最強の神獣 4
関東、東北地方には台風が近づいてきています。
どうか、皆さま激しい雨風にお気をつけください。
白銀と紫紺がお空から戻ってきました。
白銀の背中には真紅の代わりに何かが乗っていて、紫紺の後ろには紫紺の魔法で作った蔓でグルグル巻きにされた風の精霊王が泣きながら引きずられているように見えます?
「あー、あいつら、連れてきやがった」
真紅が顔をくちゃっと歪めて、目をギラリと光らせた。
「真紅。連れてきたって、まさか?」
兄様がちょっと震えた声で尋ねているうちに、白銀は空中を軽やかなステップを踏んで下りてきました。
「戻ったぜ」
「しろがねーっ」
ボフンと白銀のもふもふにうずもれるぼくの背中に紫紺がスリスリと顔を寄せる。
「ただいま、レン」
「しこん、おかえりー」
くるっと紫紺と向かい合ってお顔をムニムニしてスベスベ毛並みを楽しみます。
「しろがね? せーれーおーさま、ないてるの?」
ひょこと紫紺の後ろを見てみれば、風の精霊王がべちゃっと地面に座り込んでグスグス泣いてました。
「あー、その、友達だと思っていたコイツに忘れられてたみたいでな……」
「傷心中なのよ。放っておいていいわよ。自称友達だったんだから」
自称友達……なんて悲しい響きなんだ!
ぼくはトテトテと風の精霊王の側へと歩き、頭をナデナデしてあげた。
「どんまいっ」
「うっ、うわあああああん」
大泣きしてしまった、どうしよう!
「だから、放っておけ」
クイッと白銀に後ろ襟を噛まれて、ポーンと兄様へとぼくの体は投げられた。
ぼくの体は、ちゃんと兄様がナイスキャッチしてくれたよ。
それで、白銀の背中に乗っているのはなあに?
「うわーっ、知らない子ばっかりいるね」
その何かは、周りをキョロキョロと楽しそうに見回して、ピタリと真紅のところで視線を止めた。
「あれ? この子……知っているような?」
「ああん? 俺様のことを忘れたのか? お前、やっぱりバカだな」
フンッと鼻息荒く両腕を組んで偉そうな真紅の態度に怒りもせず、その何かはうんうんと唸って首を捻っている。
「……はあーっ、コレは神獣フェニックスよ。ちょっびっとしかないけど神気を感じればわかるでしょう?」
紫紺がやれやれと親切に教えてあげると、その何かはびっくりしたように目をクワッと見開いた。
「うっそだあ! フェニックスは鳥だよ? すごく早く飛べる真っ赤でキレイな鳥だよ? こんなちっさくないよ?」
「ちっさい、言うなっ! 俺様は俺様だろうがっ」
真紅が白銀の前に仁王立ちして胸を反らす。
「ええーっ、ボクだってフェニックスぐらいわかるよ。君はただの子どもでしょ?」
「ちっ、頭が悪い奴め。これならいいだろう? ……ピィ」
ホワンと白い煙と共にその姿を子どもから赤い小鳥へと変える真紅だったけど、その何かはますます首を傾げて不思議そうな表情だよ?
「えっ、小鳥じゃないか。フェニックスはもっと大きくてキレイだよ。君、神気ないし」
「ピーイッ!」
〈きいーっ!〉
真紅が地団駄を踏んで悔しがっているのを見かねた白銀が、口を開く。
「おい、エンシェントドラゴン。こいつは神獣フェニックスだ。ちょっーとやらかして神気を失っているが、フェニックスだ」
「……ふうん。フェンリルが言うならこの子がフェニックスなんだね。久しぶり、フェニックス」
「ピピピィッ」
〈なんか悔しいぞ! 俺様だとわかったのはいいが、なんかムカつく〉
「……アンタたち、いい加減にしなさいよ」
紫紺が呆れたようにため息を吐くけど、大事なことを聞いちゃった!
「しろがね、そのこ、エンシェントドラゴン?」
わーいっ! ぼく、とっても君に会いたかったんだ! でも、なんで、そんなに小さいのかな?
ディディより小さいのに、本当に一番強いドラゴンなの?
泣いてる風の精霊王は放っておいて、神獣エンシェントドラゴンを囲んで一休みすることにしました。
紫紺の収納魔法に入っている敷物を敷いて、みんなで車座に座り、お茶とお菓子でまったりと……ものすごく高い山の山頂だけどね。
両手でクッキーを持ってカシカシと齧る小さな金色ドラゴン、神獣エンシェントドラゴンは目をキラキラと輝かしてお菓子を食べてます。
「おいしーっ! あまーいっ!」
「ほら、零しているぞ。ゆっくり食え。茶も飲め」
めちゃくちゃご機嫌なエンシェントドラゴンの様子に、珍しく甲斐甲斐しく世話をやく白銀、そんな二人を信じられないような表情で見ている紫紺とやさぐれているいつもの真紅……ぼくたちはどうしたらいいのか困惑中。
「にいたま」
「う、うん。僕たちをここまで連れてきた風の精霊王様が役に立たないし、とりあえずは様子をみよう」
「ヒュー。呑気にしている時間はねぇぞ。そろそろ戻らないと、俺たちの捜索隊が出ちまう」
アリスターはペタンと狼耳を倒して困った顔をしているけど、たぶんディディがエンシェントドラゴンに興味を持ってしまい、そちらへ行こうとするのを抑えているからだろう。
ぼくもエンシェントドラゴンには興味津々です。
「ふうーっ、おいしいねぇ。ところで、フェンリルたちが紹介してくれるのは、この子たちなの?」
キュルンと金色の真ん丸お目目を輝かして白銀を見つめるエンシェントドラゴンはとってもかわいいです!
「そうだ。俺たちは今は人の街で暮らしている。世話になっているブルーベル家の子らで、俺たちの友達だ」
白銀が自慢げにぼくたちをエンシェントドラゴンに紹介して、えっへんと胸を張る。
ぼくがあーんと焼き菓子を頬張る横で、兄様とアリスターが素早く片膝を付いてエンシェントドラゴンに向かって深く頭を下げました。
「ブリリアント王国、ブルーベル辺境伯騎士団団長であり、ブルーベル伯爵の子、ヒューバート・ブルーベルです」
「同じく、ブルーベル騎士団の騎士、アリスターです」
わわわ、ぼくもご挨拶しなきゃ!
とりあえず正座して、深々と頭を下げました。
「むぐぐっ。えっと、レンでしゅ。よろしく、おねがいちます」
お口の中にお菓子が入っているから、カミカミの挨拶になってしまった。
「……なんで、ボクに頭を下げてるの?」
エンシェントドラゴンはきょとんとしています。
「アタシたちは神獣聖獣だからよ。神に創られた獣だもの、人の子たちにとっては脅威であり信仰の対象なの」
「……むずかしい?」
「そうね、アンタには難しいわよね。ヒュー、アリスター。この子に気を遣うことはないわ。どうせ無駄だもの」
紫紺が自分の尻尾で器用にぼくの体をよいしょと起こしながら、兄様たちに助言する。
エンシェントドラゴンは自分が偉いのがわかってないのかな?
「別に神獣だから偉いわけじゃねぇよ。こいつみたいにのほほーんとしている奴もいるからな」
白銀が苦笑して言いましたが、そう言えば瑠璃は聖獣リヴァイアサンとして凄い威厳を感じたけど……あとは……うん、考えるのはやめておこう。
「人の街で暮らしているから、ボクたち会えなかったの?」
「いや、それは、お前。俺たちは別々の地を守護するよう命じられたし。そのあとは、そのぅ……争ってたしなぁ」
「そうね。しかも浄化の眠りで神界に長いこと滞在してたし、下界に再び降りてもお互い気まずくて疎遠だったもの」
「俺様、やることあったし……」
いつのまにか人化していた真紅が両手にお菓子を持ったまま、ぶっきらぼうに会話に加わった。
白銀たちの言い訳にエンシェントドラゴンはみんなの顔を見回したあと、俯いて小さな、とっても小さな声で尋ねた。
「ボクのこと。……ボクのことが嫌いだったからじゃないよね?」
「「「…………は?」」」
白銀たちはあんぐりと口を大きく開けたまま、暫しの間呆けていた。