エンシェントドラゴンの名前 1
「どうして「しろがね」って呼ばれているの?」
……ヤバい。
うっかりしてた、俺たち。
内心ダラダラと滝汗をかきながら、そろりと紫紺の様子を窺うが、奴は俯きブツブツと怪しげな呪文を唱えている?
「まずい、まずいわ。レンに興味を持たれたらどうしよう。ハッ! 今のうち記憶が飛ぶぐらいにブチのめしておこうかしら?」
……危険思想過ぎる。
長い間、俺たちは種族名でしか呼び合っていなかったもんな……この世界で唯一の種族故に不便はなかったし……。
なのに、すっかりとレンが名付けてくれた「白銀」という名前に慣れて、その名前で呼ばれることが当たり前になっていて、忘れていた。
この流れ……間違いなくレンとエンシェントドラゴンの間に名付けの儀式を経て神聖契約が結ばれてしまう!
チラッとエンシェントドラゴンを見れば、純粋な眼できゅるるんと俺を見つめ、答えを待っている。
こいつ……こんなにあざとかったか?
いやいや、きっと何も考えていないんだ。
とにかく神界にいるときは気にくわなくて喧嘩を売るだけの関係だったから、いけ好かない気取った奴だと誤解していた。
ちょっと頭が弱いとは思っていたが、こんなに幼い思考だと思いもしなかった。
こいつ、下手するとレンより幼いのでは?
しかも、今はバカデカイ体を縮小化スキルで小さくしているから、余計に幼く感じるぜ。
本体は小山一つ分の大きさで、聖獣リヴァイアサンの瑠璃といい勝負のガタイなのに。
ま、長さで瑠璃、大きさではエンシェントドラゴンってとこだが。
それが、ちんまいドラゴン姿で俺を見上げてくる。
なんでそんなに小さくなったんだって聞けば、俺やレオノワールの背中に乗ってみたかったとか……ヤバい、こいつの本性を見誤っていた。
こんなに中身がガキだったなんて……いや、お前、もう少し成長してろよ。
俺たちが創られてから、どれだけの時間が過ぎたと思ってんだ。
「フェンリル? レオノワール?」
こてんと傾げていた首を反対側にこてんと倒して、パチパチと瞬きを繰り返すエンシェントドラゴンに俺と紫紺はたじろぐ。
「けっ、情けねぇ。教えてやればいいだろう」
答えに窮して硬直する俺たちの間をテケテケテーッと駆け出して前に出たのは、まさかの真紅だった。
いや、待て! お前、ロクなことしないだろうがーっ!
「俺様は真紅! こいつが白銀であっちが紫紺だ!」
ババーンと子供の胸を反らし偉そうに宣言する真紅に、俺と紫紺は「ああーっ」と天を仰いだ。
「しんく? しろがね? しこん? なあに、それ?」
「名前だっ、名前。俺様は真紅という名前。他にもリヴァイアサンが瑠璃で、ホーリーサーペントが……むぐぐっ」
「バカ、黙れ。余計なこと言うな」
ハッと正気に戻った俺はすかさずジャンプして真紅の背中に鮮やかにドロップキックを決めた。
「何、教えてんのよっ。黙ってなさいよ、このバカ鳥」
グリグリと爪をにょっきりと出した足で真紅の頭を踏む紫紺は、怒りのゲージが振り切れたのか笑顔だった。
こ、怖い……。
「なんで? なんで名前があるの? あの方に付けてもらったの?」
エンシェントドラゴンがポテポテと歩き、キュッと俺の毛を一束握って問いかける。
「あー、そのぅ、えっとぉ」
え、どうしよう? レンのことは教えられないし……もう面倒だからあの方の仕業にしてしまおうか?
紫紺を盗み見れば、俺の意図がわかったのかコクンと頷いた。
「あー、その、だな。名前はあの方が……」
「はーい、はいはい! ぼくがつけました!」
……なんで、レンが右手を高々と挙げて、秘密をぶちまけちゃうんだよ。
「……きみ、だあれ?」
エンシェントドラゴンの両目がバッチリとレンの姿を映してしまった。
「うん、そうだよ。おうかとひすいもいるの」
「おうか? ひすい?」
エンシェントドラゴンは答えを教えてもらおうと紫紺の足をてしてしと叩く。
「あー、ホーリーサーペントが桜花でユニコーンが翡翠よ」
「へー。おうかってなに?」
仲間である神獣聖獣の名前に興味津々のエンシェントドラゴンに、ぼくは一人一人名前の由来を説明してあげた。
桜花だけは、前の世界のお花だから絵を描いてあげたけど、よくわからなかったみたい。
いつか、シエル様にお願いして桜の木を植えてもらおう!
「いいねぇ」
エンシェントドラゴンもぼくが話す桜の木の下でのお花見に期待大で、ほわほわと優しく微笑んだ。
「さあ、問題が解決したから、帰ろうか! ヒュー、アリスター、帰るぞ」
「そ、そうね。早く帰らないとギルたちが心配するわ」
「俺様はどうでもいい。ギャッ!」
真紅が紫紺にバシーンと尻尾で叩かれていた。
んゆ? なんだか白銀と紫紺は焦っているみたい?
「……帰るの? ボクは?」
エンシェントドラゴンが小さな手で自分を指差し、何かを訴えている。
「お前はここを守護する使命があるだろう? お、俺たちも帰らなきゃいけない場所があるんだよ」
白銀の隣で紫紺が激しく頭を上下に振り、真紅はブーッと頬を膨らませていた。
「それは、この子が住む場所なの?」
エンシェントドラゴンの円らな瞳がぼくをじっと見た。
「……っぐ」
白銀と紫紺は困った顔でエンシェントドラゴンから視線を外す。
「ぼくとしろがねたち、いっちょ」
しょうがないから、ぼくが答えてあげます!
「ああーっ、レン。そ、それは……」
んゆ? 答えたらダメだった?
正解がわからなくて、振り返って兄様を見ると、兄様とアリスターはブンブンと首を左右に振っている。
なんだろう? 何がダメなのかな?
「……ズルい。この子、フェン……しろがねと一緒。ボクも一緒がいい。あと、あとあと、名前? ボクもほしい」
「なまえ?」
「「ダメーッ!」」
白銀と紫紺がグワッとこちらに険しい顔を向けて叫ぶ。
「ダメだ、レン! こいつに名前を付けたら、どれだけお前の体に負担になるか」
「エンシェントドラゴン! アンタは早く自分の場所に帰りなさいっ。元々、アタシたちは一緒にいられないのよ」
う、うーん。
エンシェントドラゴンの名前はもう考えちゃったんだけど、まずは友達にならないとダメでしょう?
でも、エンシェントドラゴンは白銀たちと同じように名前がほしいだけで、ぼくと友達になりたいわけじゃなさそう。
翡翠もぼくと友達になりたかったわけじゃないけど、セバス曰く「首輪です」らしいからね。
うーんと腕を組んで考えること数秒。
まずは大切なことの確認をしなきゃ!
「あのね、ぼくとおともだちになってくれましゅか?」