最強の神獣 1
ぼくが生きていた前世の世界には、天岩戸伝説という神話がある。
……でも、内容はよく知らない。
ママとお友達だったおじさんから聞いたお話で、もう忘れかけていたんだ。
確か、あのお話は……。
「つまり、悪いことをする人に腹を立てた女の人が洞窟に籠ったお話なんだね」
兄様の確認に、ぼくはコクリと大きく頷いた。
「困った周りの人が、外に出てくるように興味を引くために舞い踊って騒いだ……それで解決するのか?」
アリスターはぼくのお話を疑っているけど、ぼくにだってわからないよ。
「ところで、誰が踊るんだよ?」
「音楽もないわよ?」
白銀と紫紺が首を傾げている横で、真紅はなぜかやる気に満ちているようだ。
「俺様、祭は好きだ!」
「しんく、おどる?」
神獣が踊るなら、同じ神獣同士気になってエンシェントドラゴンが封印を解いて覗きに来るかもしれない!
「おう、踊るぞ。俺様の踊りはすごいぞ!」
むんっと胸を張る真紅に、ぼくは「ふわあっ」と尊敬の眼差しを向けました。
ぼくは踊りを習ったことがないから踊れません。
お祭りも行ったことがないし、盆踊りも踊れないの。
でも、でも……。
「じゃ、じゃあーん! ぼく、これならす」
右手に持ったものを高々と掲げてみた。
「なんだよ、それ」
「しんく、しらない? これ、たいこ」
でんでん太鼓っていうんだよ。
「こうするの」
棒状の持ち手をしっかりと握って、太鼓の両側に紐で結ばれた玉が太鼓の面にぶつかるように左右に回転させる。
デンデン♪
「おおーっ、いいな、それ」
真紅の眼がキラキラと輝いて、ぼくが鳴らす太鼓を見つめる。
デンデン♪ と太鼓を鳴らせば、真紅がトントンッと軽やかにステップを踏む。
「「わーいっ」」
楽しくなってきたぞ。
真紅とぼくが二人で楽しく踊っていると、風の精霊王までが手拍子で参加してきた。
「よおしっ! もっと騒いでアイツが出てきやすいようにしてやろう」
風の精霊王がパチンと指を鳴らすと、小さなつむじ風があちこちから湧き上がり、そこからピョコンと小さな風の妖精が出てくる。
チルとチロそっくりな妖精たちは楽しそうに笑いながら、ぼくたちの周りをクルクルと回りだした。
「レン!」
兄様の焦った声が聞こえてきたけど、ぼくと真紅は楽しく不器用なステップを踏みながら、風の妖精たちと踊り続けた。
太鼓も鳴らします!
デンデデン♪
「ヒュー、レンたちはどうしたんだ?」
「わからない。レンと真紅が風に包まれて、そこから奇怪な音が聞こえてくるんだ」
ちょっと目を離したら僕のかわいい弟が、風の精霊王の仕業だと思うが風の妖精に囲まれてしまった。
しかもレンの右手には、なにやら不気味なリズムを奏でる呪具のようなものが持たされている。
真紅は正体は神獣フェニックスだけれども、神気が消耗しているからか、何かに操られているような不自然な動きをし続けていて、見ていると不安な気持ちが止まらない。
なのに、二人ともとても楽しそうに笑っているんだ。
これは、どうしたことだろう?
「白銀? 紫紺?」
レンの守護者であり、神獣聖獣である二人に助けを求めるけど、二人も口をパッーカンと開けて呆けている。
「ヒュー。とりあえずあの呪具を取り上げてみるか?」
「やっぱり、あれは呪具だよね?」
そのわりにはレンがウキウキと左右に振り回し「デンデン♪」と鳴らしているけれど。
「あら、やだ。あのときのことを思い出しちゃったわ」
「俺もだ。レンの様子があのときとそっくりだからな……」
白銀と紫紺の言いたいことはわかる。
アリスターも気づいたかもしれない。
レンのあのはしゃぎっぷり、アリスターと出会った事件のときの笛、栗拾いのときの鈴、それらを手にしたときのレンと同じテンションなんだ。
「ヒュー。あれ、もしかして呪具じゃなくてただの太鼓か?」
うっ、アリスターの言葉に頷きたいけど認めたくない。
ぼくのかわいい弟の音感やリズム感が、そのう……神様から愛されなかったなんて……認めたくない。
「あと、神獣様でも踊るの下手くそなんだな」
アリスターが呑気に手を頭の後ろで組んでいるのが恨めしい。
お前、真紅が聞いたら頭の天辺、突かれるからな!
「ヒュー。レンを止めるよりここは交ざってみたらどうだ? 俺たちが騒いでいたらアイツが出てくるかもしれないぞ」
「あの子、わりと賑やかなの好きだったわよね? どうせここに一人で退屈しているんでしょうから、めいっぱい騒いで誘い出しましょう」
白銀と紫紺はニッコリ笑って尻尾をひと振りして、いそいそとレンたちへ合流してしまう。
レンと真紅の不器用なステップに不気味なリズムに、紫紺の甘くて低い歌声と白銀のアクロバティックな踊りが加わる。
「はあああーっ」
体中の息をすべて吐き出すように体を曲げる僕の背中をポンポンと叩いて、アリスターが親指であっちへと誘う。
「俺たちも行こうぜ。ここでただ見ているよりマシだろう?」
ニッと笑う相棒に僕も含みのある笑顔を見せ、踊りの輪の中へと歩いていくのだった。