ファーノン辺境伯領 6
創造神様から遣わされた尊い方は我らと同じドラゴンの姿をしているらしい。
各地に降り立った神獣聖獣の中でも、とりわけ強いらしい。
いつの間にか創造神の次位にあたる尊貴な存在は、自分たちと同じドラゴンで、その存在こそドラゴンの王として我らが忠誠を捧げる存在だと思い込むようになった。
属性同士で固まって暮らしていた自分本位なドラゴンは、少しずつドラゴンの王として神獣エンシェントドラゴンを求め、憧れ、その元に侍りたいと欲求を募らせていく。
切欠は些細なことであった。
あるドラゴンの巣から年老いたドラゴンが、自分はもう役目を終えたのだから残りの時間は神獣エンシェントドラゴン様に仕えたいとスノーネビス山へと飛び立っていくと、我も我もと他の巣からも便乗する輩が増えた。
途中、試練と謳い実力でスノーネビス山行きを勝ち取ったドラゴンたちは、意気揚々と山の頂に坐するエンシェントドラゴンに謁見を願い出た。
「それでじゃな……あ奴はそれを……」
ゴクリとぼくが喉を鳴らすと、瑠璃は呆れた顔で呟いた。
「無視したのじゃ」
ドラゴン、しかも途中でドラゴン同士の戦いを勝ち抜いた精鋭中の精鋭、そのドラゴンの願いを断るでもなく無視した。
「しかも、そ奴らもちょっとここがおめでたくてな。断られていないのだからと、適当な山々の谷間に棲みついてしまったのだ」
それが、ドラゴンの国の始まり。
「んっと、どらごんしゃん、しんじゅう、あえたの?」
瑠璃は頭を振ってから、長くて深いため息を吐いた。
「いいや。もしかするとあ奴は自分がいる山の近くに、自分を王と崇めるドラゴンの国ができていることも知らんだろう。いや、ドラゴンがいることも気づいておらんな」
「自分のテリトリーつーか、あるだろう?縄張り意識みたいなモンが?」
白銀が信じられないと毛を逆立てて騒ぐのに、珍しく紫紺が白銀の意見に同調した。
「そうねぇ。森にいたときはそれとなく魔獣や獣に注意はしていたわ。アタシの縄張りに入ってきたら排除していたし。自然とそういう気持ちになるわよね?」
紫紺に話を振られた桜花も苦笑しながら頷いた。
「ええ。私でさえ自分の縄張りに入ってきた魔獣は排除していたし、庇護を求めてきたものには会って話ぐらいは聞いたわよ」
でも庇護することは創造神様から許されていなかったから、それは断ったそうだ。
「ピイピイピピピピイッ」
<ドラゴンなんて同じ空を飛ぶ奴らだろう? 俺だったらそんな奴らが近くにいたら威嚇するけどな! 邪魔だって>
フンッと小さな胸を張って偉そうに宣言する真紅だけど、神獣フェニックスとして大空を我が物顔で飛んでいた彼なら、自分の近くにドラゴンがいたら問答無用で喧嘩を売りそうだなって思った。
「瑠璃。今回の風害とドラゴンが関係しているなら、やっぱりその……ドラゴンの国へ行かないとダメかな?」
珍しく兄様が眉をへにょりと垂らして瑠璃に尋ねる。
翡翠はこの強い風がファーノン辺境伯領にしか吹かないのは、ドラゴンのせいだって言ってた。
紫紺たちは、こんなにも自然に反した風は精霊の力が働いているって考えた。
水妖精のチルはここが風の精霊の精霊界のようになっているから、他の妖精精霊では妖精の輪が作れない、つまり他の精霊王様に協力してもらうことができないと教えてくれた。
うーんとぼくは両腕を組んで目を瞑って考える。
どうしたらのいいかな?
「儂が神獣エンシェントドラゴンのところに行き事情を話しても、何も変わらないじゃろう。下手にあ奴が動けば下手したらここら一帯が更地になってしまう」
「じゃあ、ドラゴンに直接聞きに行くのが正解か?」
ポンッと瑠璃の腕に前足を乗せた白銀がキラキラと目を輝かしているのは、たぶんドラゴンの国に行きたいんだろうね? ぼくも行きたいもん。
「はあぁぁっ。やっぱり、そうなるのかなぁ」
兄様がガックリと肩を落としてしまったのを、アリスターが慰めていた。
さて、ドラゴンの国に行き、この強風の原因を解明しようとなったけど、問題はどうやって行くか……というか、ドラゴンの国ってどこにあるの?
「儂、知らんぞ」
瑠璃は、同じ神獣聖獣仲間として神獣エンシェントドラゴンと念話をすることもあるらしいけど、ほとんど会話が成り立たないうえ、彼は寝てばかりだそうだ。
神獣エンシェントドラゴンも知らないドラゴンの国の場所を、訪ねたこともない瑠璃が知るわけがなかったんだけど、みんなの瑠璃を見る視線がちょっと冷たい。
「なんだよ、爺さん。役に立たないな」
「もっとあの子の面倒みてやんなさいよ。寝てばかりって起こせばいいでしょ?」
「ピーイ?」
<あいつ、もしかして神界に帰ったんじゃねえの?>
「瑠璃。あの子ちゃんとあの山にいるのかしら?」
言いたい放題である。
瑠璃も苦笑しながら、神獣エンシェントドラゴンがスノーネビス山の山頂にいることは確かだと頷いた。
「儂や桜花は行けんが、お主らだったら近くに行けばドラゴンの気配がわかるであろう? それこそ何頭もいるのだから」
「それもそうか」
白銀の眼がランランとしているのはなぜだろう? 腕試しとか思ってないよね? 喧嘩するつもりじゃないよね?
つい、不安になって瑠璃の袖をちょいちょいと引っ張ってしまった。
ぼくの顔を見た瑠璃がちょっと微笑んで頭を撫でてくれる。
「大丈夫じゃ。あ奴は自ら動く性ではない。何事もなく終わることができるじゃろう。白銀と真紅には儂からも口を酸っぱくして言い含めておく」
なんか、瑠璃の中では白銀が神獣エンシェントドラゴンに喧嘩を売るぐらいだったら、ドラゴンとじゃれてくれたほうがマシと思っているみたい。
……うん、ぼくも楽しそうな白銀と真紅を止めることはできなさそうだから、そうなったら安全地帯で大人しく観戦していようっと。