ドラゴンの卵を探せ 5
道化師の男……ぼくたちが最初にその悪い人と出会ったのは、アリスターと知り合ったアースホープ領での子ども誘拐事件だった。
ぼくを家族として迎えいれてくれた兄様たちは、母様のお父様が治める隣領でのお祭りへ連れて行ってくれた。
初めての家族旅行にはしゃいだぼくは、お祭りで賑わう街でアリスターと出会い、そしてその夜、大勢の子どもが連れ去られるのを阻止するため奔走する。
悪い人たちに操られ、子どもを誘う歌を歌っていたのはアリスターの妹のキャロルちゃんだった。
キャロルちゃんは悪い奴らのボスだった道化師が吹く笛に意識を乗っ取られていて、アリスターはそんな妹を守るため悪い奴らの仲間になっていた。
ぼくと兄様、白銀と紫紺で悪い奴らを倒して、子どもたちを救うことができたんだけど……道化師の男は逃がしてしまった。
子どもたちを操っていた笛の魔道具を残して……。
「でも、その魔道具は浄化され、今では悪しきものではなくただの笛……たぶんただの笛になっています」
「ヒュー。嘘つくな。あの笛、徳の高い神官が吹くと浄化効果があるって報告にあっただろう?」
そうなの? 確か昔に流行った玩具の笛だったはずなんだけど?
「うーん。玩具の笛に似ていたけど、どうやらあの笛を元にレプリカが後で作られてたみたいなんだ」
どこかの神殿に納められていたありがたい神具の笛を模して作った笛の玩具……もしかしてその本物があの笛だった?
「そうでしょうね。僕が遺跡から発掘したときは土に埋もれていましたけど。神獣様たちの大戦後にはかなりの神殿や神像、神具が失われましたから……」
単純に戦で壊れた場合もあるけど、あまりの戦の状況に神獣聖獣にまつわるモノを壊してまわった人たちがいたらしい。
「……面目ない」
「申し訳ないわ……」
「……けっ」
昔の話になると白銀たちがしょんぼりと落ち込んじゃうんだよねぇ。
よしよし。
「道化師の男がなぜその魔道具を狙うのですか?」
兄様の質問に少し考えるブランドンさんは、昔を思い出しているように目を瞑る。
ちなみに魔力が込められているのを魔道具、神力が込められていたり神事に使用されるのが神具と呼ぶんだって。
発掘した楽器は神具だと思うけど証明できないから、魔道具扱いになる……らしい。
むずかしいね!
「……さあ……。ただ失われ神具と言っても力は残っているのでしょう。床に置いて奏でる弦楽器を発掘したときは、大きい楽器だったので神殿に寄贈しました。しかし……」
その神殿はその夜、火事で焼け落ちたという。
生存者の話では、誰かが火を放ち何かを持ち出し逃げたとのこと……犯人は何を持ち出したのか?
「楽器も燃えてしまったのか、盗まれたのかわかりません。でも、たぶん……」
ブランドンさんは、発掘した鈴や他の楽器をあちこちに隠しながら、道化師の男から逃げた。
「命の危険もあったのでナタリアには何も言わずに姿を隠しました」
ぐっと眉を寄せて痛そうに顔を顰めるブランドンさんに、ぼくの胸もズキズキと痛みます。
「この遺跡にも神獣様にまつわる何かがあると聞き赴いたのですが、とうとう奴に見つかり遺跡の中を逃げ回って……気が付いたらここにいました」
まさか、十年以上も隠れることになるとは思ってもいませんでしたが……と乾いた笑いを漏らす。
「そのあと、道化師の男はどこに行ったかわかりませんか?」
兄様の問いにブランドンさんは静かに頭を振った。
「いいえ。ただ……あの男は仲間を作ることもなく独りで悪事を働いているようでした。何かを仕掛けるときは金で破落戸を集めているようです。何度か僕も雇われた男たちに襲われました」
「そうですか。あいつの目的も正体も何もわからないのです。だけど僕は絶対に奴を捕まえる。そして、レンを傷つけたことを後悔させてやる」
「ああ。俺だってキャロルにしたことを何倍にしても返してやるぜ!」
兄様とアリスターは握った拳に力を込めて、互いに見つめ合い大きく頷きました。
うーん、父様も道化師の男を捕まえたらケチョンケチョンにしてやるって息巻いていたから、こりゃ道化師の男も大変だなぁ。
「何、呑気なことを考えてるのよ。当然、アタシたちもボコボコにしてやるわよっ」
紫紺と白銀が「おーっ」と気合を入れてました。
うむ、悪は滅びるべし! です。
しかし、今は道化師の男よりもドラゴンの卵と風の精霊たちによる強風被害です。
「そうだね。厄介だけどドラゴンの卵を見つけるのが先決かな」
兄様が顔に大きく「面倒」と書いてある表情をしてため息を吐いてます。
「ドラゴンや精霊が見つけられない卵だろう? 他にも策を立てておこうぜ」
「アリスター。他にどうすればいいんだよ」
「ちっちっ。珍しいなヒューが思いつかないなんて。当然風の精霊王様に訴えるのさ」
アリスターが得意気に発表した策だけど……それはとってもむずかしいのでは?
白銀や紫紺も鼻にシワを寄せているし、兄様も目がしらーっと半目になった。
「風の精霊王様は行方がわからないし、もし神獣エンシェントドラゴン様のところにいたとしても、連絡できないだろう?」
「まあまあ。たしかに神獣エンシェントドラゴン様のところにいたとしたら、手段としては白銀様たちに動いてもらうのが最善だろう。でもドラゴンの卵探しもある。だったら風の精霊王様のことは別の精霊王様にお願いしようぜ」
別の精霊王? 誰のことだろう?
「ギャッ! まさか火の精霊王様を呼んでくるの?」
アリスターに抱っこされていた火の中級精霊ディディがびっくりして太い尻尾をピーンと上にあげた。
「うーん、火の精霊王様でもいいけど、あの人だと風の精霊王様と喧嘩になりそうだよなぁ。……ということで俺のお勧めは水の精霊王様だっ!」
「水の精霊王様って……もしかしてチルとチロに精霊王様を呼んで来いって頼むつもりか?」
アリスターはとってもいい笑顔で頷きました。
……そういえば、ドラゴンの国にはちょろちょろだけど川が流れていたよね?
「ちる。いける?」
「チロ。水の精霊王様を呼んで風の精霊王様を捕まえ……いや伝言をお願いできるかな?」
ぼくと兄様はそれぞれの肩の上に立っているお友達の水の妖精に頼んでみる。
『えー……めんどうだなぁ』
『ヒューとはなれるの、いや』
うーん、これはどうすればいいのかな?