最強の神獣 3
とにかく話をしてくると白銀と紫紺が何もない空中をタンタンッと駆け上がっていった。
ぼくたちの足元にポトリと落ちた赤い小鳥を残して。
「ピーイッ!」
<なんで、飛べねぇんだ! 俺様はーっ!>
ぐすっと泣いている真紅の背中をしゃがんで撫でて慰めてあげよう。
「しんく。どんまいっ」
ゲシッと小さな足で蹴られちゃった。
「ヒュー。どうする? 風の精霊王様の望みは叶えられたけど、俺たちを帰してくれるかな?」
「どうだろう? そもそも風の精霊王様の目的が神獣エンシェントドラゴン様との再会なのか……白銀たちと再会させることなのか。裏があるのかないのかもわからない」
兄様とアリスターが難しい顔で話しているけど、ぼくはこのまま帰りたくないです。
せっかく、封印……自分で自分を封印してたのを「封印」って言うのかな? ちょっと疑問は残るけど、とにかくぼくは神獣エンシェントドラゴンと会いたいです!
両手を握ってフンッと鼻息荒く兄様にそう訴えると、へにゃりと兄様の眉が下がってしまった。
「レン。あのね、瑠璃から白銀たちとエンシェントドラゴン様とは会わせないようにって頼まれたでしょ?」
「でも、もうむり」
ぼくは人差し指を空高く向ける。
白銀と紫紺はプリプリ怒りながら神獣エンシェントドラゴンのところまで行ってしまった。
もう、バッチリと会っちゃうから、瑠璃のお願いごとは守れなかった。
「むねん」
瑠璃にはあとでちゃんと謝っておくね。
「そういうことじゃないだろう、レン。瑠璃様は白銀様たちとエンシェントドラゴン様が喧嘩しないようにって」
「あ!」
そうそう、白銀と真紅はエンシェントドラゴンと会うと昔みたいに喧嘩しちゃうから危険って言ってた。
「むむむ」
でも、紫紺も一緒だし、いざとなったら瑠璃を呼ぶ? 風の精霊王は役に立たない?
「ピピイッ」
<今の白銀だったら奴に喧嘩なんか売らねぇよ>
「しんく、そう?」
「ピッ」
<ああ>
コクリと頭を上下に動かして、つまらなさそうにぴょこぴょこと足を動かす真紅に、兄様とアリスターはこてんと首を傾げた。
「レン?」
「あのね、しんくが、しろがねは、だいじょーぶって」
兄様たちを安心させるようにニッコリ笑って真紅の言葉を伝えたのに、兄様たちの顔が疑うように歪んでいく。
「ぶーっ。しんく、おねがい」
ぎゅっと真紅の体を両手で掴んで、グイッと兄様たちへ差し出した。
小鳥姿の真紅の言葉は通じないから、人化して、そして白銀たちの話を兄様たちにしてあげて!
「ピーイッ。ピピピ……」
<わかた、わかった。人化するから、力を緩めろ! く、苦しい……>
あ、ごめんなさい。
ぼくがパッと両手から力を抜くと、真紅はボトリと落ちてしまった……。
トントンッと奴の顔の位置まで上がってきたが、俺たちよりも前に奴と対面していた風の精霊王の様子がおかしい。
「何やってんだ、あいつら?」
「さあね」
隣で空中に留まる紫紺も眉間にシワを寄せて奴らの姿を眺めている。
「あれ……声かけないとダメか?」
「放っておきたいけど、レンが興味を持った時点でもうダメよ」
はあーっと深いため息を吐いて、俺はキッと顔を上げた。
久しぶり……というか、ほぼ下界に降りてから会っていなかった神獣エンシェントドラゴン……唯一俺よりも前にあの方に創られた特別な命。
「あら? まだ蟠りがあるの? まさか真紅みたいに力比べをしたいなんて言わないわよね?」
紫紺が揶揄う口調に殺気を込めて俺の行動を戒めようとする。
「わかってるよ。別に、もうそんな気も起きない。俺にとっての一番が変わったし、欲しい力も変わったからな」
フンッと紫紺から顔を背け、守りたいものを思い浮かべ、にへらと口元が弛む。
あの方の一番になりたかった。
だから、誰よりも強くなければならなかった。
自分のプライドを守りたかった。
だから、あいつよりも誰よりも力を求めた。
でも、今は違う。
俺が欲しいのは、レンを守る力だ。
それは、単純な力じゃない……レンの優しい心を、家族を求める切ない心を、誰かを愛する柔らかい心を守る力だ。
俺にはまだその力がどういうものだかわからない。
だから、レンと一緒に、仲間と一緒にその力を育むんだ。
「安心したわ。さすがにアイツとアンタがやり出したら、レンたちを連れて逃げるわよ」
紫紺がふるんと尻尾を震わせ、ニヤリと笑った。
「……俺は逃げ出したい」
なんで、風の精霊王がわんわん泣いているんだよっ。
その隣で相変わらず奴はボーっと空を眺めているし。
「あれに声をかけるのか……いやだな」
「そうね。できるなら見なかったことにしたいわ」
瑠璃……呼んだらダメかな?
「あーっ! フェンリル! レオノワール! ちょっと、エンシェントドラゴンが僕のこと覚えてないって言うんだよーっ! どういうことなのーっ!」
自分の周りに風を纏わりつかせながら、ムキーッと怒りに四肢をバタつかせている風の精霊王の姿も視界に入れたくないが、その隣でぼんやりしているエンシェントドラゴンも見たくない。
「あー、だから言っただろう? そいつに期待すんなって。だいたい、そいつと友達なんてなれるわけねぇよ」
「そうよ。その子、何にも興味がない子なのよ?」
フヨフヨと空を泳ぐように移動して、エンシェントドラゴンの顔面近くにまでくる。
「あれ?」
「……よう、エンシェントドラゴン。久しぶりだな」
「あれれ?」
「こんにちは。ねぇ、アンタ起きてるの?」
「あれ? あれれ? えっーと……」
ぎょろりとした目玉を上に向けて、考えるボーズをとるエンシェントドラゴンだが、お前、俺たちのこと忘れちまったか?
「ああ! フェンリルとレオノワールだぁ。こんにちは、ボクは元気です!」
ガクリと肩を落とす紫紺と口をあんぐりと開ける風の精霊王を横目に、俺はハハハと乾いた笑いをあげる。
「ああ、そりゃよかった」
自分の箱庭を護る獣として八体の神獣と聖獣を創られた創造神様は、最初の神獣にありとあらゆる力を与えたが……思考能力を与えるのを怠った……らしい。
いつまでたってもこいつは幼子のようで、ぼんやりしている。
ひょっとしたら、レンより幼い思考かもしれん。
昔は奴の強いくせに幼い言動にイライラしたが、今はなぜか穏やかな気持ちでいられる。
それは、奴の俺と紫紺を見つめる視線は温かく親愛の情に溢れていたからだ。
「なあ、ちょっと話をしようぜ。お前、もう少し小さくなれよ。俺たちの友達を紹介したいんだ」
紫紺がギョッとした顔で俺を見ているが、いいじゃないか、昔馴染みと少しの時間過ごしても。
俺の言葉に呼応して、奴の体はキラキラと光りに包まれてシュシュンと縮んでいく。
「さあ、俺たちも行こうぜ」
「ええ。えー、いいのかしら?」
さすがに神獣エンシェントドラゴンと契約できるほど、レンの力に余力はないだろうよ。
だったら、昔馴染みに俺たちの友達を自慢するのもいいだろう?