前夜祭 後
ぼくは、広場に設置され椅子に座る母様に膝抱っこされて、お祖父様の挨拶が始まるのを待っています。
すっごく、疲れた顔をして。
大変だったんだよ?
ぼくたち家族に用意された場所に座ろうとよじ登っていたら、ひょいといつものように兄様に抱き上げられてお膝に乗せられた。
いやいや、ちゃんと自分の椅子に座りますよ、と思ったら、その椅子には白銀と紫紺がちょこんと座っていて。
あれあれ?と思ってたら、兄様の膝の上から、またまたひょいと抱き上げられたぼく。
犯人は父様。
爽やかな笑顔で、兄様に言った。
「ずっと抱っこしてたら疲れるだろう?レンは父様が抱っこしてあげよう」
ニコーッとぼくたちに笑いかける父様。
いやいや、だからぼくはひとりで大人しく座ってられるよ?
呆然と父様の顔を見ていたら、その手から奪うように兄様がぼくの体をひょいひょいと取り返す。
「大丈夫です。父様こそお疲れでしょう?レンの面倒は僕が見ますよ?」
兄様もかわいい笑顔を父様に向けるとけど……、なんかパチパチ火花が散っているような?
白銀の雷魔法なの?と白銀に視線を向けると、「けっ」と吐き捨てて横を向いてしまった。
そのあと、父様と兄様の間を何往復もひょいひょいと移動させられて、ぐったりした頃、優しい手が僕の体を抱きしめた。
「あらあら、レンくんは母様と一緒に座りましょうね」
母様は、すとんと父様と兄様の間の椅子に座る。
ズーンと暗い雰囲気を漂わせて、父様たちは大人しく椅子に座った。
そんなぼくたちの様子を、お祖母様は「仲がいいわねー」と微笑ましく見つめていた……らしい。
その後、お祖父様の春花祭の開始の挨拶が始まった。
長い話が始まるのかな?と思ってたけど、あっさり終わっちゃった。
でも素敵な挨拶だったよ。
お祖父様は、自分の領民たちに労いと感謝の言葉を述べて、観光にきた他領の人に自領のアピールをして、最後に「楽しんでくれ」と。
ちっとも偉そうにしないお祖父様は領民たちにも人気者らしく、「おおーっ」と雄叫びが上がったあと、「領主様、バンザーイ!」と称えられていた。
ちょっと恥ずかしそうに舞台から降りてきたお祖父様は、寄ってきた領民の人ひとりひとりの話を聞いてあげて、握手して、ゆっくりとぼくたちの元に戻ってきた。
お祖母様は、優しいお顔でお祖父様を迎えている。
「さて、夕食を食べるにはまだ早いから、少し見て回ろうか」
父様の言葉にぼくは、品評会に出されている、あの青い花を思い出した。
……もう少し、見たいな……。
「ん?レンは見たいものがあるの?」
兄様の問いかけにちょっと、まごまご。
見たいって言っていいのかな?迷惑じゃないかな?嫌がられないかな?ど、どうしたらいいの?
「レン。いいんだよ、思ったことを口に出して」
兄様だけじゃなくて、父様と母様までぼくの顔をじっと見つめる。
「…………。んっと……あおい、おはな……みちゃいの」
あそこ、と青い花を指差して、みんなに教える。
兄様は、母様の膝の上からぼくの体を抱き上げてスタスタと歩いていく。
青い花へと、真っ直ぐに。
「にいたま?」
「ん?見たいんでしょ?僕もレンが気に入ったお花が見たいよ」
「ん……。ありがと」
ギュッと兄様の上着を掴む。兄様の気づかいが嬉しくて顔が赤くなるのが分かった。
ひと通り広場の周りを見て回り、予め予約していたお店に夕食を食べに来ました。
でも、スイーツ祭のあとなので、そんなにお腹空いてないんだよね。
セバスさんがぼくには、ローストビーフの入ったサラダと具沢山のクリームシチュー。パンとフルーツを頼んでくれました。
他のみんなはフルコースです。
あんなにいっぱいケーキを食べた母様もフルコースの夕食。
女の人の、甘い物は別腹、は本当のことみたい。
相変わらず、兄様に食事の補助をしてもらって食べ進めてると、お祖父様が父様に難しい顔で話し始めた。
「実は……前から花祭のときは他領から来る商人を狙っての盗賊が増えることがあってな。我が領兵も監視を怠らず見回っていたのだが……。今回はちといつもと違う困り事が起きていての……」
「どうしたのですか?義父上」
「ブルーベル辺境伯騎士団にも協力してもらって、盗賊などの取り締まりは順調だったのだが……。何人が行方不明者が出ているのだ……、しかも子供の」
「子供の行方不明……て、人さらいですか?」
沈痛な顔で頭を振るお祖父様。
どうやら幾つかの商隊から、ぼくぐらいの小さな子供が行方知らずになっている子がいるらしい。
夜、寝るときはいつもどおりで、朝起きると忽然と消えているという。
「……街の外で野営しているときに、子供だけいなくなるのですか?」
「そうなんだ。誰にも気づかれずに子供だけが消える。もう4人もだ。性別も年齢も出身地も種族もバラバラでな……。祭の間に子供が迷子になるのはよくあることだが、街の外で夜中に子供が迷子になるってのもな……」
「ありえませんね…。で、捜索はどうなってるんですか?」
「うーん、こちらも祭の間は人手を出せないし…。しかし子供が行方知らずというのは……。それでだな……」
「ああ……。わかりました。こちらに寄こしていた騎士団と、追加で援軍を辺境伯に頼んでおきますよ。明日の午後には揃うかと」
「すまんが頼む。他領の商人といえど、無碍にはできんからな」
お祖父様は少し安心したのか、グラスのワインをひと口飲んで、ぼくたちに向かって、
「お前たちも祭の間は気を付けるのだよ。毎年、迷子が多くて領兵や自衛団は対応に大わらわで、祭を楽しむどころじゃないからな」
「はい。レンは僕がちゃんと守ります」
兄様が恰好よくキリリと宣言する。
ぼくも兄様たちから離れないように気を付けようと、両手を握りしめる。
でもな……チラッと白銀と紫紺を見る。
紫紺は大丈夫。
でもな……。
ぼくは、塊のお肉をはぐはぐと食べて、口の周りをベタベタに汚している白銀を見て、不安になる。
……白銀は、お肉の匂いにつられて、迷子になりそう……。
ガタンゴトンと馬車に揺られて帰路を進む。
ぼくは移動の疲れとお腹がいっぱいになったので、半分は夢の中。
父様の腕の中で、うつらうつらしています。
同じく満腹の白銀と紫紺もすやすやと夢の中。
兄様が父様に「レンを返して!」と文句を言ってるのが聞こえたかと思えば、「レンを独り占めするな!」と応酬する声が聞こえる……気がする。
そして、馬車の窓の向こうに広がる星空を、閉じかけの眼でぼんやり見送っていると……。
微かに聞こえる笛の音と歌声・・・。
<…………おい…で……。こ……、おい…。こっち……、……で…>
呼ぶ声…………。