風の精霊王登場 4
どうにも風の精霊王の胡散臭さに警戒心が募り、兄様の背中にピッタリとくっ付いてジロリと睨みつける。
「あれ? どうして僕、ちびっ子に威嚇されているのかな」
ぼくの険しい顔とものすごく警戒する態度に、さすがの風の精霊王もビビッたみたいだ。
「ふんすっ」
「いや、レン。あの人お前の様子を面白がっているぞ?」
「ガーン」
アリスターの失礼な指摘にぼくの心が大きなショックを受けた。
「アリスター。本当のことでも言ったらダメだよ。珍しくレンが嫌がっているんだから」
「ガーン!」
兄様まで、ぼくの風の精霊王への態度を軽く考えているみたいだ。
ち、ちがうもん。
あの精霊王は怪しいよ、変な人だよ、もしかしたら敵かもしれない!
だから、兄様たちを守るためにもぼくが威嚇して、こっちに近づかないようにしなきゃ!
うー、ガルルルルッ。
「うわー、かわいい。あの方もたまにはかわいいものを創るんだなぁ」
ニコニコ顔の風の精霊王を見てたら、なんだか気が抜けてきちゃう。
ぼくたちと風の精霊王の微妙な距離感に困惑していると、竜巻に吹っ飛ばされていた真紅を背中に乗せた紫紺が爆走してきました。
「ちょっと! アンタ、なんてことしてくれんのよっ」
「お前っ、俺様の抜けた美しい羽をどうしてくれんだっ!」
真紅は小さな鳥の姿だと風に飛ばされて危ないと思ったのか、人化して戻ってきました。
「しこんーっ」
ぼくはちょっと泣き顔で紫紺へと抱きつく。
「レン! 怪我してない? 大丈夫だった? ああ、かわいそうに」
ペロペロとぼくの頬や顎を舐めて労わってくれるけど、ちょっと舌がザリザリして痛いかも……。
「ぼく、だいじょーぶ。にいたまも、だいじょーぶ。アリスターも」
むしろ、兄様たちはここが神獣エンシェントドラゴンがいる場所とは思えない殺風景さにガッカリしていたよ。
そ、それよりも……。
「しこん。し、しろがねは?」
ぼく、でんぐり返ししながら上へと昇っていく犬、じゃなかったフェンリルを生まれて始めて見ました。
あんなにグルグル回って大丈夫なのかな?
とっても心配です。
「大丈夫でしょ。あれぐらいじゃかすり傷も負わないわよ、アイツ」
紫紺が呆れた口調で言い放つと、真紅も腕を組んでうんうんと頷いている。
「そうだよ。腐っても神獣と聖獣だよ? たかが精霊王の悪戯にどうにかなるわけないよね?」
加害者の風の精霊王が言うセリフじゃないと思うぼくに賛同するように、紫紺と真紅の眉間のシワがぐわっと深くなる。
そして、遠くの方向からドドドドドッと地響きとぶわっと広がる砂埃が見えた瞬間、風の精霊王の体がブンッと勢いよく前に吹っ飛んだ。
「ええーっ!」
なに? なにごと?
怖くなったぼくはひしっと兄様の上着を掴んで背中に隠れる。
「てめーっ! 神獣だろうが乱暴に上へ連れて行かれたら危ないわっ」
ぼくたちよりもかなり離れたところに着地していたらしい白銀が全速力で走ってきて、元凶である風の精霊王の背中へとドロップキックをお見舞いしたのだった。
「もう少しで空高く上がって、あの方のところまで突っ込むところだったぜ」
ふいーっと額の汗を前足で拭いながらも、ゲシゲシッと後足で風の精霊王を蹴り続ける。
「ひどいなぁ。ちょっとした戯れなのに」
「「「ふざけるなっ!」」」
風の精霊王ってば、白銀たちに怒鳴られてもケロッとした顔をしている。
「さあ、偉大な神獣と聖獣。エンシェントドラゴンと再会するために、ここに張られた封印を解放してくれないか?」
封印?
ここの場所って封印されているの?
誰に?
ぼくと兄様たちが白銀たちへと視線を送ると、三人が目を大きく開いてブルブルと頭を振る。
「「「封印なんて知らない!」」」
ホント、ひどい目に遭ったわ。
まあ、アタシより白銀のほうがひどいけど。
レンたちには、奴もちゃんと配慮をしていたみたいだったから、クルクルと飛ばされた真紅の救出を優先したけど、あー大変だった。
口の中に真紅の羽が入って……うえーっ、気持ち悪い。
思わず牙に力を入れちゃったから、真紅の体に咬み痕が付いてるでしょうね。
それにしても風の精霊王、なんなのよ、アイツ。
風の精霊王は、他の精霊王より顔を合わせる機会が少なかったからどんな奴だったかいまいちわからなかったけど、不愉快な性格をしているのはわかったわ。
昔、精霊王たちには迷惑をかけたアタシたちだけど、それには本当に悪いと反省しているけど、アイツはムカつく!
レンたちには悟られないようにおちゃらけている態度なのに、アタシたちに対する嫌悪が隠しきれてない。
どうにも水の精霊王たちが向けてくる嫌悪とは別の意味が含まれているみたいなのよねぇ。
迷惑だわ。
しかも、神獣エンシェントドラゴンが棲む山の頂上まで連れて来られてしまった。
瑠璃からは白銀と真紅には会わせないように口を酸っぱくして言われていたのに……どうしよう。
神界ならともかく、下界で神獣エンシェントドラゴンとやり合ったら、ここら辺一帯更地になっちゃうわ。
なんとかあの子がアタシたちに気づく前にここから離れなきゃとちょっと焦っていたら、風の精霊王が変なことを言い出した。
ここに張られた封印?
誰が? ここに封印なんてするの? なにを封印?
「え? まさかあの子を封印しているの?」
それは無理よ。
あの方以外にあの子を封印なんてできるわけないじゃない。
風の精霊王は少し眉を吊り上げて、アタシたちの知らない話を始めた。
アタシたちが地上で争ったあと、精霊王たちはあの方の指示の元、アタシたちが齎した瘴気を浄化して世界をまわった。
その間、海を守護する瑠璃と地上を守護するあの子が世界のバランスを取っていた。
……あの子が真面目に仕事をしていたなんて知らなかったわ。
なんていうか、こう……ボーっとした子だったから。
なんとか地上が落ち着き、精霊王たちもそれぞれの精霊界で過ごすようになっていたころ、風の精霊王がここにフラッと立ち寄ったときにはすでに封印が施されていたらしい。
「封印……? でも瑠璃はときどき連絡取り合っていたじゃねぇか」
白銀が情けない顔で瑠璃とあの子の交流を言い出した。
「瑠璃って誰さ?」
風の精霊王はアタシたちに名前が付けられたことを知らないのね。
「聖獣リヴァイアサンよ。瑠璃はあの方に頼まれてエンシェントドラゴンの様子を見ていたはずよ」
エンシェントドラゴンが昔のアタシたちみたいに乱心したとき、止められるのは瑠璃しかいないのだから。
「ああ、聖獣リヴァイアサンなら封印の内へ転移できるんだろう」
「そもそも、封印なんて誰がしたのよ?」
ここにいるのは神獣エンシェントドラゴンよ?
世界最強の神獣なのよ?
風の精霊王はアタシの質問に、顔を歪ませた。
「……神獣エンシェントドラゴン自らが、ここを封印したんだ」