最強の神獣 7
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さて、困った。
小さくなったエンシェントドラゴンが、両手と口で兄様のズボンの裾を掴んで放さない。
兄様をこの山頂に置いて帰ることもできないので、ぼくやアリスターもここから動けない。
ぼくが動けなければ、白銀たちも自分だけで帰ることはできない……つまりエンシェントドラゴンの望みが達成される!
す、すごい、作戦だ……エンシェントドラゴンってば頭いい。
「レン。変なところを感心しないでくれ。お前の兄ちゃんが困ってるじゃないか」
アリスターにコツンと頭を突かれてハッと正気を取り戻した。
「やー! はなちて。にいたま、だめー」
グイッとエンシェントドラゴンの両羽を掴んで引っ張るけど、ビクともしない。
「ダメ。この子を離したら、みんなまたいなくなっちゃう」
ギュッギュッとエンシェントドラゴンが兄様のスボンを掴むから、ぼくがグイッグイッとエンシェントドラゴンを兄様から離そうと踏ん張る。
「レン、無理しないで」
兄様がぼくを心配しているけど、問題は兄様なんだよーっ。
「むうっ、はなちてよー」
顔を真っ赤にして格闘するぼくたちを見て、アリスターは呆れた顔で兄様を小突いた。
「おい。いい加減にしておけよ」
「ああ。悪いな。レンがかわいくて、つい」
クスクスと兄様は笑いを漏らすと、意気消沈している風の精霊王へ話しかけた。
「風の精霊王様。僕から一つ提案があるのですが……」
涙と鼻水ですごい顔になっている風の精霊王が兄様から話を聞いているうちに、ぱあーっと明るい表情に変わったけど、なんでだろう?
ちなみにぼくたちは邪魔にならないように、アリスターの小脇に抱えられています。
「ううーっ。神獣様を抱えているなんて、落ち着かねぇ」
「…………ギャウッ」
右にぼく、左にエンシェントドラゴンを抱えているアリスターの顔色は少し悪いし、足元ではヤキモチを妬いているディディがバシバシッと前足でアリスターを叩いてた。
んゆ? 晴々とした精霊王がエンシェントドラゴンへ、ズズイと顔を近づける。
「やあやあ、エンシェントドラゴン。僕から提案があるんだけど、いいかな? この提案を受け入れてくれるなら、今度こそ僕たちは友達になろう!」
「…………なに?」
エンシェントドラゴンが風の精霊王を見る視線が痛いほどに冷たいけど、大丈夫なのかな?
「大丈夫だよ。これで失敗したら、もうどうしようもないよ」
ひょいとぼくの体をアリスターの腕から攫って抱っこしてくれる兄様が、疲れた顔でため息をもらした。
「なんて言って丸め込んだんだ?」
アリスターは、風の精霊王との会話でだんだんと喜色を浮かべるエンシェントドラゴンに目を丸くしている。
「簡単なことだよ。仲間の悪口を言われるのが嫌だったなら、反対のことをすればいいってね」
パチンとウィンクをした兄様は、スリスリとぼくを頬ずりする。
「それって……」
アリスターは白銀たちへと視線を向けて、ゴクリと喉を動かした。
「うん。風の精霊たちを使って情報収集して、白銀たちの様子を随時報告するって約束。ほら、エンシェントドラゴン様も嬉しそうじゃないか」
爽やか笑顔の兄様だけど、それって白銀たちを売ったというか……矢面に立たせた……んゆ? なんかちがう?
「お前……。相手は神獣様や聖獣様だぞ?」
「そうだけど、その神獣様がこれ以上我が家に増えないためには仕方ないよ」
むむむ。やっぱり、エンシェントドラゴンを連れて帰れないようです。残念。
ゾクッときた。
「な、なんだ? なんか……嫌な気配がしたぞ?」
「そう? 気のせいじゃないの?」
きょとんとした顔で俺を見ている紫紺……なんだろう、この背中の毛が逆立つみたいな怖気は。
「なんだ? 腹でも壊したか?」
「お前は呑気でいいなっ」
小鳥姿なら、むぎゅっと前足で踏みつけているぞ。
「あら、あっちは仲直りしたようよ」
紫紺の言葉にエンシェントドラゴンがいるほうへ顔を向ければ、ニコニコとした風の精霊王と小さな前足で握手しているエンシェントドラゴンの姿が見えた。
「……なんだ?」
「さあ、でもいつまでも精霊王がびゃーびゃー泣いていられないでしょ。鬱陶しい」
同じあの方に創られた四大精霊の王の一人に対しても、バッサリだな、紫紺の奴。
「俺たちのことも諦めてほしいんだがなぁ」
何を思ったのか、エンシェントドラゴンは俺たちと離れたくないと駄々をこねて嫌がりやがった。
今までずっと離れていたし、噂話の一つもなかった没交渉の俺たちに、なんでそんなに執着するのか……困ったぜ。
「あら、アンタ。嬉しそうに見えるけど? あの子に好かれてて嬉しいなんて、今までの態度は何だったのかしら? 天邪鬼?」
「う、うるせー」
紫紺め、俺をからかうなよ。
「しかし、あのバカを納得させられないと、俺様たち帰れないぞ。あいつ、力だけは最強だからな」
真紅が他人事のように言うが、お前も帰れないからな?
「そうね。しかも、ここに長居をしてレンとあの子を一緒にさせとくと、また契約してしまいそうで怖いわ」
「そうだな。レンが契約する前に早くここから去りたいが……。どうしたものか」
そもそも。神界にいたときからエンシェントドラゴンと話が通じたことがないしな。
だいたい、俺と真紅は最初から奴に対しては喧嘩腰だったし、マトモに話なんてしたことがない。
「俺様たちの代わりに羽とか毛とか置いていくか?」
「そんなものであいつが納得するか?」
うーむ、仲間とはいえあいつに俺の体の一部を預けるのも、なんだかこそばゆい。
あ、そうだ!
「つまり、仲間がいればいいんだ。俺たちじゃない、別の仲間が。それもいつも側にいる仲間が」
いるじゃねぇか、あいつのお仲間が!
「そんなにうまくいくかしら?」
「いいだろう? 下にいる奴らだって神と崇めるのが側にいて言葉も交わせるとなったら嬉しいだろう?」
つまり、俺の作戦は全てが丸く収まる完璧の作戦なのだ!
「……あいつと言葉を交わしたら、ドラゴンの奴らがっかりすると俺様は思うぞ」
真紅がグッと眉間にシワを寄せて、余計なことを呟くが無視だ!
俺たちが去ったあとのことなんて、知るかっ。
「よし、そうと決まったら、さっさと奴らにあいつを押し付けて、帰ろうぜ!」
上機嫌な俺に疑いの視線を向ける紫紺と、口を尖らせる真紅。
いや、お前たちだってあいつを黙らせるいい案なんてないだろう?
「俺に任せとけっ。おーい! エンシェントドラゴン、ちょっとこっちこい」
手で招き寄せると飼い犬のように嬉しそうに走り寄ってくるあいつの姿に、ちょっとだけ罪悪感がもたげたがブルルッと頭を振って隅に追いやる。
しょうがないだろう、俺はレンたちを連れて早く帰りたいんだよっ。