ファーノン辺境伯領 5
むかーし昔、この世界を創った創造神様は、自分の代わりに下界を守護する神獣聖獣をお創りになった。
その中の二体には、特に重要な使命を負わせて。
神獣エンシェントドラゴンは陸地を守護し、聖獣リヴァイアサンは海を守護する。
空、天界からは創造神様が下界を見守っている。
使命を全うするため、神獣エンシェントドラゴンは大陸一高い山、スノーネビス山頂に降り立ち今も私たちを見守っている。
「……いや、あいつは見守ってはいねぇな」
「ピーイッ」
<単に動いてないだけだ>
「そうねぇ。そんなお役目大事な子じゃないわね」
白銀、真紅、紫紺は神獣エンシェントドラゴンのことを散々な口ぶりでけなすけど、長い間一か所でじっとしているのはすごいことでは?
「そうじゃな。まあ、あ奴の場合は何も考えていないのかもしれないが。何しろ我らの中でも随一の力を持つ。下手に暴れてはこの世界が危ない」
ズズーッとセバスが淹れたお茶、緑茶を啜る瑠璃に父様が青い顔を向ける。
「ま、待ってください。まさか、神獣エンシェントドラゴン様も白銀たちと……その、あまり変わらないご気性で?」
父様の発言に白銀たちがスーッと半眼で表情をスンッと消すと、桜花はクスクスと、瑠璃はアッハハハと笑った。
「そうじゃの、そうじゃの。白銀たちと同じ気性では、お前たちが困るだろうのぅ」
「ええ。白銀ちゃんや真紅ちゃんみたいに気性が荒かったら大変だもの。でも大丈夫よ。あの子にそんな勢いはありません」
フフフと口元を袖で隠して、桜花は楽しそうに神獣エンシェントドラゴンの性格を教えてくれた。
それも、ほぼ一言で。
「ぼんやりしている子なの」
「ぼんやり?」
兄様がパチパチと不思議そうに瞬きすると、真紅がやさぐれ風に「けっ」と吐き捨てる。
「桜花の言うとおりね。神獣として最初に創られて、その能力もアタシたちとは桁違いなんだけど……覇気がないって言うか、自己主張が皆無と言うか。とにかく自分から積極的に何かをするって子じゃないのよ」
紫紺までちょっと困ったように言い表すと、チロンと白銀を横目で見る。
「こいつぐらい判りやすい感情表現ができないものなのかしら……」
「おい、俺はそんなに顔に感情を垂れ流してないぞ」
白銀が弁解するけど、神獣聖獣のみならず、父様も兄様もセバスまでもが緩く頭を振って否定するのだった。
「ち、ちくしょう」
白銀、落ち込まないで。
ぼくはがっくりと頭を落とす白銀のしょんぼり背中をナデナデしてあげるのだった。
どうやら白銀はシエル様に創られたあと、自分より強い奴が既にいると知って面白くなかったらしい。
そして始まる最強を懸けた熱い戦いが! って白銀が一方的に挑んであしらわれていたとか。
「しょうがないわよ。あの方が初めて創るからって浮かれ気分であれもこれもと能力を詰め込んでできたんですもの、あいつは。しかも制御機能がイマイチって迷惑さでね」
散々、神界にいたときに迷惑をかけられたと紫紺は憮然とした表情で昔を思い出している。
「しかも、その後に創られた真紅ちゃんが、自分より先に空を飛べる奴がいたって怒って、目の敵にしていたものね。あのときは大変だったわ……。うっかりしていると火だるまの真紅ちゃんが上から落ちてくるんだもの」
「ピーイッピピイ」
<俺様は負けてねぇ>
桜花の苦笑交じりの昔話に真紅は不満そうに言葉を漏らした。
うん? みんな、昔は仲が悪かったの?
ぼくが、悲しい気持ちに顔を歪めてそう問いかけると、みんながあわあわと焦りながらお互い仲良しアピールをしてくれた。
仲良しなの? ぼくと兄様みたいに大好き同士なの?
「うっ……。うう……。な、仲良しだ」
白銀がすっごく不味いものを飲み込んだような渋い顔で頷いた。
「いかん。話が逸れたな。神獣エンシェントドラゴンはちょっと残念な子じゃが、その力は疑いようもない。そして、その力に惹かれる者たちもいる」
瑠璃がコホンと軽く咳払いをして場を仕切り直してから、再び語り始めた。
「ひかれるもの?」
「そうじゃ、レン。人も同じじゃろう? 強い人、優しい人、美しい人、かわいい人、何かしら魅力のある人に惹かれるものじゃ」
ぼくはコクリと頷く。
「あ奴の場合は、ぼんやりしていて他に興味を持つことがない気性が裏目に出てしもうた」
チロッと白銀たちを見て、ため息を吐いた瑠璃は目を閉じてゆっくりとした口調で話す。
「その山の頂に神獣エンシェントドラゴンがいることが他のドラゴンたちの噂になった。ドラゴンは強い者に惹かれる性でな、我も我もとその山にいるエンシェントドラゴンの元へと馳せ参じたのだ」
「うっわー、いい迷惑ね」
「そうか? 同類みたいなモンじゃねぇか。面倒みてやればいい」
「ピイ?」
<あいつじゃ無理>
白銀たちがまたお喋りをし出したから、ぼくは人差し指を口前に持ってきて「シーッ」と静かにと注意したらムグググと口を閉じてくれました。
「しかし、エンシェントドラゴンは相手にしなかった。どのドラゴンもな。それぞれ属性竜の王が謁見を求めても応えることはなかった」
瑠璃がポツンと寂しそうに呟くから、ぼくは山の天辺でしょんぼりと悲しそうに俯くドラゴンの姿を思い浮かべてしまった。
高い高いお山で一人ぼっちで、今まで過ごしていた天を眺めているドラゴンは、どんな気持ちだったのだろう。





