ドラゴンの国を探そう 1
ドラゴンたちがいる国、スノーネビス山近くの谷合にあるはずの場所を見つけることを最優先にして、兄様は反対する父様の説得へと動き出した。
そりゃね、コバルト国でぼくたちが問題起こしたらブリリアント王国にも迷惑をかけるし、ブルーベル辺境伯ハーバード様の責任になってしまう。
父様が一番気にしているのは、ハーバード様に対してみたいだけど。
でも、この強い風がずっと吹き荒れているとファーノン辺境伯領の領民たちの生活が成り立たず、結果ファーノン辺境伯様たち一家も困ってしまう。
母様のお友達、ファーノン辺境伯夫人ロレッタ様もますます気鬱になってしまうよね。
渋る父様は兄様とこっそり助力しているセバスに任せて、ぼくたちは探索です!
「おい、レン。お前は行かないぞ? 探索するのは神獣様や聖獣様に任せていろ」
ひょいとアリスターに両脇を抱えられたぼくは、不服そうに足をブラブラと揺らす。
「こんなビュービュー風が吹いている外に、お前を出せるわけないだろう? 俺がヒューに怒られる」
アリスターの耳がへにょんとしてしまったから、ぼくは口を尖らせたままコクンと頷いた。
「そうよ。レンを連れて探索に行くのは危ないわ。どこにドラゴンの国があるのかわからないんですもの」
紫紺もフルフルと頭を振ってぼくの外出を反対する。
窓の外に目をやると、確かにビューと強い風が吹いて、落ち葉や小石、そして何かの木片が飛んでいったのが見えた。
んー、危ないかな? まだ自分で自分の体を守ることのできないぼくでは、残念ながら足手まといのようだ。
「じゃあ、しこん、いく?」
「そうね。アタシの転移魔法で移動するのが一番風の影響を受けなくていいと思うわ」
紫紺は、心なしか得意げに胸を張っている。
遠くに見えるホワイトフェアリー山脈の山々だが、神獣聖獣たちの本気の走りではそう遠くない場所らしい。
あ、真紅は抜いてね。
「ピイッ」
<レン。なんか失礼なこと考えたろ>
ピイッとかわいく鳴いて、ぼくの手をツンツン突くのはやめてよ、真紅ったら。
「一人だと何かあったときに困るだろ。俺も行くぞ」
白銀が紫紺を気遣って探索隊に立候補したのに、紫紺の鼻にはギュッとシワが寄った。
「……一人でいいわ。アンタはここでレンの護衛よ。あと真紅もバカなことしないように見張っていてちょうだい」
「な、なんで!」
「アンタ、知らない場所に行ったら興奮して勝手にあっちこっち走り回るでしょ? 迷子を捜しているヒマなんてないのよ」
ゲシッと紫紺の後ろ足でお尻を蹴られた白銀は、「キャイン」と悲しい声を上げた。
ちょっと涙目で尻尾をダラリと落としてアリスターの後ろへとトボトボ移動していた。
「ピーイ?」
<俺様は? 飛べるぞ?>
真紅が小さな足で仁王立ちして嘴をやや斜め上に向ける。
「却下。風で飛ばされるわよ。人化してついてきてもダメよ。アンタも迷子になるわ」
紫紺にやや眇めた眼で睨まれた真紅は首を肩に埋めてススッとぼくの後ろに隠れた。
「でも、しこん、ひとり? あぶないの」
この風の原因がドラゴンだけなら、聖獣レオノワール、紫紺の敵ではないかもしれないけど、風の精霊王も関わっているとなると話は別だ。
どうやら、精霊たちと神獣聖獣たちは仲が悪いらしい……というか、精霊が神獣聖獣たちを嫌っているみたい。
その風の精霊王がいるだろうドラゴンの国に紫紺一人で行くのは心配です。
「そうね。しょうがないわ、連絡係としてアイツを連れて行くわよ」
紫紺はそう言うと、尻尾をフリフリさせて部屋を出ていった。
「んゆ? だれだろう?」
「そうだな。セバスさんとでも一緒に行くのかな?」
ぼくとアリスターが首を傾げていると、父様たちに用意された部屋から叫び声が聞こえた。
「僕に拘束魔法をかけて、どこへ連れて行くつもりだーっ! 放せーっ!」
カチャリとドアノブが回ると扉が開き、疲れた様子の兄様と何故か晴れ晴れしい顔をしたセバスが入ってきた。
「にいたま!」
「ああー、疲れた。でも父様を説得するのに成功したよ」
兄様は疲れたと言いながらもぼくの体をひょいと抱き上げて膝に乗せて座る。
「ヒュー。本当に団長が許してくれたのか?」
「ああ。僕だけじゃ厳しかったけど、セバスが味方してくれたからね」
兄様が後ろに立つセバスに視線を向けると、彼は深々とキレイなお辞儀をしてみせた。
「いえいえ。正直、私も早くここでの問題を片付けてしまいたいので」
ニッコリ笑顔でそう告げたセバスの心の中では、新婚で愛する妻のセシリア先生を思い浮かべているのだろうか?
「今も心配です。何かやらかしていないだろうか、と」
「「「ああー」」」
ぼくたちは引き攣った笑いを浮かべた。
「ヒュー。とりあえず紫紺たちが探索に行っている。ドラゴンの国のおおよその場所がわかったら俺たちも出るが、そのぅ、本当に連れて行くのか?」
白銀が最後小さな声でボソボソと兄様に話したあと、チラッとぼくの顔を心配そうに見る。
んゆ? なんだろう?
「しょうがない。ここに置いて行っても何かが起こりそうだし。連れて行って近くで何かを起こしてくれたほうがいい。アリスターも付いてきてくれ」
「ああ、もちろんだ」
兄様とアリスターが気安い感じでコツンと互いの拳を合わせると、ニヤリと不敵に笑う。
むむっ、ぼくもやりたい! ぼくも拳をコツンとやりたいよー。
兄様たちに向かって両拳を突き出して、二人に不思議そうな顔で見られているうちに、セバスはホワイトフェアリー山脈近くの地図をテーブルにササッと広げた。
「こちらの場所の確認をしておきましょう」
セバスはトントンと地図に書かれた一番高い山を指で示す。
「ここがスノーネビス山です。そして四方を山に囲まれているのと、こちらからこちらに山々が連なっております」
「山脈の端にはドラゴンの国はないだろうな。神獣エンシェントドラゴン様を求めて来たのなら、ドラゴンの国はこのスノーネビス山を囲む四方の山のどれかかな?」
セバスとアリスターが地図を挟んで意見を言い合うのを、兄様は静かに見つめていた。
「セバス、ごきげん?」
「ええ、うっとおしいものがいないので」
「……ひすい?」
「あいつの首根っこを掴んで移動してると片手が塞がってしまい、面倒なんです」
……首を掴まないで、抱っこしてあげればいいのでは?
その後、抱っこひもをプレゼントすると、セバスの顔が珍しくも悲し気に歪むのだった。