おやすみなさい
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
その日の夜。
なんだか慌ただしい一日だったが、ぼくにとっては兄様とお出かけもできたし、欲しかったものも買えたし、お友達? も増えたし、瑠璃たちにも会えたので、とっても楽しい一日でした。
「んふふふ」
「……そう。レンが楽しかったならよかった。それと、本当にごめんね。レンのこと騙したわけじゃなかったけど、外に出る口実にしてしまって……」
父様にいっぱい怒られて両耳をみょーんと伸ばされた兄様は、しょんぼりした顔でぼくに謝った。
ううん、とぼくは頭を左右に力いっぱい振ると、兄様の赤くなった耳にそっと両手を伸ばす。
「いたいの、いたいの、とんでけー。にいたま、まだ、いたい?」
父様は兄様にいっぱいいっぱい怒ったあと、罰として剣のお稽古を三日休むように命じられた。
大好きな剣を三日も我慢しなきゃいけないなんて、兄様、かわいそう。
でも、怒っていた父様も、ハーヴェイの森の事件のあらましと新たに増えた聖獣ユニコーンの報告と、辺境伯様に伝えることの内容がアレ過ぎて、がっくりと肩を落としていた。
セバスはスンといつもの澄まし顔だったけどね。
あと、兄様と一緒に怒られていたアリスターは、兄様から片耳だけみょーんと引っ張られていたっけ。
兄様が言うには「お前だけずるい」ってことだけど、アリスターは今回のこと、何も悪くないと思うだけどなぁ。
でも、落ち込んでいる兄様がかわいそうなので、弟のぼくは慰めてあげようと思います。
よしよし。
「って。ちょっと狭いんだけどーっ」
「ピイピーイ」
<あぁん? 後からきて図々しいんだよっ>
「うるさいわねぇ。静かにしなさいよ。もうレンは眠る時間なのよ」
「……騒ぐなら自分の寝床で騒げ。俺の腹の上で騒ぐなっ」
チラッとベッド脇を見ると、びよーんと寝そべった紫紺と丸まって目を瞑っていた白銀がいて、その白銀の背中やお腹の上でぬいぐるみ状態の翡翠と小鳥姿に戻った真紅が言い合いの喧嘩を始めてしまっていた。
リリとメグに用意してもらった新しいクッションの取り合いから始まった二人の喧嘩は、この部屋のお気に入りの場所の取り合いにまで発展して、とうとう白銀の背中やお腹の取り合いになってしまったようだった。
「俺の体は俺のモンだ。真紅、お前は俺が厚意で乗せて移動してやっていたんだぞ? 翡翠のバカと喧嘩するなら、今後一切乗せねぇからな」
「あら、いいじゃない。翡翠の背中に真紅が乗ればいいのよ。そうしたら少しは仲良くなるんじゃないの?」
「ええーっ!」
「ピーッ!」
……とっても賑やかです。
でも、もう夜なので、寝る時間なので。
「みんな、しぃーっ」
ぼくが立てた人差し指を口に当てて「しぃー」すると、むぐぐとみんなの口が噤みました。
うんうん、みんないいこ!
「にいたま、おやすみなしゃい」
「うん。おやすみ。いい夢を」
兄様にばふんっと抱き着いてゴロンとベッドへ体を横たえると、兄様が優しく布団をかけてくれます。
「おやすみなさい、レン」
「おやすみ、レン」
「ふんっ」
「ピイッ」
「むにゃにゃ。みんな、おやしゅみぃぃ」
ぼくがあっさりと夢へと旅立っている間に、兄様がぼくが隠しておいた赤と青の紐を見つけてしまったり、それを紫紺に口止めされたりしていたらしい。
「紫紺。これ、もちろん、僕の分だよね?」
「ええ。ヒューの分《《も》》あるわよ。もちろん」
そのときの兄様の顔は嬉しいような悔しいような複雑な表情だったらしい。
「あーっ、疲れた。疲れたあぁぁっ。こんなことなら森で魔物討伐するほうが楽だった……」
バタンとベッドにうつ伏せで倒れた俺は、隣で寝支度を整えるアンジェに愚痴を聞いてもらっている。
ハーヴェイの森での異変、正体不明の魔物討伐と少しばかりの緊張を抱えて出発すれば、いつかの場所近くの泉にいたのは魔物ではなく愛しい息子二人と、恐れ多くも家族と化している神獣聖獣たちがいた。
見慣れない聖獣と共に。
最初は問題児なその聖獣ユニコーンを神界へ連れて行くと言っていたから安心していたのに、結局セバスがやらかしたせいでここで面倒をみることになってしまった。
「ううっ、ううーっ。なんで俺が、こんな目にぃぃぃっ」
とりあえずの報告はセバスに頼んだが、近いうちに辺境伯から呼び出しがくるだろう。
当然、新しい聖獣の保護ともなれば、王家にも報告しなければならない、辺境伯が……。
「あいつ、機嫌悪くなるだろうなぁ」
いつも無表情な鉄仮面顔だが、お兄ちゃんにはわかる喜怒哀楽で、あいつの不機嫌さを感じ取ってしまう。
「俺もかわいいリカがいるから、あいつの気持ちもわかるが、俺だって好き好んでトラブルを抱えたわけじゃないつーの」
かわいい子供を置いて王都まで報告に行けっというのは鬼のようだが、我慢してくれ辺境伯よ。
「何を言っているの? ギルったら忘れたの? 王都に行くなら紫紺ちゃんに転移魔法で連れて行ってもらえばいいじゃない?」
「はっ! そうだった」
闇の上級精霊ダイアナへの対抗心で、紫紺はめでたくも転移魔法がほぼ使えるようになったんだった。
今は転移点を増やすため、暇を見てはあちこちに出かけてマーキングしている。
「じゃあ、あいつに怒られることもないな」
俺は、胸につかえていた難問の一つが解決して、スッキリとした気持ちでベッドの上に起き上がり胡坐をかいた。
「……それよりも、相談したいことがあるのだけど」
沈んだ声に驚いてアンジェへと振り向けば、彼女の顔はいつもの朗らかな笑顔ではなく悲しみに満ちていた。
「ど、どどどどうしたんだい、アンジェ?」
はっ! もしかしてフレデリカの身に何かあったのだろうか? まだ幼い赤子のうちはちょっとした体調の変化でも侮れないから。
「いいえ。リカは元気よ。……ちょっと元気過ぎるかしら? 私が心配しているのはレンちゃんのこと」
「レン?」
レンは元気だったぞ? 今日は瑠璃たちとも会えてかなりはしゃいでいたし、セバスが与えるお菓子をいっぱい食べて、そういや晩ご飯もモリモリと食べていたな。
しかしアンジェは俺の言葉に緩く頭を振った。
「さすがにヒューは大きいから、妹ができても幼児返りすることはないと思っていたんだけど……」
「幼児返り?」
どうやら下の子供ができたときに上の子供が、親の愛情や気を引きたくて赤ちゃんのような言動をすることがあるらしく、その行動を幼児返りや赤ちゃん返りなとど言うらしい。
「まさか、レンが?」
いやでも、レンはリカのことをとっっっってもかわいがっているし、大事にしているし、別に俺たちやヒューを困らせるようなこともしていない。
むしろ、ヒューのほうが我を通す行動が増えてきたような気がする。
「そうね。レンちゃんはいつもいいこだわ。でも、気のせいかリカが生まれてから、レンちゃん……おしゃべりが少し……」
「おしゃべり……。そうだったか?」
年齢を考えると幼い話し方ではあるが、かわいいから別に問題はないと思っていた。
正直、ずっと「とうたま」と呼ばれていたい。
「レンちゃんは大きくなりたいって毎日祈っているみたいだし」
アンジェが「私の口からは言えない」と震える睫毛を伏せるので、俺はアンジェの細い体を抱きしめた。
「だ、大丈夫だ。新しい友達も増えたし、すぐにレンも大きく逞しく育つさ」
俺は口だけはアンジェを励ます言葉を連ねながら、出会ってからちっとも背が伸びていないレンの成長を神に祈るのだった。
神様のお創りなった神獣聖獣たちをお世話しているのですから、どうかお願いします!