ドラゴンの嘆き 2
ドラゴンに乗って卵泥棒を捕まえに行ってしまった兄様とアリスターを寂しく見送るぼくと……同じく置いてけぼりのディディ。
ギャウギャウとこの世の終わりのように身を捩って嘆くから、なんだかぼくの気持ちはスンッとしてしまった。
うう……ぼくだってドラゴンさんの背に乗ってお空を飛びたかったのにぃと、駄々をこねたかったのにな。
隣りに寄り添ってくれる紫紺はしなやかな尻尾をふさんと動かして、呆れた視線をディディに向けていた。
白銀も背中に眠った真紅を乗せたまま、泥棒を捕まえに走っていってしまったから、ぼくたちはみんなが戻るまで大人しく待っているしかない。
う~ん、残念。
待っている間、何をしていようかな? ディディがずっと泣いているけど、ぼくと一緒に追いかけっことか、縄跳びして遊ぶ?
「レン。そのトカゲは放っておきなさい。契約した人とちょっと離れたぐらいでビービーとうるさい」
ギュッと顔を顰めて紫紺が言い放つと、ディディはガーンとショックを受けた顔で暫し硬直したあと、またもやジタバタと四肢をばたつかせて泣き出した。
ど、どうしようと、ディディをなんとか慰めようと四苦八苦しているうちに、ドラゴンさんは戻ってきたみたい。
「あら、早いわね」
紫紺が空を見上げると、小さな点だったものがだんだんと大きくなって、真っ赤なドラゴンさんが見えた。
「んゆ?」
見えないけど、兄様とアリスターも一緒? 背中に乗っているの? あと、泥棒はどうしたのかな?
バッビューンとぼくたちの目の前を低空飛行で飛び去って、グイーンとユーターンして戻って来る。
キキーッとブレーキ音が聞こえそうなほどの急停止で、背中に乗っていた兄様とアリスターはポーンと空中に投げ出された。
「やだ、危ない」
ヒュルルルと紫紺が黒い触手を数本伸ばして、兄様とアリスターの体をキャッチして、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。
「にいたま~。アリスター……大丈夫?」
そこには、見たこともない兄様たちの姿がグデンと横たわっている。
ハヒハヒと苦し気な呼吸を繰り返す二人の手足はブルブルと震えていて、立ち上がることもできないようだった。
「おかお……まっしろ」
仰向けで倒れている二人のお顔は血の気がまったくなく、唇も青紫色で……二人とも大丈夫なのかな?
「しこん?」
「どれどれ。ああ……大丈夫よ。ちょっと怖いめにあっただけ。ほら、二人ともポーションでも飲んでおきなさい」
紫紺は軽い口調で言うと、自分の収納から小瓶を二本だして、兄様とアリスターの手に握らせた。
キュッポンと蓋を開けて、ブルブル震える手で口元まで持っていき、少し零しながらも飲んでいく。
本当に、大丈夫?
ぼくが兄様たちを心配して、ディディは置いて行った仕返しとばかりにアリスターの足をゲシゲシ蹴っているけど、ドラゴンさんの存在を忘れていたら、ドラゴンさんは赤い髪のおじさんへと姿を変えていた。
その両手には赤色の大きな卵を抱えて。
ドラゴンの背に乗って空を飛んできた兄様たちはまだ回復していないので、ちょっと端っこに寝ていてもらいます。
赤い髪のおじさんと向き合って、盗まれた卵の奪還話を聞きましょうと場を整えたところで、ズザザザーッと白銀が猛スピードで走りこんできた。
そして、咥えていたものをぺっと吐き捨てると、尻尾をブンブンと振り回しキラキラとしたお目々でぼくを見つめます。
「んゆ?」
もしかして褒めてほしいのかな? ペットが虫とか獲ってきたら嫌がらないで褒めてあげようって聞いたことがあるような?
「しろがね。いいこ、いいこ」
正解がわからないままに、白銀の頭を撫でてあげました。
へっへっと白銀が嬉しそうに舌を出して笑っているので、たぶん当たりです!
「やっぱり、卵を盗んだ奴は、同じドラゴンだったのね」
紫紺の言葉に白銀が咥えていたもの……じゃなかった、人を見てみるけど……うん? 普通のお兄さんに見えますよ?
白銀にあちこち齧られたのか、服はボロボロでうーんうーんと魘されている。
「そうじゃ。我の卵を盗んだのは愚かにも同朋、ただし風のだかな」
赤い髪のおじさんは卵を大事に抱えて、横に座る緑の髪のお兄さんへギロリとキツイ眼差しを向けた。
「ま、まさか!」
緑の髪のお兄さんは慌てて倒れているお兄さんへと駆け寄るが、赤い髪のおじさんはもう興味もないと立ち上がってスタスタと歩きだす。
「我は無事に卵を取り戻したことを妻に報告じゃ。ではな」
ひらひらと手を振って、振り向くこともせずに立ち去ってしまった……え? このあとどうしたらいいの?
緑の髪のお兄さんは、卵泥棒として連れて来られた人が知り合いだったみたいで、抱き起すこともせずに意識が混濁している人に向かって喚き出した。
「お前かっ! いったいなんだってこんな馬鹿なことをしでかしたのだ! 他には? お前だけか? このたわけっ」
見ていないけど、ベチンとかバシンとかの音で、緑の髪のお兄さんは言葉だけでなく拳で会話しているようだった。
あまり人が叩かれいるところは見たくないから、ぼくはとてとてと歩いて兄様たちの様子を確認しにいく。
紫紺と白銀もお尻をフリフリ、ぼくのあとをついてきてくれた。
「……にいたま?」
「う、うう~ん。レン……」
弱弱しい兄様の様子に、ぼくの胸がギュウッと苦しくなって、目が熱くなってきた。
「泣かないで、レン」
「ヒューは大丈夫だ。ちょっとドラゴンの不安定な飛行のせいで気分が優れないだけだ」
白銀に不安定な飛行って思われるのって、どれだけ危ない飛行だったの?
うっすらと目を開けた兄様は、ゆっくりとした動作で体を起こした。
「アリスター。大丈夫か」
「……ああ。いやぁ、まいった」
アリスターも体を起こして胡坐をかくと、頭をブルルルと振る。
さっきまで怒っていたディディは、心配そうにアリスターの膝の上に座っていた。
まだ、調子が悪そうな二人に聞くのも躊躇するけど、白銀に尋ねてもきっと曖昧な話しか聞けない気がするので、二人に聞きます。
「ねぇ、あれ、なあに?」
そう、兄様たちとドラゴンさんが卵を取り返してきたのと一緒に、ミニドラゴンのような羽つきミニ恐竜をいっぱい持って帰ってきたみたいなんだけど、あれはなあに?
ぼくが指さすほうを見て兄様とアリスターは顔を歪めて笑い、白銀はやや胸を張って誇らしげだ。
「レン。あれはな、ワイバーンの群れだ! 俺がやっつけた!」
なんで、ドラゴンの卵泥棒とワイバーンが一緒なの?