手紙 4
ぶすうっ。
ぼくは両頬をリスのように膨らませて、涙目で父様たちを睨んでいます。
ぼくの後ろには白銀と紫紺が陣取っていて、ぼくの前に小鳥姿の真紅が両翼を組んで? 父様たちを威嚇してくれています。
翡翠はセバスと一緒にご飯を食べに行っちゃった。
「レン? あのね、アンジェは遊びに行くんじゃないんだよ? 困っているお友達を元気づけに行くんだ」
「ぼくも、フレーフレー、するもん」
問題を解決するのは無理だけど、母様のお友達が元気になるように応援することはできるもん。
「でも、とっっっても遠い所なんだよ? すぐに帰ってこれなかったらリカが寂しがるぞ?」
「……むむ。でも、しこんが、ビューンっていって、ビューンだもん」
転移魔法で移動するなら早く行って帰ってこれるって話してたでしょ?
リカちゃんと会えないのは寂しいけど、お祖母様たちもいるし、ちょっとぐらい平気だよね?
「あっちに行ったら一人で自分のことをしないといけないんだぞ!」
父様が「んがーっ」と顔を真っ赤にして大声出したら、隣にいた母様に頬をぷにっとつままれていた。
「レンちゃんにそんな大きな声を出しちゃダメでしょう」
「いや、でもアンジェ……」
んゆ? 自分のことを自分でしないといけないとは?
ぼくは兄様の顔を見てコテンと首を傾げた。
「にいたま、いっちょじゃ、ないの?」
べ、別に兄様に自分の面倒を見てくれっと頼むつもりではないけど、いつもぼくのお世話をしてくれるのは兄様だ。
兄様はニッコリ笑顔でぼくを膝だっこすると、父様に向かって爽やかに告げた。
「久しぶりの家族旅行ですね!」
「……ヒュー」
父様はがっくりと肩を落として、母様に慰められていたよ。
うん、みんなでおでかけ、楽しみです!
その後、お風呂に入ったぼくたちは部屋に戻り、ベッドの上で車座になりました。
兄様が大きな地図を真ん中に広げてくれます。
「ここがコバルト国でここがブリリアント王国だから、ずいぶんと離れているね。そしてここが母様の友達がいるファーノン辺境伯領」
ふむふむ。
ぼくたちが住むブリリアント王国とコバルト国の大きさはあまり変わらないように見えたけど、領地はブルーベル辺境伯のほうが広い。
ファーノン辺境伯領地の近くに森もあるけど、こちらもハーヴェイの森に比べたらそんなに広くない?
「コバルト国はこの大陸いち高い山、スノーネビス山があるフェアリーホワイト山脈が有名なんだよ」
ここだよ、と兄様が指さす箇所をじっと見る。
うーん、地図だとよくわからないけど、ここに高い山々が連なっているんだね。
「アタシの転移用のマーキングはここら辺。ちょっと森の中を移動して、ここから街道に出ればちょうどファーノン辺境伯領の所から入国できるわね」
ちなみに母様がお友達宛に返事を書いて、その手紙を紫紺が知り合いの鳥さんに渡すよう頼んだとのこと。
「あいつなら今頃届けているんじゃないかしら? いきなり遠方にいるはずのアンジェが訪ねてきたら先方も驚くだろうしね」
パチンとウィンクをかわいくキメる紫紺に、貴族のマナーとして先触れ絶対らしいのでぼくは紫紺の気遣いに拍手した。
パチパチ。
「とりあえずはお祖父様の到着を待ってご挨拶をしてから出発だね。きっとお祖父様たちはレンにも会いたいと思うから」
「あい。ぼくも、あいたい。にいたまにも、あいたい」
ぼくだけじゃなくて、お祖父様たちは兄様にも会いたいと思っているでしょう。
うん、白銀と紫紺にも会いたいだろうし、真紅や桜花、翡翠も紹介しなきゃ!
「むむむ、いそがしい?」
あれれ、ちょっと出発までにやることが多すぎないかな?
「ふふふ。僕も手伝うよ」
兄様に頭をなでなでされて、ちょっと瞼が重くなってきました。
「ほら、寝ちゃいなさい」
ポテンと紫紺の鼻でお腹を優しく押されてベッドへと沈む体……ムニャムニャ。
「おやすみ、レン」
「……すみなしゃい」
まだ夢と現を彷徨う間、兄様の固い声が聞こえていたような気がする。
どこか緊張した、決意をしたような声だった。
「おい、ヒュー。顔が怖いぞ」
「白銀こそ、無口じゃないか」
ムッと眉をしかめて白銀に反抗する自分に、ふーっと息を吐いた。
うん、ちょっと母様に届いた手紙にナーバスになっていたみたいだ。
「まだ決まったわけじゃない」
「うん。でも気になるよ。ファーノン辺境伯領の状況がアイビー国で起きていたことに似すぎている」
ブリリアント王国の隣国アイビー国が記された地図を指でトントンと叩く。
「アイビー国は土。土地に描かれた魔法陣のせいで不作だった。でもファーノン辺境伯領は大風のせいでしょ?」
ファーノン辺境伯領は標高の高い山が多いせいで風の強い場所ではあったが、近年その大風が吹く頻度が上がってきていた。
真夏の乾いた熱風や冬の雪を巻き上げる吹雪、春は花を散らし秋は木の実や果実を落とした。
貧しい家の家屋が倒壊したり、外の作業ができない日が続いたり、訪れる商人や旅人が減り居を移す者も増えてきたらしい。
「ブリリアント王国と交友がある国なら、ウィル様経由で道化師やサーカスのことが確認できたのに」
ぎりっと唇を噛みしめ悔しがるヒューに、紫紺は呆れたように尻尾をポスンとベッドへと叩きつけた。
「でもね、あの辺一帯は風が強く吹くところなのよ。だって、ドラゴンが棲むドラゴンの王国があるところなんだから」