ドラゴンの嘆き 3
ドラゴンの卵泥奉を捕まえに行った白銀が、ついでに沢山のワイバーンを倒して持ち帰ってきました。
ぼくに自慢したかったみたいだから、いっぱい頭を撫でて「すごーい!」と褒めてあげます。
倒したワイバーンは、ちょっと離れたところで山もりになっていました。
「ちょっと、アレどうするのよ」
紫紺が不満そうに鼻を鳴らして、ゲシッと白銀のお尻を蹴った。
「どうするって……食えないのか?」
「確か、ワイバーンの肉は美味しかったと思う。皮で作った防具やコートは高級品だよ」
兄様情報に目がキラリンと光る紫紺は尻尾をフリフリ、ワイバーンたちを収納するために足取り軽く歩いていく。
「アリスター。紫紺にここにもすこし分けてやるように伝えてくれ」
「わかった」
背中にひしっとへばりつくディディとともにアリスターは紫紺を追いかけていく。
「ヒュー。ワイバーンの肉はうまいのか?」
尻尾をピンと立てて、顔を喜びに染めて白銀が後ろ足で立って兄様へと抱きついた。
「わああっ。うん、父様が言ってたよ。
ハーヴェイの森で倒したのを焼いて食べたって」
ハーヴェイの森はあらゆる魔獣が生息していて、ブルーベル辺境伯騎士団の団長である父様は、定期的に魔獣討伐にでかけていく。
最近では、兄様とアリスターも同行することがあるけど、まだ危ないから日帰りで森の浅いところの探索までしか許されていないんだって。
そんなぼくたちの和やかな雰囲気とは逆に緑の髪のお兄さんとドラゴンの卵泥棒さんはとっても険悪な状態です。
ぼく、ちょっと怖いです。
卵泥棒のお兄さんは緑の髪のお兄さんに向かって土下座……もう頭を地面に擦りつけすぎてお尻が高く上がってしまっている。
そして、大きな泣き声で「すみませぇぇぇーんっ」と謝っている姿が、何とも言えなくてぼくたちはスンッとした顔で眺めていた。
卵は赤い髪のおじさんが奥さんの元へ戻すべくこの場を去ってしまったので、この状況をどうにかするのは緑の髪のお兄さんしかいないのに……。
緑の髪のお兄さんは怒りの体を震わし、頬に隠しきれない鱗がビシッと生えてきている。
「にいたま」
緊迫した空気に耐えられず、兄様の後ろに隠れ兄様の上着をギュッと握りしめた。
「大丈夫だよ。たとえドラゴンの姿で乱闘が始まってもレンに怪我なんてさせないよ」
キラキラ兄様スマイルは眩しいんだけど、できれば乱闘になる前に二人を止めて欲しいのです。
遠巻きにドラゴンの二人を見ているぼくたちのところへ、ワイバーンを収納してきた紫紺とアリスターが合流する。
「あら、まだやってるの? とっくに八つ裂きにでもされたのかと思っていたわ」
紫紺、ルンルン口調で怖いこと言わないでーっ!
アリスターものんびりと頭の後ろで腕を組み、兄様に向かってどっちが勝つか賭けようか? と持ちかけている。
「……もう卵を盗んだ奴も見つけたし、風精霊の暴走も止まった。帰らないか?」
白銀が自分が混ざれない喧嘩には興味がないとばかりに、珍しくマトモな発言をした!
みんなが驚いて目を見開いて白銀の顔をまじまじと見ちゃったよ。
「な、なんだ? 俺、変なこと言ったか?」
ううん、マトモなことを言ったからびっくりしたのです。
「そうだね。あとはドラゴンたちの問題だ。ブランドンさんを連れて一旦ファーノン辺境伯様の屋敷へ戻ろう」
くるっと兄様が踵を返した瞬間、ぼくたちの周りにクルクルッとつむじ風が巻き起こる。
「や、やばいわ!」
「これは……あいつ、厄介な奴を連れて来やがった!」
紫紺と白銀の絶叫とともに、小さなつむじ風はぼくたちを囲む大きな竜巻へと変化していく。
「に、にいたまー」
「レン!」
耳につんざく風の音。ゴウゴウと唸る音が怖くて耳を両手で塞いで蹲るぼく。
そのぼくを庇うように立つのは兄様とアリスター。
その二人をさらに守るように、白銀と紫紺が立ちふさがるけど……大丈夫?
体が小さいままだと、コロリンと風に煽られて転がっていってしまうのでは?
白銀たちが心配で、薄目を開けたぼくの視界に赤くて小さな何かが風に巻き込まれて上へと昇っていくのが見えた。
「わあああっ、しんくーっ」
白銀の背中で呑気に寝ていた真紅、子どもの姿じゃなくて小鳥の姿に戻っていたからか、クルクルと竜巻に呑み込まれて上へ上へと消えていってしまった。
咄嗟に両手を伸ばして真紅の体を捕まえようとしたけど、兄様に強く抱きしめられて動きを止められた。
「ダメだ、レン!」
「にいたま。でもでも、しんくぅ」
「レン。あいつは大丈夫だ。仮にも神獣フェニックス様なんだからなっ」
白銀がちょこんとお座りした姿勢で、ぼくに顔だけ向けてニカッと笑ってみせた。
「そうよ。それにこの風ももう収まるわ」
紫紺が竜巻の天辺を見上げて、たしんと尻尾を地面に叩きつける。
それが合図だったのか、あんなに吹き荒れていた風がピタリと止まる。
木は薙ぎ倒され、赤い髪のおじさんが座っていたクッションも飛ばされ、建物を飾っていた布も紐も引きちぎられていた。
ただ不思議なことに緑の髪のお兄さんと卵泥棒さんは、風に乱れることなくそのままの状態でいた。
そう、卵泥棒さんは土下座をしていて、お兄さんは冷たい顔で見下ろしていたのだった。
「んゆ?」
あれ? さっきまで暴風竜巻たいへんだったよね?
「ちょっと、なんでそんな奴を連れてきたのよっ」
紫紺が誰かに叫んでいる。
「我のせいではない。上で会ったら、是非お前たちと会ってみたいと勝手についてきたのだ」
「みじゅの……せいれーおーさま」
確か、風の精霊王様に卵泥棒を探す風の精霊たちの暴走を止めてもらいに行ってたんだよね?
一際高い山の頂上に棲む神獣エンシェントドラゴンの傍にいる、風の精霊王様に……って、じゃあ、この人が風の精霊王様なのかな?
兄様にしっかりと抱きしめられながら、こてんと首を傾げたぼくが凝視するのは、水の精霊王様の隣に立つ、悪戯っ子の顔をした小柄な男の人だった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
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