ドラゴンの国へ 8
ドラゴンの国の入口、大きな岩と岩の狭間は実際に通り抜けてみると大人が横に三人並んで出入りできる余裕があった。
それでも馬車が通るのは無理だと思うけど、ドラゴンはここを通れるのだろうか?
「レン。ドラゴンだって人化すれば通れるだろうし、ドラゴンのままでも空を飛べば問題ないよ」
クスクスと笑う兄様の言葉に、ぼくは空を仰ぎ見る。
「おそら、とぶ?」
青い空にドラゴンが羽を広げて飛ぶ想像をしたら、なんだか胸がドキドキしてきたぞ。
仲良くなったら、その背にぼくたちを乗せて飛んでくれるかな?
「ほらほら、早く中に入ってくれ」
後ろからアリスターに背中を押されて、前に倒れそうになりながら足を踏み入れたドラゴンの国は、ぼくを困惑させた。
「……くに?」
国とするにはささやかな土地に、前世生まれた国の田舎を彷彿とさせる鄙びた風景に、コテンと首を傾げた。
こんな山の中なのに、細い川がチロチロと流れていて、小さな水車がゆっくりと回っている。
平屋造りの家が点在し、冬は雪深いのか急勾配の切妻屋根でそれぞれの庭に小さな畑があった。
しばらくその場で立ち止まって、その緩やかに時間が流れているような風景を眺めていた。
「あの……あちらにどうぞ」
白銀たちに痛めつけられた門番さんの一人が「あちら」へと案内する。
ドラゴンの国の中央に位置する場所に建てられた四方に壁のない東屋みたいなところに、体格のいい赤い髪のおじさんとほっそりとした緑色の髪の人が立っていた。
「お、お客人をお連れしました!」
二人の門番さんは片膝をついて深々と頭を下げているけど、ぼくもペコリとする?
「にいたま?」
「……。突然すみません。僕たちはこの国より離れたブリリアント王国、ブルーベル辺境伯領からきました。ブルーベル伯爵嫡子、ヒューバート・ブルーベルです」
スッと片足を後ろに一歩下げ、右手を胸に当て一礼する兄様に倣って、ぼくもペコリと頭を下げた。
「レン・ブルーベルでしゅ」
ほんの少しの静寂のあと、例によって例のごとく真紅が場を粉々に壊す。
「お前、火のドラゴンだな! 俺様と力比べするか?」
テテテーッと走って前に出た真紅は、えっへんと胸を張り赤い髪のおじさんにとんでもないことを言い放つ。
「ま、火のドラゴンごとき、俺様の、神獣フェニックスの火に比べれば、種火にもならないけどなっ」
真紅の煽りにピクッこめかみを引き攣らせた赤い髪のおじさんが、ズズイとこちらに体を寄せてくる。
「ふんっ。何が神獣フェニックスだ。俺の爺さんがボヤいていたぜ。とんでもない暴君だってな。それに俺らドラゴンは神獣エンシェントドラゴン様の眷属だっ!」
太い腕を組んでちびっ子真紅を見下ろす赤い髪のおじさんに、ぼくはちょっと怖くて兄様の上着の裾をギュッと掴んだ。
「眷属って。あのバカがお前らを庇護するわけねぇーじゃん」
真紅はぶうっとふくれっ面で文句を言うと、プイッと顔を背ける。
「眷属だぁ? 俺たちは同種族は眷属だなんて思考はないぞ? 俺が庇護していたのはたまたま狼だっただけだしな」
「そうね。アタシも違うし、瑠璃だってそうでしょ。だいたいあの子が眷属だなんて、世話ができるわけないわよ」
真紅だけでなく、白銀や紫紺にまで否定された赤い髪のおじさんは、体をブルブルと震えさせ顔を真っ赤にし怒り出した。
「貴様ら、偉大なる神獣エンシェントドラゴン様を愚弄するつもりか! 誰よりも創造神に愛された方を、よりにもよって幼子のように呼ぶとは……」
怒って地団駄を踏む赤いおじさんの隣りには、ほっそりとした緑髪の人が冷たい眼でぼくらを睨んで立っていた。
「さて、客人よ。何用かな?」
飴色の床に敷いた薄い座布団の上に胡坐をかいて座っている赤い髪のおじさんと、やや後ろに正座している緑髪の人は痛々しい姿に変わっている。
緑髪の人が頭を摩っているのは、紫紺にガツンと前足で殴られからで、たぶん、たんこぶができているんだと思う。
涙目でずっと摩っている……かわいそう。
赤い髪のおじさんは、なんと真紅の飛び蹴りを受けて顔の右半分が腫れ、鼻血がブーッと出た。
今は鼻に詰め物をしている……かっこわるい。
ぼくたちは、彼らに鉄拳制裁を済ませたあと、建物の中に案内されふかふかの座布団の上に座っているけど、兄様たちは居心地が悪そう。
「……ヒュー。足を崩せよ」
「……大丈夫だ。我慢できる」
兄様もアリスターも普段は正座なんてしないものね。
ぼく? ぼくは膝を抱えてちょこんと座ってますよ?
「何用と言われてもねぇ」
「そういえば、なんだっけ?」
「うん? 喧嘩売りに来たんじゃないのか?」
白銀たちがどこか呑気にわちゃわちゃと喋っている横で、門番さんたちがかいがいしくお茶やお菓子を用意しているよ。
「実は……山の麓、コバルト国のファーノン辺境伯領地に吹き荒れる風が農作物に影響与え、民の暮らしが苦しくなっているのです。何かお心当たりはありませんか?」
兄様が真剣な顔で訴えると、赤い髪のおじさんは目を見張ってポロッと言葉を漏らした。
「まさか……風が?」
「火の兄者や。風の精霊たちが暴走しているのでは?」
「いや、もしかして人の地に紛れこんだのではないか? 我らの卵を盗んだ輩が」
んゆ?
ドラゴンの卵を盗んだ人と風が吹き続くことと関係があるのかな?
ぼくがコテンと首を傾げると兄様の眉間がググっと深いシワを作った。