ドラゴンの国を探そう 4
人魚族と人族の混血児、プリシラ。
前ブルーベル辺境伯、ロバート・ブルーベルが隠居の地と選んだブルーパドルの街の端、ハーヴェイの森のほんの少しの空き地にできた集落で隠れ育っていた少女。
隣国から逃げて来た人らに虐められ疎まれ、海にいたクラーケンの生贄として海へ捨てられたかわいそうな少女。
でも、そこで彼女に奇跡が起きた!
「んゆ?」
「プリシラって……ああ、確かに似ているかもな」
アリスターが壁に掛けられた小さな絵をじっと凝視したあと、ぼくの意見に賛同してくれた。
「そうかな? 彼女の顔、よく覚えてないや。でもこっちの男の人は人魚族だね。耳に特徴が出ているよ」
「ちょっと、ヒュー。女の子の顔を覚えてないなんて、モテないわよ」
兄様の女性に対して失礼な発言に、紫紺の指導がビシッと入る。
ぼくも兄様の言葉に内心、ドン引きしてしまった。
兄様、こんなにカッコよくて優しくて、強くて伯爵家の嫡男なのに……女の子への関心が薄すぎませんか?
「まだ、僕には早いよ。年上のアリスターだってまだなんだし」
「おいっ、ヒュー。俺を巻き込むなよ」
兄様がしれっと紫紺に言い返していると、巻き込まれたアリスターが顔を真っ赤に染めて兄様に文句を言う。
もう! 話が変わっちゃったでしょ!
ぼくは絵をズビシッと人差し指で差して、顔をキリリッと引き締めて声を上げた。
「これっ、プリシラおねえさんの、とうたまなの?。とうたま、ここにいる?」
ぼくの言葉を聞いて、ようやくみんなが真剣に絵を見てくれた。
そう、プリシラお姉さんのお母さんは正体不明の追手から逃げて、あの集落に辿り着いた。
そして、病気で亡くなってしまったんだ。
プリシラお姉さん一人を残して。
二人を追いかけていたのは、プリシラお姉さんのお父さんと何か関わりがあった人たちみたいだったらしい。
そのプリシラお姉さんのお父さんは、プリシラお姉さんが産まれる前から行方がわからなくなってしまっていた。
人魚族が住むという海の底、海底宮殿に聖獣リヴァイアサンの瑠璃に連れて行ってもらったぼくたちは、そこでプリシラお姉さんのお父さんの家族と出会った。
彼は地上にある人魚族が残した遺跡を調べるのが大好きで、家族が止めるのも聞かず地上へと旅立って行った。
しばらくして人族の女性と結婚すると便りを寄こしたあとは、音信不通になる。
でも、死んでいないことは不思議な魔道具でわかっていたんだって。
「プリシラおねえさん。きっと、あいたい」
プリシラお姉さんのお父さんはどこにいるのか? 彼は最愛の人が亡くなっていることも、その人との間にプリシラお姉さんが産まれていることも知らないんだ。
もしかしたら、今でも追手から逃げるために隠れて生活しているのかもしれない。
ぼくは、プリシラお姉さんとお父さんを会わせてあげたいって思ったんだ。
ブラブラ。
椅子に座って兄様たちが戻るのを待っている間、足をブラブラさせて遊んでいるの。
ブラブラ。
「落ち着けよ」
ぼくのお行儀の悪い足を白銀がパシンと尻尾で叩く。
「だって……」
兄様が待っている間に食べなさいって、屋台でドーナツを買ってきてくれたけど、気になるんだもん。
「いや、お前。ちゃっかり食ってんじゃん」
小鳥の姿からこっそりと人化して、真紅はモグモグと頬いっぱいにドーナツを食べている。
ぼくも食べたよ。
だって、チョコがかかっていて美味しそうだったんだもん。
「お待たせ」
兄様がやや表情を曇らせて戻ってきた。
アリスターの手には、例の絵がある。
「レンの考えたとおり、彼はこの遺跡村に来て、遺跡を掘りに出かけていったらしい。そして……」
キュッと顰められた兄様の顔に、ぼくはその後の言葉を察してしまった。
ここの遺跡は奥に進めば進むほど危険度が増す。
手前で掘るのは観光客用で、本気でお宝や遺物発見を目指すなら、まだ誰も足を踏み入れていない奥へと進むしかない。
プリシラお姉さんのお父さんがここに隠れ住むために来たのではなく、遺跡を目的で訪れていたとしたら……。
「あそこの店は、店じゃなくて遺跡へ行ったきり戻ってこない人の荷物を並べて、探しに来た人へ情報を与えているんだ」
太ったおじさんはお店の人じゃなくて、この村の偉い人の一人だった。
「じゃあプリシラの父親は遺跡へ行って戻ってこないだけ? 遺体が見つかったわけじゃないのね?」
紫紺が言いにくいことをスパッと言うと、なぜか白銀がアタフタと慌て始める。
「おまっ、お前、もうちょっと優しく言えよ。せっかくヒューが言葉を濁したのに」
「あら、大事なことはハッキリさせましょ。遺体が見つかっていればプリシラにそう伝えるだけよ。でも、まだ遺体が見つかってないなら……」
「えーっ。まだ遺跡の中にいるって言いたのか? 俺様はもう死んだと思うぞ。だいたい、そいつが遺跡に行ったのってどれぐらい前の話だよ?」
真紅が興味なさそうにアリスターをチラッと見ると、アリスターも肩を竦めて答える。
「この絵の持ち主が遺跡村を訪れたのは、十二~三年前だそうだ。そして……この人を探しに来た怪しい奴らがいた」
怪しい奴ら? それってプリシラお姉さんのお母さんを追いかけていた悪い人たちのこと?
ぼくはゴクリと喉を鳴らして、アリスターの次の言葉を息を止めて待った。