春花祭本番 2
やってきました!春花祭会場!!
お祖父様とお祖母様たちと朝ご飯を軽く食べて、馬車にゆらりと揺られて着いたのはアーススターの街の入り口。
楽しそうな人の騒めきと、お客さんを呼び込む大きな声、あちらこちらと走り回る子供たちの笑い声が街中を包んでいる。
ぼくは、街のいたる所に作られたお花のアーチにびっくり。
「よし。早速屋台で、何か食べる物を買ってくるか!」
父様が腕まくりして屋台を物色し始めるけど、お祖父様はしょんぼりして、腕に抱いたぼくを下に降ろして、兄様と繋いでいた手を放して、そっとぼくたちと離れる。
「仕事じゃ……。なんで領主は祭当日は忙しいんだ…。孫と祭も楽しめん」
と愚痴りだした。
た、たいへんだね、お祖父様。
お祖母様が、丸まったお祖父様の背中を撫でて慰めているよ。
「お父様、お昼ご飯と夕食は共にできるのですから、お仕事頑張ってください」
「アンジェ……」
「お祖父様。頑張ってください!」
おお?ぼくもお祖父様を励まさなきゃ!
「じいちゃ…がんば…ちぇ」
ちょっと噛んじゃったけど。
お祖父様は眼をうるうるさせて、お祭りの実行委員みたいなおじさま軍団に連れて行かれた。
「さぁ!まずは肉串だなっ!」
「いやです。さあ、ヒュー、レンくん。野菜やハムを挟んだパンがこっちに売ってるわ、行きましょ」
母様に手を繋がれてぼくと兄様は、人がいっぱい並んだ人気の屋台へと移動する。
父様は「肉串……」とガッカリしてたけど、セバスさんに「ひとりで食べてなさい」と言われて、渋々違う屋台へと移動していった。
屋台は面白い!母様が買ってくれたパンは、前の世界のホットドッグみたいな形をしていた。
そのあとはポテトフライとミートパイ。フルーツゼリーとかドーナツを買って食べた。
兄様と半分こしながら食べたけど、もうお腹がいっぱい。
セバスさんに買ってもらったレモンの果実水を飲んで、お口さっぱり!
次はどこに行くのかな?
「あら、露天で本を売ってるわ。見に行ってみましょう」
母様の後を歩いていくと、赤い布の上に乱雑に本が積み重なっているお店。
母様は料理や手芸の本が積んであるほうへ父様の手を引いて見に行って、嬉しそうに何か話してる。
ぼくは兄様と絵本を物色中。
チルも興味津々で見ているけど、君は字が読めるの?
チロは相変わらず兄様のお顔に夢中。
「レンはどういうお話が好き?」
「んー……」
勇者やお姫様の話も好きだし、熊さんのはちみつ探しの話も面白かった。
妖精の出てくる本も良かったし……。
「あ、しろがねとしこんのおはなし…ある?」
「ああ……。あんまりその題材の本はないんだよな……。あ、じゃあ創世記の絵本は?」
はい、と一冊の絵本を手渡された。
「……そうせいき?」
「この世界がどうやってできたか?ていう神様の話だよ」
神様…。
シエル様のこと?
ぼくは、絵本にしてはなかなかの厚さの本をぺらりと捲った。
…ん?僕には、ちょっと難しい…かも?
「にいたま……むずゅかちい」
ひとりでは、読み進められそうにもない。
残念、せっかくシエル様の話なのに。
「ふふふ。じゃあ、僕が寝る前に毎日少しずつ読んであげるよ」
だから、この本は買おうねとぼくの手から本を取って、母様たちへ持って行ってしまう。
「ヒュー、他にも何冊も持ってたわよ」
「読んでやるんだろ、レンに」
今日は大人しく従魔のフリをするため、なるべくお喋り禁止令がでているふたりは、こそこそと話し合う。
本屋のあとは玩具屋さんで、父様が楽しそうにぼくにバブルフラワーという名前の魔道具を買ってくれた。
前の世界のしゃぼん玉なんだけど、丸い形じゃなくてお花の形でしゃぼんが出てくるんだ。
あとで、兄様と一緒に噴水広場で遊ぼう。
なんでか、父様が「ヒューばっかりズルい!」といって自分の分も買ってたけど…。
雑貨屋さんでは、母様が新しいクレヨンとお絵かき帳を買ってくれた。
あと、花の種と苗。
一緒にブループールのお庭に植える約束をしたよ。
お昼ご飯は、噴水広場の一角に用意されているテーブルと椅子に座って、またまた屋台のご飯を食べました。
お祖父様が張り切って、美味しいと評判の屋台の料理を買ってきてくれた。
どう見ても……ピザだったけど。
美味しかったです。
他にもパスタやサラダ。
アイスクリームもあったよ。
そして、ぼくには避けられない時間。
今日は夜遅くまで起きてていいからと、昨夜は兄様と二人で早めに寝たけれども、お子様のぼくには……無理なんだよね。
「お、レン。眠いのか?」
うつらうつらとぼくの頭が揺れて、父様の腕や兄様の肩にゴツンゴツン当たってしまう。
「ふふふ。お昼寝しなきゃね。ギル?本当に頼んでしまっていいの?」
「ああ。俺がレンを見ているから、アンジェは義母上と買い物を楽しんでくればいい」
ギルバートはセバスの他、護衛に付いてる騎士たちも荷物持ちとして連れていくよう伝える。
「じゃあ、僕も残ります。父様だけじゃ、たいへんでしょう」
ふんすっとヒューが勢い込んで言うが、アンジェはゆったりとした口調で反対する。
「ダメよ。ヒューのお洋服もいっぱい買いたいんですもの。ヒュー、背が伸びて去年の服は入らないのよ?夏用の服と稽古着……欲しいでしょ?」
「うっ」
ヒューの中で、夏用の稽古着とレンのお昼寝を守る任務がギッタンバッコン、シーソーのように揺れる。
「ヒューもアンジェと一緒に洋服屋に行ってこい。レンには俺だけじゃないぞ。白銀と紫紺もいるからな」
ヒューの頭をやや乱暴に撫でてやる。
正直、女の買い物に付き合いたくない。
どんな目に合うのかは、何度も経験していて分かっている。
ギルバートはヒューを生贄に捧げると決めていた。
ついでに騎士たちも。
後ろに集まった騎士たちの元に行き、こそっと耳元で告げる。
「奥さんを貰ったときの予行練習だと思え」
独身の騎士たちは何のこと?と首を傾げていたが、この後に嫌ってぐらいその理由が分かるだろう。
「じゃあ、言ってくるわ。レンくんのこと、よろしくね」
可愛い愛妻は小さく手を振って、戦場へと旅立った。
ギルバートもにこやかに手を振りながら、騎士たちと愛息子の無事の帰還を祈った。