手紙 2
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いつも、ありがとうございます。
うららかな日差しをカーテン越しに感じながら、優雅に紅茶をひと口。
うーん、久しぶりにゆっくりできる午後だ……こいつに呼び出しされていなければ。
ジロッと鋭い視線を投げると対面に座ったブルーベル辺境伯は片眉だけ器用にひょいと上げて、そのまま静かにカップに口をつけた。
「おい、無視すんな。なんでわざわざ呼び出した?」
「……たまには兄弟でお茶を飲むのもいいでしょう」
しらっとハーバードは言いのけると、焼き菓子を一つ手に取り、珍し気に眺めたあと齧る。
「甘いですね」
「そりゃ、菓子だからな」
俺も一つ手に取りむしゃむしゃと食べる。
「久しぶりにブルーパドルへ行こうかと思いまして。留守を頼みます」
「はぁああああ? なんで? 親父からの呼び出しか?」
親父こと前辺境伯は弟のハーバードに爵位を譲ったあと、海の街ブルーパドルへと隠居した。
まあ、海軍を率いて街の発展に日々尽力しているから、隠居とは言えないかもしれないが。
まだまだ俺たち兄弟にとっては畏怖の対象、越えられない壁である。
俺の問にハーバートは緩く頭を振って否定すると、ニッコリと笑った。
え、なにそれ、怖い。
「ここのところ働き詰めでしたから、レイラと一緒に休暇です。ちなみに父上と母上は私の代理として代わりにここに来ます」
「はぁああああ? なんで? しかもレイラと二人? ユージーンとかどうすんだ?」
どうせならユージーンと生まれたバーナードを連れてブルーパドルへ行け。
そこで親父たちと一緒に過ごせ。
留守を預かるのはやぶさかではないが、親父とお袋も一緒だなんて嫌だ!
ユージーンたちも一緒に連れて行って孫の顔を見せてやれよ。
「父上や母上はヒューやレン、フレデリカの顔も見たいはずですよ」
「そりゃ、そうだろうけど……」
「安心してください。今回の父上の目的は……アルバートです」
「は? あいつ、なんかしたか?」
末の弟のアルバートは、貴族生活に嫌気がさして冒険者となった変わり者だ。
いずれは辺境伯の分家を担うとの約束のもと自由にしていたが、とうとう年貢の納めどきなのだろうか?
「違います。逆ですよ。Aランク冒険者となりダンジョン完全踏破を謳ったのに、未だ達成できていない愚息に愛の鞭を振るいにきたのでしょう」
「う、うわー」
他人事ながらかわいそう……。
Aランク冒険者にしか挑戦を許されていないダンジョンはこの世界で三つある。
その二つをアルバートたちの冒険者パーティーは無事に踏破している。
だが、最後の一つ、最難関と恐れられているダンジョンは、その入り口が高い山脈の中にあり、準備を万端に整えても気候次第では入口に辿り着くこともできない難所である。
実際はそれ以外の二つのダンジョンを踏破していれば「ダンジョン完全踏破」と言ってもいいんだが、親父にそんな忖度は通じないだろう。
「今回はマイルズを護衛にティエゴも連れて行きますから、本当によろしくお願いします」
「ええーっ……なんかヤな予感がする」
暖かい日差し溢れる室内のハズなのに、ゾゾーッと背中に寒気が走った気がした。
母様の手に白い封筒が握られています。
アルバート様が「郵便でーす」と運んできたものだ。
いやいや、この世界に郵便というシステムはないので、お金で頼まれた冒険者や行商人が届けてくれるんだって。
あとは冒険者ギルドみたいなギルド経由で頼むとか、貴族のお家は使用人に頼むとかするの。
ちょっと面倒だよね?
そして母様の手にあるお手紙は、どうやら母様のお友達からみたいなんだけど。
「でも、お互い結婚してからは疎遠になってしまって。なのに急にお手紙なんてどうしたのかしら」
母様は首を捻って困ったように眉を下げた。
ぼくと兄様も顔を見合わせて、首をコテンと傾げる。
「義姉さん、とにかく中を確認してみれば? あ、ティーノ、お茶と菓子を頼むわ」
アルバート様はドスンとソファーに腰かけると、悠々とくつろぎだした。
手紙が気になるぼくたちもソファーに座って、セバスが用意してくれるお茶とお菓子をそわそわして待ってみる。
ぼくの足元で白銀と紫紺もちょこんとお座りして待っているし、真紅も白銀の背中でぐだぁとだらしなく寝そべっている。
最近仲間になった翡翠がぬいぐるみのままポテンと床に放り出されているのは、さっき母様に突進しようとしてセバスに叩きのめされたからだ。
……翡翠、少しも学習しないね?
「母様、父様を待たなくてもいいのですか?」
「うーん。だってハーバード様から本邸に呼び出されちゃったし、いいわ、ギルは後で」
母様はかわいい顔で父様が聞いたら滂沱の涙を流すようなことを言った。
そうか、父様は辺境伯様のところに行ってしまったのか……ちぇっ、久しぶりに一緒にお茶を楽しめると思ったのに。
そんな気持ちのままに頬っぺたを膨らましたぼくの頬を兄様がニコニコして突いた。
「レン。かわいい顔になっているよ。ほら、機嫌を直してお菓子を食べよう」
「あい」
ぼくは素直にこっくりと頷いて、マドレーヌを一つ手に取って兄様にあげる。
「どーじょ」
「あ、ありがとう」
照れ笑いの兄様がちょっとかわいい。
最近の兄様はぼくがあげたお守りの効果なのか、とっても機嫌が良くてメロメロにぼくを甘やかしている。
「んゆ?」
じーっと見つめる母様の視線に目をパチパチすると、母様は「なんでもないわ」と笑って首を振った。
そう? あーんと大きな口を開けてマドレーヌを齧る。
「おいちい!」
「……やっぱり、レンちゃんの幼児語が……」
なあに? 母様、何か言った?