風の精霊王登場 1
「おにいさん? だあれ?」
兄様の腕の中、ぼくはしっかりと兄様の服を掴んで安全を確保したうえで、突然現れた男の人に問いかけた。
水の精霊王様の肩に親しそうに腕を乗せたポーズのあなたは誰ですか?
なんとなく、正体を察してはいるけれど確認するのは大事なことです!
「ふ~ん。この坊ちゃんがあの方が連れて来たあっちの子かぁ」
謎の男の人は、ぼくへと顔を寄せ、かなり周りの人にはギリギリの秘密を、迂闊にも口からポロポロと零している。ぼくは風の精霊王の好奇心に満ちた視線に顔を背け、内心バクバク……シエル様とのことバレてもいいのかな?
兄様もぼくの顔を見て首を傾げている。
「あっちの子?」
あ、あっちの子というのは、たぶんここではない違う世界にある日本の子ども……っていう意味なのかな?
う、う~ん、どうしよう? ぼくの前の世界のことはやっぱり話しちゃダメだよね?
ぼくが兄様の意味深な視線にダラダラと汗を流し焦っていると、まず水の精霊王様がバシンと男の人の後頭部を強めに叩いた。
それに続き白銀が脛を、紫紺がお尻を、竜巻に攫われていった真紅がひゅるるると自ら回転し急降下してきてゴツンと風の精霊王だと思われる男の人の頭に頭突きをした。
「……っ!」
男の人はみんなの攻撃にライフをごっそりと削られ、その場に蹲ってしまった。
頭を両手で押さえているから、真紅の頭突きがかなりのダメージだったみたい……。
「かわいちょ」
その姿に思わず同情しちゃうよね?
水の精霊王様はコホンと気まずそうに咳払いをすると、ぼくたちにその男の人を紹介してくれる。
「こ奴が神獣エンシェントドラゴンにべったりと付きまとい、大事なときに行方が掴めなかった大馬鹿者の風の精霊王だ」
言葉の端々にものすごっい毒を感じるけど、兄様は笑顔でスルーしているから、ぼくも聞こえなかったことにします。
水の精霊王様も、土の精霊王様が悪い人たちに捕まって大変だったときに、連絡が取れなかったことをまだ根に持っているみたいだ。
「ピーイッ!」
小鳥姿の真紅がついでとばかりに小さな足で風の精霊王様の頬を蹴っ飛ばして、フラフラと飛び白銀の背中にポスンと着地する。
「なんだって、こんな厄介な奴を連れてきたんだ。こっちはドラゴンの卵泥棒も捕まったことだし、そろそろ帰るところだぞ?」
白銀がガルルッと唸りながら水の精霊王様に文句を言うと、紫紺が「はああああっ」と低っい声でため息を吐く。
「アタシたち、あの子に会うつもりはないのよ。だから、あの子と親しい精霊王とも没交渉と願いたいわ」
う……ぼくは白銀たちと同じシエル様に創られた神獣エンシェントドラゴンには会ってみたいけど、瑠璃が白銀たちと会わせると喧嘩するって心配してたし……。
残念だけど、我儘は言わないようにしようっと。
風の精霊王はちょっと涙目になりながら、蹲っていた体を起こした。
アリスターと同じくらいの背に、ピョンピョンと跳ねたライトグリーン色の髪は短髪で、濃い緑色の紐カチューシャで飾られている。
右耳のところの結び目にキレイな鳥の羽があしらわれていた。
服装はどちらかと言うとズルズル長い装束の水や土の精霊王様より、肌の露出が多い火の精霊王様と似ているかも。
片方の肩を出したワンショルダーに膝上丈のワンピースっぽい服を着ていて、絵本で見た悪戯っ子の妖精を思い出させる。
足は編み上げサンダル、腕には色鮮やかなバングルを重ね付けして、オシャレさんです。
「まいった、散々な目に遭ったよ。水のも少しは庇ってくれてもいいのに」
口を尖らせて水の精霊王様を恨みがましい目で睨むと、水の精霊王様の唇が歪んだ。
「……しかも、あんなに大騒ぎしていたドラゴンの卵泥棒が、まさか同族のドラゴンだなんてね。しかも腹立たしいことに「風」の属性だよ」
フンッと鼻を晴らした風の精霊王は、ぼくたちの間をツカツカと通り抜け、土下座中の卵泥棒と緑の髪のお兄さんへと近づいていく。
「に、にいたま?」
「同じ風の属性……? 何か問題があるのですか?」
不安に駆られたぼくの手を握って、兄様は水の精霊王様に問いかける。
「さあ。ただ、もし卵を盗んだ者が我の属性であるならば、決して許すことはないとだけ言っておく」
ギラリと何故か白銀たちを射殺すような目で見下ろすと、水の精霊王様は「もう用なない」と言い捨ててフワッと姿を消してしまった。
「あ、みずゅのせーれーおーさま! ありがとー」
ぼくは慌ててお礼を言いました。
チルとチロもクルクルと飛び回り、水の精霊王様を見送っているみたいです。
さて、風の精霊王と緑の髪のお兄さん、卵泥棒さんはどうなったのかな?
「ねえねえ、もういいんじゃない?」
「そうだな。アンジェの友達の領地に吹き荒れていた暴風も収まっただろうし」
「ピイピイピーイ」
<もうここにいる意味はないぜ>
ぼくが風の精霊王たちの姿をぼんやりと見ていると、後ろで白銀たちが兄様へ何かを訴えている。
「そうだね。保護したい人もいるし、かなり予定外の寄り道になってしまったし。父様たちが心配する前に帰ろうか?」
「ああ。白銀様たちが狩ったワイバーンのこともあるし、早くギルバート団長へ報告したい」
クルリとぼくが振り返ると、白銀たちと兄様とアリスターがテキパキと今後の予定を決めている……え? もう帰るの?
「レン。とにかく父様たちが心配するし、それに……ブランドンさんのこともあるでしょ?」
早くプリシラお姉さんと会わせてあげたいし、瑠璃に連絡して二人を海王国にいるベリーズ侯爵たちのところへ連れて行ってあげたい。
「むむむ」
ぼく一人の好奇心のせいで、プリシラお姉さんとブランドンさんのご対面を遅らせてはいけない!
「あい。ぼく、かえる」
今回は神獣エンシェントドラゴンと会ってお友達になるのは諦めます。
ぼくの言葉に、なぜか白銀たちやアリスターが「ほおーっ」と深い息を吐き出したのはなぜなのさ?
まだ、環境が改善したわけではないのですが、久しぶりの更新となります。
ものすっごく遅くなるとは思いますが、完結に向けて少しずつ進めていきたいです。
不定期更新どころか停滞することもありますが、よろしくお願いいたします。
2巻が発売されました! 購入してくださった方、読んでくださった方、手に取ってくださった方、ありがとうございます。
感想もいただきました。ありがとうございました。