春花祭本番 3
にぎやかな祭の喧噪の中、最近家族に加わった小さな天使は、すやすやとベンチで眠っている。
自分の着ていた上着を体に掛けて、タオルを枕代わりにして、気持ち良さそうに寝ている子供。
ギルバートは、自分とは違うサラサラの黒髪を梳くように撫でた。
レンに添い寝するように、紫紺が体を丸くして寄り添っている。
白銀は足元でヘソ天で寝ている。
少々野性を疑うし…神獣とは?と思うが、幸せな午後のひとときだ。
そこへ、噴水広場に荷車を押しながら若い男が「風船だよー!子供は集まれーっ」と呼び込みを始めた。
「風船か…」
子供というのは、風船を欲しがるものだ。
レンも欲しいだろうし、ヒューもまだ欲しい年頃かもしれない。
寝ているレンを起こすのは可哀想に思えて、紫紺に「ちょっと離れるから、よろしくな」と囁いて、風船を配る男のもとへ小走りで向かった。
白銀は気持ちよく寝ていたのに、ギルバートの足の動きに反応して目が覚めてしまった。
何事かと、ギルバートを見れば、どうやら風船がある方へ向かってる。
「なんだ?」
「風船を貰ってくるんでしょ。レンとヒューのために」
眼を瞑ったままの紫紺に教えてもらった白銀は、自分も欲しい!と駆け出した。
レンの護衛のことなど、すっかり忘れて。
「……しょうがないわね」
まあ、近くに悪いことをしそうな輩はいないから、大丈夫でしょ、と紫紺も呑気に昼寝を続ける。
「……んゆ…」
あたたかい光がいっぱい。
ぼくの周りには、いつのまにかあたたかい光で溢れていたの。
それは、白銀と紫紺。兄様や父様と母様。チルやチロ。他にもいっぱい。
夢の中であたたかい光が、ぼくの周りでチカチカ。
でも3つあった光のうちふたつが遠くに離れていく。
ぼくの傍にはひとつだけ……。
いやだよ、行かないで。
ぼくは、手を伸ばして離れていく光を掴もうとして…。
「危ないっ!」
一瞬、宙に浮いたぼくの体を、誰かががっしりとホールドしてくれた。
びっくりして目が覚めた。
「だ……だれ?」
ぼくを抱きしめてるのは、誰でしょう?
「大丈夫か?危なかったぞ。ほら、ちゃんと座れ」
ストンと寝ていたベンチに座らせてくれた、お兄さん。
ぼくは、驚いて目を見開いたまま、その人から視線が離せない。
たぶん兄様と同じくらいの年齢かな?
真っ赤な髪の毛を少し長めにしていて、やんちゃそうな顔つき。
いや、将来イケメンになるんだろうなー、とは思う。
目が明るい紫色。
兄様より骨太な印象だけど、ちょっと痩せすぎかな?
そして、ぼくがじーっと見ているのは、その立派な三角耳と尻尾です。
ふさふさです。
ぼくを助けてくれたのは、獣人のお兄さんでした!
(この子が助けなくても、レンのことはアタシの風魔法で守られてるんだけど、ね)
丸くなっていた体を大きく伸びして、ペロペロと顔を洗いながら、そっとレンの隣に座る紫紺。
「坊主、ひとりなのか?」
「……しこん」
ぼくは、隣に座る紫紺の両前足の脇に手を入れて、お兄さんに紫紺を紹介する。
紫紺はちょっと嫌そうな顔で、ぼくを見る。
ああ、みょーんって体が伸びちゃったのが、嫌なのかな?
「いや、猫だけじゃダメだろう。そのぅ…親はどうした?」
困った風に頭を掻くお兄さんに、ぼくは父様を探してキョロキョロ。
あ、いた。
何してるの?
なんか沢山の子供たちに囲まれてるんだけど?
そして白銀もぴょんぴょん跳ねて、なにしてるの?
ぼくが父様を「あっち」と指差すと、お兄さんは風船に群がる人達を見て「ああ」となんか納得してた。
「しょうがないな……。戻ってくるまで、一緒にいるか…」
「いいの?」
ぼくのことは大丈夫だよ?だって紫紺が一緒だもん。
でも知らない人に、白銀と紫紺のことは話しちゃダメってお約束だし。
むむ、困ったな。
「ああ。すぐに戻ってくるだろうしな。俺はアリスターだ」
「ぼく、レン」
よろしくなと笑って、ぼくの頭を優しく撫でる。
ぼくが何気にずっと尻尾とかを見ているのに気づいたお兄さん、アリスターは苦笑して。
「なんだ獣人が珍しいのか?俺は狼獣人なんだよ」
「もふりたい……でしゅ」
「へ?・・・まあ、いいけど」
ほら、と尻尾が差し出される。
おおぅっ、真っ赤な毛色の尻尾だなんて…もふもふ……もふもふ……。
うーん、アンダーコートの毛が柔らかい。
「おにいしゃん、おまつゅり、きたの?」
尻尾を撫でまわす手を止めずに聞く。
アリスターは複雑そうな顔して、ぼくの好きにさせてくれている。
「ああ……仕事かな?」
「いいの?じかん」
仕事中なら、早く戻ったほうがいいのでは?
サボってたと怒られてしまうよ?
「ああ、仕事は…夜、だからな」
ぼくはびっくり!
この世界は、前の世界と違って子供でも働く。
親の手伝いもあれば、冒険者として働く子もいるし、料理人など職人さんに弟子入りしたりする。
だから、アリスターぐらいの年なら働いててもおかしくはないけど…夜に働いてるとは…。
「レンはこの街の子か?」
「ちゃあう。べつのりょうちから、きたの」
ぼくの言葉に何故かほっとするアリスター。
なんで?この街の子だとダメなの?
「レンは幾つだ?」
「えっと……みっちゅ」
ぼくは、指を3本立ててアリスターに見せた。
年齢を聞かれるのは、ちょっとドキドキする。
本当は9歳だからね。
「そうか…。俺の妹は5歳なんだが…友達になれたかもな……」
なんで、残念そうに言うの?
友達なら、ぼく欲しいんだけど?
「ともだち……なるよ?」
アリスターは痛そうに顔を歪めて、ぼくの頭を撫でて「ありがとう」と言う。
なんだろう?
アリスターは何が言いたいの?
でも撫でてくれる手は、ただただ優しい。
「あ、とうたま」
父様がほくの名前を呼んで、こっちに戻ってくる。
……凄い、両手にこれでもかっと風船の紐を持って。
白銀も口にいっぱい風船の紐を咥えて、スキップのように跳ねながら戻ってきてるんだけど、その姿を見た紫紺がダアーッと駆けていき、白銀の体をゲシゲシ蹴りだした。
ふたりの喧嘩はいつものことだけど、ぼくは動揺してオロオロしてしまう。
そして、アリスターはベンチから立ち上がって、ぼくの耳に顔を寄せた。
「……レン。祭が終わったらこの街を出ろ。この街で夜を迎えるな」
そう怖い声で囁くと、噴水広場から足早に去って行ってしまう。
ぼくが止める間もないままに。
「どうしたの、レン?」
紫紺に声をかけられるまで、ぼくはアリスターが去った方をずっと見ていた。