前夜祭 前
誤字脱字報告ありがとうございました。
発生→発声 直しました!
目の前には、色鮮やかなスイーツたちが鎮座してます。
シフォンケーキと生クリームたっぷりのケーキ。ベリーのタルトとレモンパイ、ババロアとプリン。
お祖父様とお祖母様がニコニコとして紅茶を飲んでいて、母様はあれもこれもスイーツを山盛りお皿に取って嬉しそうに口に運んでいて、それを父様が幸せそうに見つめている。
母様の大好物ばかり並べてあるらしいよ、このスイーツ天国は。
兄様はプリンをスプーンでひと口掬っては、「あーん」とぼくの口へ。
ぼくと白銀と紫紺はお行儀悪く、ぐてぇとソファに体を沈めています。
お祖父様とお祖母様の熱烈歓迎は、血の繋がっていない孫のぼくと、子犬と子猫にしか見えない白銀と紫紺にも及んだ。
高い高いからの高速クルクルは、キツかった……。
若干乗り物酔いになった感覚が抜けない。
白銀と紫紺も同じように小さい体を弄ばれたうえ、頬ずりしまくられていた。
「レン、おいしいかい?」
「あい。おいちい。…じいちゃ」
「そうか、そうか。もっと食べなさい」
…………。
これ以上食べたら、気持ち悪くなっちゃうよ。
ぼくの口では「お祖父様」「お祖母様」と発音できなかったので「じいちゃ」「ばあちゃ」呼びになってしまった。
ふたりとも、喜んでくれたからよかったけど……今日も寝る前に発声練習と早口言葉をしなきゃ!
「神獣様と聖獣様もお口に合ってますか?」
「おいしいわよ。甘すぎないし、カスタードクリームが絶品ね」
「……肉、くいたい」
途端、ゲシッとお尻を紫紺に蹴られる白銀。
ダメだよ、折角用意してくれたのに、別の物を欲しがっちゃ。
「しろがね、めー」
白銀はお尻をふさふさ尻尾で守りながら、ぼくを上目遣いに見てしゅんとした。
セバスさんたちは、ぼくたちがこのお屋敷でお世話になるので、他の使用人さんたちにあれこれレクチャーされに行ってて不在です。
セバスさんがいたら、お肉がポンッと出てきたかもしれないね。
「しかし、事前に知らされていたが、神獣様と聖獣様とお会いすることができるなんて、夢のようだ」
「本当に。それも、こんなかわいいお姿で」
お祖父様とお祖母様は、白銀と紫紺にきゃいきゃいとはしゃいでいる。
「白銀だ」
「紫紺よ。気軽に名前で呼んでチョーダイ」
……ふたりとも、スイーツを口いっぱいに頬張りながら言っても……かわいいだけなんだけど。
春花祭は、今日の夕方にお祖父様が領主として始まりの挨拶をしてからスタート!
初日は、まだ屋台などのお店の準備が整っていないので静からしいけど、新種のお花の品評会があるんだって。
お祭り中、気に入ったお花に票を入れて1番を決めるんだけど、1番になったお花はその年1年、アースホープ領のシンボルとして取り扱われる栄誉が与えられる。
だから、お花を作っている人は1年に1回の品評会を目指して頑張ってるんだ。
品評会は春花祭だけだから、春花祭のメインといってもいい催し物!ぼくも楽しみ!
次の日がお祭りの本番。
いろんな屋台や大道芸人、歌や踊り。
その日だけの特別メニューやお土産物があったり、ぼくたちみたいに他の領地からの観光客も多いんだって。
そして、夜には花火が上がるそう。
わー、楽しみ。ぼく、花火を生で見るの初めてだよ!
そして3日目はお昼に品評会の順位を発表して、お祖母様の終わりの挨拶。
街のみんなで後片付けをして、ゴミを積んで火を点けてお祈りして終わり。
ぼくたちは終わりの挨拶のあと、馬車に乗ってブルーベル辺境伯領へ帰る予定。
スイーツ祭のお茶会を終えてたら屋敷を出て、馬車に揺られて貴族街を抜け、お祭りのメインストリート手前で馬車を降ります。
人がいっぱい……。みんな目まぐるしく動いて、働いてる。
屋台があちこちで建てられていて、荷車を引いて駆けまわる人もいる。
「わー。しゅごーい」
ぼくは、口をパッカーンと大きく開けてその様子を見ている。
兄様はくすくす笑ってぼくの頭を優しく撫でてくれる。
前夜祭のためにお祖父様とお祖母様。父様と母様と兄様。ぼくと白銀と紫紺。セバスさんとマーサさん。あと騎士さんたちで春祭りの会場、領都でもあるアーススターの街まで来たけど、お祭りの準備で街全体がすごい騒ぎになっているよ!
街の様子にびっくりしているぼくに、お祖父様はニヤリと笑ってある場所を指差す。
「ほら、あそこがセレモニーの会場だ。じいちゃが挨拶するところだぞ。もっと近くで見ようなー」
お祖父様が教えてくれた場所はここからだと遠くてよく見えないけど、街の真ん中に大きな噴水があって、その周りが広場みたいになっているようだ。
簡易なテントと違って、木造の舞台が作られていて、その周りに色とりどりの何かがいっぱい置かれている。
「舞台の周りに置いてあるのは、品評会に出された新種のお花よ」
お祖母様がそう教えてくれる。
みんなでゾロゾロと街の人のお仕事の邪魔にならないように気を付けながら、舞台のある会場へと移動していく。
「うぅん?また、視てるわね」
紫紺が呟く。
「どうちたの?」
「気にしないで、大丈夫よ」
そう言いながら、紫紺は周りを確認するようにキョロキョロ。
「捕まえるか?」
「……。やめときましょ」
剣呑な視線を飛ばす白銀に、ため息ひとつ吐いて紫紺は頭を振る。
ぼくも正体不明な視線が分かるのか、目を瞑って意識を集中させてみた。
<…………で。……で。……おい……。こ……。>
「んゆ?」
なんか、聞こえた。
笛の音と微かな歌声。
それに混じるように……誰かが、呼ぶ声?
「レン。そんなところで立ち止まったら迷子になるよ。さあ、手を繋いで一緒に行こう」
兄様に手を繋がれ歩き出すけど……、あの声はなんだろう?
考え事をしている間に、舞台まで歩いてきました。ぶわっと広がるお花の香り。
ぼくたちみたいに他の領地から来ている人たちなのか、気に入ったお花の前でお喋りしています。
ぼくも、見たい。
お花はいろんな種類があるみたい。
前の世界でのバラやユリ、ランみたいな花もあった。
色はピンクや赤、黄色やオレンジが多いかな?
そんな中、人が疎らにしかいないお花が目に入った。
どのお花も人がいっぱい群がっていたから、このお花は人気が無いのかも……。
そっと、そのお花に近づく。
どのお花も甘い匂いをさせていたのに比べて、そのお花は爽やかでスッキリとしたミントみたいな匂い。
色も唯一の寒色系で、五枚の花弁がユリの花のように広がっていて、真ん中に真ん丸なふわふわがある。
ぼくはそのお花に夢中になった。
すごくすごく気に入って、目が離せなくなっちゃった!
だって、だって、そのお花の色!綺麗な青色。澄んだ青色。お空の色のように澄んでいて、海の色みたいに輝いている、青。
そして花弁の縁には金粉をまぶしたような煌めき。
その色合いは、ぼくの大好きな……大好きな……。
ぼくは、後ろを振り返る。
そこには、ぼくを見て微笑む兄様。
金色と青色。
ぼくの大好きな色。