ユニコーンの処遇 8
ようやく名前の件が解決して、ユニコーンは翡翠となり、正式にぼくのお友達でセバスの従魔となった。
瑠璃との約束も守れた翡翠は早速、自分を元に戻してほしいと訴えているんだけど。
「だめじゃ」
瑠璃が一言でバッサリ、白銀たちもうんうんと深く頷いて同意している。
「ど、どうしてさ? 瑠璃って呼んだら元に戻してくれるんじゃないの?」
翡翠は動けないぬいぐるみの体で必死に訴える。
「元に戻ったら、お主はまた女子を追いかけまわすのだろう?」
瑠璃の軽蔑の眼差しを浴びた翡翠は「うっ」と言葉に詰まった。
「翡翠ちゃん。人化しても獣体でも女の子を追いかけまわすのは止めたほうがいいわ。でも私たちの言うこと聞かないでしょ?」
桜花の優しい瞳が翡翠を「ダメな子」認定している。
「知らない所で何してもいいが、ここは俺たちの縄張りだからな。お前のケツは拭きたくねぇし。ぬいぐるみのままでセバスに抱っこされてろよ」
白銀がふあああっと大きな口であくびをしてつまらなさそうに言い放つと、紫紺も無言で頷く。
「お前が幻の乙女から目を覚ませば、元に戻れんじゃねぇの?」
真紅の言葉は真実だと思うけど、たいていの人は本当のことを指摘されると怒っちゃうんだよ。
「他人事だと思って適当に言わないでよっ。動けないって辛いんだよ? ピクリとも動かないんだから。だいたい神様に愛されし美しい僕がぬいぐるみなんて間抜けな状態なんて許されない愚行だよ? 瑠璃、早く元に戻して!」
口調は激しいけど、本人が言うとおりピクリとも動かない四肢。
「もう、屋敷の門の前に吊るしておきましょうか?」
セバスがまったく温度を感じさせない声音で呟くと、父様はとっても疲れた顔で「あーもう、やだ」と嘆くのだった。
「にいたま」
「うーん。でも、元に戻したら母様やリカ、プリシラやキャロルにも迷惑がかかるし。僕たちの近くにはリリやメグ、他にもメイドがいっぱいいるからね」
そうでした! 翡翠もかわいそうだけど、母様やリカちゃん、プリシラお姉さんやキャロルちゃん、他にも大切な人がいっぱいいます。
「ムムム。むずかしい」
「でも、いざとなったときにぬいぐるみの状態だと困るかもね」
兄様はちょっと考える風だったけど、瑠璃の近くにいくとコソコソと耳元で何かを提案していた。
「ふむ。ヒューの言うとおりじゃな。どれ、試してみるか」
瑠璃はパチンと両手を一つ叩くと、なぜか人化している真紅を観察し、ひょいとぬいぐるみの翡翠を持ち上げた。
「な、なに?」
「戻してやることはできんが、動くことができないのも不便ゆえ」
ビシッと人差し指を翡翠の額、角の下辺りに突くと、パチパチと爆ぜる魔力を流しこんだ。
「イタッ、イタタタタッ。なんで痛いの?」
「わざとじゃ」
あー、わざとなんだ……瑠璃って意外と意地悪だね。
それで、どうなったかというと……、翡翠はめちゃくちゃ不服そうにぷくっと頬を膨らませています。
「元に戻してくれればいいのにっ」
「動けてるじゃねぇか」
白銀が吐き捨てるように言った。
確かに動けるようになったよね? ぬいぐるみのままでぷかぷかと宙に浮いてるけど。
「僕が動きたいって願ったのは、元の美しい馬の姿か麗しい人の姿のことだよっ。ぬいぐるみのままで動けるようになりたいなんて、言ってないよね?」
プンプンと怒っていることをアピールするように、激しく上下に動いている翡翠……器用だなぁ、もう自在に動けるようになったんだ。
「何を言っておる。ちゃんと人化はできるぞ」
瑠璃の言葉にピタリと停止した翡翠はブルブルと細かく震えたあと、ポワッと白い煙に包まれた。
「わあーい! わ、わぁー、い?」
喜びはしゃいだ声が、徐々に小さく訝し気な声に変っていくけど、どうしたの?
白銀たちはクスクスと面白そうに笑っているけど、翡翠はどうなるの?
「な、なんだよ、これはーっ!」
白い煙が晴れると、そこにはちょこんと立つ白い服を着たかわいい涙目の男の子いました。
ぼくよりは大きいけど、兄様やアリスターよりは小さい、そう、人化した真紅と同じくらいの子供の姿の翡翠が現れた。
「それぐらいの子供なら、女子に抱き着いてもギリギリセーフじゃろう」
うんうんと自分の仕事に満足気な瑠璃と、かわいい姿の翡翠にテンションが上がる桜花。
白銀と紫紺はニヤニヤとした笑いが抑えきれず、真紅に至っては翡翠に駆け寄り頭をポンポンと軽く叩いてから威圧する。
「ここじゃ、俺様のほうが先輩だ。いつだって俺様のほうが偉いけどな。俺様の子分にしてやる。ふわはははは」
でも、真紅より瑠璃の力で力を抑えられた翡翠のほうが神気が多いと思うけどなぁ。
「うちは託児所じゃないんだけどな」
父様が背中を丸めてポツリと呟くと、セバスはツーンと横を向いて知らんぷりの姿勢です。
ぼくはそっと父様の傍に寄り、背中をナデナデしてあげました。
父様、元気だして!
「レ、レン~。父様はもういやだ~。おうちに帰って家族と一緒に過ごしたいよぅ」
「とうたま、いいこ。いいこ」
わー、父様が本気で泣きだしてしまった。
「だめですよ。まだ今回の事件の報告書を書き上げて、辺境伯様に提出する仕事が残っています」
セバスが父様の襟首をキュッと締め上げる。
「うっ。わ、わかってるよ」
口を尖らした父様と涼しい顔のままのセバス。
大人ってたいへんだな……兄様のところに戻っていよう。
「にいたま」
「おいで、レン。僕たちは早く家に帰ろうね」
うんとお返事する前に、地から響くような低い声の父様が兄様の名前を呼ぶ。
「ヒューバート。まだ、お前の話をゆっくり聞いてなかったよな? こっちへこい」
「あ……。ちえっ、覚えていたか。しょうがない、アリスターもこい」
「え? なんで俺まで」
あー、兄様とアリスターが父様に呼ばれて行ってしまった。
そして父様からガミガミと雷を落とされている。
ふむ、ぼくはどうしたらいいのかな?