゴニュートに連れられてドラゴンの国へ行ったのもぼくのせいでしょ?
「レンのせいじゃないよ。一緒にいた僕だって責任はあるし、連絡しなかったのも僕だしね」
兄様がちょんとぼくの頬を突いて、笑って慰めてくれる。
ううっ、兄様もごめんなさい。
ぼくのせいで父様はともかく、母様とナディアお祖母様からも叱られちゃった。
「ヒュー。ごめんなさいね。アタシが転移魔法であちこちと連携を取ればよかったわ」
「紫紺。紫紺のせいでもないよ。結果的にファーノン辺境伯の問題は片付いたし、ドラゴンの国の事件も解決した。風の精霊王様を見つけることもできたし、神獣エンシェントドラゴン様との縁もできた。悪いことばかりじゃないでしょう?」
兄様が紫紺の頭を優しく撫でると、紫紺は気持ちよさそうに目を細めた。
「最後の出来事は余計だと、俺様は思うぞ」
真紅がぶーっと頬を膨らませるけど、琥珀の土人形を一緒に作ってたよね?
「それより、レンは叱られて母様やナディアお祖母様のこと嫌いになった?」
「え! ううん。ううんでしゅ。あのね、えっと、ちょっと、うれしかった」
ふふふと微笑むと兄様が大きく目を見開いたあと、声を出して笑った。
「アハハハハッ。そうか、嬉しかったのか。レンは凄いな。僕なんて怖くて怖くて」
ギュッとぼくを抱きしめて兄様が明るく言うと、白銀と紫紺が口々に「アンジェの目が吊り上がっていた」とか「ナディアが笑うと怖い」とか好き勝手に言い出したよ。
みんなの怒られた文句を聞きながら、ぼくは旅の疲れからかゆっくりと眠りの世界へと入っていった。
おやすみなさい。
みんな、心配かけてごめんなさい。
ぼくを心配するほど好きでいてくれて、ありがとう。
「そういえばアルバート叔父様たちはどこに行っちゃったんだろう?」
「ああ、ロバートの奴がアルバートの代わりに騎士団をしごいていて、とんでもない惨状になってたな」
「……アルバートだったら、コバルト国に向かってたみたいよ? 途中で気配を感じたもの」
「「えっ?」」
「ダンジョン攻略でもするつもりなんでしょ? あのスノーネビス山の近くにAランクのダンジョンがあるってギルが言ってたじゃない」
「「……ああ」」