春花祭本番 4
狼獣人のアリスターに囁かれた不穏な言葉の意味が理解できず、父様たちに相談しようとしたぼくの顔に沢山の風船がぶつかる。
「ぶっ」
「さあ、レンはどの色がいい?どの色が好きなんだ?」
ニッコニッコの上機嫌の顔で父様が、さあ選べ!とぼくの顔にぎゅうぎゅうと風船を押し付けてると、白銀も紫紺にシバかれたのを忘れたかのように、尻尾を高速に振って風船を見せびらかしている。
うー、ちょっと風船が多すぎてよく見えない…。
「ほら、そんなにしたらレンが苦しいでしょ。ちょっと離れなさい!……じゃないと、割るわよ」
シャッキーンと爪を伸ばして紫紺が父様を脅かしてくれたので、風船圧迫地獄から解放されました。
ふぅーっ。
でも父様は期待の籠った目をキラキラとさせて、選べ!選べ!とせがんでくる。
好きな色は決まってるんだよなあ…。
やっぱり、兄様のお目々の色で…。
「んっと、あ……、あ…」
青い色が欲しいと言えない。
じっーと父様たちが、ぼくを期待の眼で見つめている。
これは、あれだ。ぼくが何色を選ぶかが、重要だ。
青色を選んだら、兄様と同じ眼の色の父様と、アイスブルーの眼の色の白銀はいいよね。
でも母様と紫紺は?
んっと、んっと、じゃあ…金色の風船は無いし、ぼくの髪と眼は真っ黒だし、そんな色の風船無いし……。
「あ…」
「「「あ?」」」
ど、どうしよう。
そんなにぼくの好きな色って重要なことなの?
「あ……あかいの…。きょうは、あかが、しゅき」
そう、今日は、赤。
明日は分からない。
父様たちにぼくが赤色が好きと誤解されても困る。
洋服とか全部赤色になりそうだもん。
「今日は?」
父様が不思議そうな顔をしているけど、ぼくは両拳を握って何度も頷く。
「うん!きょうは!」
「そ、そっか。赤……赤…。ああ、はい、どうぞ」
「ありがと」
ぼくは、父様から赤い風船を受け取った。
ふよふよと揺れてる風船を見て、ほーっと安心のひと息を吐く。
「じゃあ、ヒューには青色がいいか。おっと、残りは返してこないとな」
「ガルルル」
白銀は自分の持ってきた風船に「赤色」と「青色」が無かったので、ちょっとしょんぼり。
ぼくは、白銀のお口から黄色の風船を選んで、白銀の尻尾に結んであげた。
3歳児の手指に蝶々結びは難度が高かったけど、頑張った。
白銀も自分の尻尾に括りつけられた風船を見て、嬉しそうに追いかけてぐるぐるその場で回っている。
うん……神獣って何だろうね?
父様が青色の風船だけを持って戻ってきたので、さっきのアリスターのことを話そうと思ったら……。
「レーンー!」
むぎゅうっと兄様に抱きしめられた。
そのままぐりぐりとぼくの頭に頬ずりをする。
「にいたま?」
ど、どうしたの?何があったの?
「はあーっ、レン不足で死ぬかと思った」
「大袈裟ですよ、ヒュー様」
セバスさんが冷静に兄様の言葉を否定するけど、そのセバスさんもぼくの頭をナデナデ。
ナデナデ。
止まらないんだけど?どうしたの?
そして、セバスさんの姿を見てビックリ!
大きな箱を3つも片手で持って、空いた片手でぼくを撫でていた。
そして、その後ろに騎士さんたちが両手で箱を持って、げっそりとやつれた表情で立っている。
母様とお祖母様だけが手ぶらで、ご機嫌で笑っている。
そんなにいっぱい買ったの?
「試着ばかりして、疲れた。剣の稽古のほうが楽だよ」
珍しく兄様が弱音を吐く。
これ、全部お洋服なの?
買った量もすごいけど、みんなが重そうに持っている箱を、片手でラクラク持っているセバスさんが凄い。
だって鍛えている騎士さんたちが、2つの箱を両手で持っているんだよ。
「セバスしゃん……ちからもち」
ほえええと尊敬の眼差しを向けたのが悪かったのか、父様が悔し気に「俺はもっと持てる」と、騎士さんたちの荷物を奪い始めた。
「何をやっとる!買ったものは先に馬車に積み込んでおけ」
「じいちゃ!」
また別の方向から声がしたと、振り向いたら呆れ顔のお祖父様が立っていた。
「ヒュー、レーン、じいちゃん、仕事終わったぞー。一緒にお祭り楽しもうなー」
ひょいとぼくを抱き上げて、兄様の手を繋いで、さっさと舞台のある会場へ歩き出すお祖父様。
「ま、待ってください。おい、セバス、荷物頼んだぞ」
「わあーっ、しゅごーいぃぃ!」
あのあと、お祖父様はぼくたち家族のために、リザーブしていた席に案内してくれた。
午後からは舞台でいろんな催し物があるらしく、ぼくと兄様は目を輝かして堪能している。
あ、白銀と紫紺もお行儀よく椅子にお座りして見ているよ。
大道芸っていうの?
ジャグリングやパントマイムする人やお歌を歌う人。
踊る人や手品をする人。
お茶とお菓子を摘まみながら、夢中で見ていたら時間はあっという間に過ぎていって、空が夕焼けの橙色から藍色に移る頃、ぼくたちは夕食のため移動することになった。
そのレストランのテラスから花火が見えるらしく、とっても楽しみ!
ぼくたちが席を立つとき、舞台に上がったのは吟遊詩人だった。
切ないギターみたいな楽器の調べと、透き通る綺麗な声で紡がれていくのは、神様の唄。
お祖父様に抱かれて移動しながら唄を聞いていたぼくは、その唄に白銀と紫紺のふたりが顔を俯けて悲し気に聞いているのに気づかなかった。
そして、アリスターのことをみんなに話すのをすっかり忘れていたんだ。