遺跡探検 5
「この笛は確かにアイツらが持っていた笛だな」
アリスターが紫紺が不思議空間から持ち出した立て笛を手に取り、あらゆる角度から観察したあと忌々しそうに断言した。
つまり、瘴気を出す若しくは瘴気を増やす魔道具……改造前のただの笛?
兄様はアリスターたちの緊迫した雰囲気を無視して、ちょっとの間離れただけのぼくを抱っこしてうりうりと頬ずりするのに忙しい。
兄様……ぼく恥ずかしいです。
「そういえば、ここに来るまでに出会った人たちの話では、ここでは祭事に使われただろう楽器が出土されるらしいぞ。鈴とか笛、ハープとか」
兄様たちはぼくが穴に落ちたあと、穴が開く仕掛けがあったドラゴンの像の窪みで暫し途方に暮れていたところ、後から来た学者さんたちのパーティーに声をかけられた。
この人たちは、もう何十回と遺跡に潜っているエキスパートの人たちで、兄様の話を聞いてすぐに穴に落ちた後どこに出るのか教えてくれた。
「しかも近道も教えてくれてな。まあ、ほとんど道じゃなかったけどな」
あはははと乾いた笑いを浮かべ明後日の方向を見るアリスターの姿にぼくはそっと目を逸らした。
うん、ここは結構下層の地域だもんね。
近道で道じゃなかったと言われれば、きっと崖とか垂直の階段とかを通ってきたのかもしれない。
「はあーっ、よかった。レンが見つからなかったらと思ってすごくドキドキしたよ」
兄様がナデナデとぼくの頭を撫でながら、眉を下げた情けない顔で笑う。
「うっ。ごめんなしゃい」
ペコリと素直に頭を下げておきます。
「いや、いいんだよ。それにここまで来たらどうやらディディの調子も戻ってきたみたいだし」
「ギャウギャウ!」
アリスターの腕の中で丸いフォルムのトカゲ姿の火の中級精霊ディディがその前足をひょいと上げる。
風の精霊王様がビュービューとファーノン辺境伯領地一帯に強い風を送り込んでいるせいなのか、外に出たらディディやチルとチロ妖精組みがぐったりと元気を失くしてしまった。
ディディはまだ意識は保てていたけど体が思うように動かずアリスターの抱っこが必要になり、チルとチロはぼくと兄様の服のポケットの中でスヤスヤと眠っている。
ぼくはチラッと胸のポケットの中を見てみるけど、チルはまだぐっすりと眠っていた。
「ディディが言うには、風の精霊の力の影響から離れたらしい」
「じゃあ、奴は山にはいないのか?」
白銀が拍子抜けした顔をして声を発したけど、風の精霊王様に会いたかったの?
ぼくたちは風の精霊王様も探しているから、彼が山にいないならこのまま進んでいいのかどうか。
でも山々の谷合にあるというドラゴンの国も見つけたいし……。
「いや。ディディの感覚だけど、精霊の強い力は山の方向から感じるらしい。でも、ディディたち他の属性の力を削ぐような強い精霊力を含んだ風は街に向かってい吹いているんだってさ」
「ギャウ。この風。何か力がある。何か……探している?」
コテンと首を傾げるディディに、ぼくたちもコテンと首を傾げて応える。
探す? 風の精霊王様が何を探しているんだろう?
「あと、コレを拾ったんだ」
兄様がぼくに見せてくれたのは、小さな金属でできたカードだった。
「なあに?」
「あら、それ。ギルドカードじゃないの? 冒険者のカードよね?」
紫紺が兄様の手からひょいとカードを咥えて白銀と二人、しげしげと見つめる。
「ああ……。それは、たぶん……プリシラの父親の冒険者カードだ」
えっ? プリシラお姉さんのお父さんの冒険者カード?
兄様たちにここまでの近道を教えてくれた学者さんたちのパーティーは、ここ以外にもあちこちの遺跡や古いダンジョンに潜り歴史書の編纂をしていた。
その遺跡やダンジョンでたまに出会う人魚族の男の人を知っている人もいた。
そう、プリシラお姉さんのお父さんのことだ。
ここでも何度か会ったこともあれば、出土した品物を前にお互いの意見を交わしたこともあるそうだ。
「その人が何年も前に噂で聞いたことがあった。ここで彼が怪しい奴らに襲われていたって」
「逃げ込んだ遺跡の中までも追いかけられたってことか」
白銀の問いにコクンと兄様は頷くと、続きを静かに話し始めた。
「彼はここで楽器の遺跡物を集中して掘り出していた。どうやらそれを狙ってきたらしいけど、その学者の話ではそこまで貴重な品ではないし、かなりの確率で出土する物だから、襲われるほどの物じゃないらしいんだ」
じゃあ、プリシラお姉さんのお父さんが掘り出した楽器が特別な物だったのかな?
「彼は遺跡の奥へ奥へと逃げていき、とうとう行方がわからなくなった。追いかけていた奴らもどこへ行ったのかわからないらしい。そして、僕たちがここに来るまでの間に拾ったのが、このカードだよ」
このカードはポツンと落ちていたのではなく、岩壁の隙間にまるで隠すように差し込まれていたのを、元気を取り戻したディディが見つけた。
――ブランドン・ベリーズ
カードには擦り切れそうな文字でそう刻まれていた。