風の精霊王登場 5
神獣エンシェントドラゴン自らが封印した。
風の精霊王に告げられたことは白銀たちに大きな動揺を与えた……のかな?
「あの子が自分から閉じこもるかしら?」
「……俺たちがやらかしたから、爺が念のため封印したんじゃねえの?」
「瑠璃ならやりかねない」
なんだか、ここにはいない瑠璃に責任が押し付けられそうだ。
兄様とアリスターも困った顔で、目には見えない封印に向かってため息を吐いた。
「神獣エンシェントドラゴンの封印なんて大問題じゃないか」
「でも自分で封印したんだろう? 俺たちが騒ぎ立てるほうがマズイぞ? 下手に騒いで寝た子を起こしたくない」
神獣聖獣の中でも最強のエンシェントドラゴンの怒りは買いたくないとアリスターが呟けば、兄様も深く頷く。
ぼくは兄様の上着の裾をしっかりと握ったうえで、キョロキョロと辺りを見回す。
……どんなに見渡してもエンシェントドラゴンの鱗一つ見えません。
なんで、風の精霊王はぼくたちをここに連れてきたんだろう。
「それはね。君にここの封印を解いてほしいからだよ」
いつの間にかぼくの目の前に風の精霊王の顔のドアップが!
「わああっ!」
び、びっくりした! もうちょっとで後ろにひっくり返って尻もちをついてしまうところだった。
「レンに封印を解かせるつもり?」
「はっ、無理だろ?」
白銀と紫紺が怖い顔で風の精霊王に詰め寄るけど、彼は余裕の表情で二人を見返す。
「そもそも、エンシェントドラゴンを封印できるのは創造神以外にいない。つまり、お前たちが瑠璃と呼んでいる者にも無理だ。でも僕はここの封印を解きたい。なら、その力を持つ者を連れて来るしかない」
ビシッとぼくに人差し指を向けて力説するけど、ぼくにそんな力ないよ? 瑠璃に無理ならぼくにも無理だもん。
ぷくっと不服そうにぼくは両頬を膨らました。
「あの、風の精霊王様。僕の弟はまだ幼く、貴方様の望みは叶えられそうにありません。どうかご容赦を」
顔を強張らせた兄様がほくの体をサッと自分の背中へと隠す。
その兄様の前に出て、アリスターも風の精霊王に片膝を付いて頭を下げた。
「俺の主人はただの人。どうかご勘弁ください」
ううーん、ぼくに頼まれても封印を解く力なんてないし……、でもぼくがなんとかしないと兄様たちが罰せられちゃうのかな?
「しろがね? しこん?」
困ったときは白銀たちに助けを求めよう!
「ああ、なんだ風の精霊王。俺の契約主に危害を加えようってか?」
「あら、面白い。たかが精霊王とアタシたちの力の差、その身でもって測ってみる?」
ズモモモと効果音を響かせて白銀と紫紺の体か大きく、大きくなっていく。
「ふんっ! 俺様だって負けないぞ」
むんっと腕を組んで胸を張るけど、真紅の体はお子様サイズで変わらない。
神気がまだ十分に溜ってないから、しょうがないよね。
「ちょっと待って! 別にこの子にここをなんとかしてもらえなくても、あの方に頼んでもらってもいいんだよ?」
気のせいか顔を青くした風の精霊王が、やや早口で妥協案を出してきた。
「「「あの方か……」」」
その途端、白銀たちのテンションがめちゃくちゃ下がったけど、どうして?
シエル様にお願いしちゃダメなのかな?
「瑠璃を呼んじゃダメよ」
紫紺がピシャンとぼくと兄様の意見をはねつけ、クイッと顎で白銀たちを示す。
白銀と真紅は取っ組み合いの喧嘩中です……うん? ペットの犬とじゃれ合っている子どもの図に見えちゃう。
アリスターがなんとか二人を止めようと二人の間を右往左往している。
真紅がエンシェントドラゴンの封印を力づくで破壊しようとして、白銀が止めていたんだけど……ペチペチと真紅に頬を叩かれて白銀がプチッと切れてしまったのだ。
「瑠璃には、絶対にあの子と白銀たちを会わせるなって言われているの。ここに瑠璃を呼んだら、アタシたちは強制的に帰されるわ」
「なんだって、そんなにエンシェントドラゴンと会わせたくないの?」
兄様がバシンバシンと不機嫌に尻尾を地面に叩きつけている紫紺の背中を優しく撫でる。
「昔からやり合っていたからね。でも下界であいつらがやり合ったら、ここら一帯は何もなくなるわよ。瑠璃はその危険性をわかっているから、アイツらと会わせないようにしているの」
紫紺の言葉に背中がゾオーッとして、兄様の背中にへばり付きます。
「こわいっ」
「……それは問題だね。じゃあ、やっぱり僕たちはエンシェントドラゴンの封印に手を出すべきじゃないと思うんだけど……」
チラッと兄様は風の精霊王へ視線を投げる。
「いやいや、それは困る。その話は昔のことだろう? さすがにフェンリルもフェニックスも下界で喧嘩は売らないだろう?」
風の精霊王は縋るように紫紺に問いかけるけど、紫紺はギュッと顔を顰めた。
「アイツらの喧嘩の理由なんて些細なことばかりよ。そもそも白銀は自分より強いあの子が気に入らないし。真紅は自分だけが空を飛べる神獣じゃないことが不満なの」
「……そんな、いいがかりもいいところじゃないか」
風の精霊王があんぐりと口を開けると、兄様は口を押えて背中をブルブルと振るわせ始めた。
兄様? 笑うときはお口を開けて笑ったほうがいいですよ? あ、でも貴族って口を開けて笑っちゃダメなんだっけ?
「レン。ヒューは放っておきなさい」
「あい」
コクリと頷いて、さて、困ったぞ。
頼りになる瑠璃は呼んじゃダメだし、白銀たちは遊んでいるし……ぼくに封印を解く力なんてないし。
でも、風の精霊王はぼくたちが封印を解かないとここから帰してくれないと思う。
紫紺の転移魔法で帰ることはできるだろうけど、正直、ぼくも神獣エンシェントドラゴンは気になるなぁ。
「ぷぷっ。ぷーっ、あー、苦しい。ところで、エンシェントドラゴンが自ら封印した理由はわからないのですか?」
ようやく笑いが治まった兄様が風の精霊王に質問すると、彼はフルリと頭を振った。
「いいや。神獣聖獣の大暴れが終わって久しぶりにここを訪ねたら、すでに封印がなされていた」
「……アタシたちの争いのあと……」
ダラリと紫紺の尻尾が垂れる。
ふうむ、理由はわからないけどエンシェントドラゴンは自らを閉じ込めてしまった。
でも瑠璃はエンシェントドラゴンと連絡をとることができる状態……。
「……あまのいわと」
ポツリとぼくの口から洩れた言葉は前世の神話の出来事。
偉い女の神様が閉じこもってしまい、周りのみんなが困ってしまうお話だ。
そのときはどうしたんだっけ?
「えっと……さわぐ?」
天岩戸の前で、音楽を奏で舞を踊り騒いで神様の興味を引いたんだっけ?
そして、こっそり覗こうと神様が出てきたはず。
「レン、どうしたの?」
「にいたま! ふういんとくの! そのために、おまつりゅするの!」
「え?」
ここで、踊って歌って騒いで、美味しいものを食べれば、エンシェントドラゴンも自分から封印を解いて覗きにくるはず!