ユニコーンの処遇 7
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
「……し、しろがね」
「おうっ」
「し……しこん」
「よろしい」
「……ちっ、しんく」
「真紅様と呼べ」
「ホーリーサーペントはホーリーサーペントでいいんじゃないかな? はい、ごめんなさい。おうか」
「ふふふ。桜花お姉様でもいいわよ?」
「これでいい? 瑠璃」
「ふむ。我らのことはこれからちゃんと名前で呼ぶのじゃぞ。では次にこれから世話になる者たちだ」
ぬいぐるみになってしまった聖獣ユニコーン、翡翠をぐるりと神獣聖獣たちが囲んで改めてご挨拶しているみたい。
瑠璃がこちらを向いて手招きしているので、ぼくも兄様と手を繋いでそちらへトテトテと歩いて近寄る。
「こっちがレンじゃ。さっきみたいにガキとかクソガキとか呼んだら……一生ぬいぐるみのままじゃ」
「ちょっと! 僕らに寿命なんてないんだから、一生って永遠じゃないかっ。い、嫌だよそんなの」
動けないぬいぐるみ状態の翡翠は、カプリと白銀に首を噛まれてプラプラ揺れていた。
そして、プリプリ怒っている。
「簡単なことよ。レンやレンが大切にしている者たちに敬意を持って接すればいいのよ」
ツンツンと鋭い爪で翡翠の体を突いて紫紺が諭す。
「うっ。わ、わかったよ。その子供がレン。レンでいいんでしょ? それともなに? レン様?」
「んゆ?」
レン様……様付けで呼ばれるときもあるけど、白銀たちには「レン」って呼んでほしいなぁ。
だって、お友達でしょ?
「レンでいいでしゅ。さまは、やー」
頭を振って様付けを拒否してみると、真紅がバシンと翡翠の頭を叩いて「ケケケ」と笑った。
「お前は弱っちいのに往生際が悪いんだよ。あと、俺様のことは真紅様だっ」
真紅はわざわざまた人化した姿で、ふんっと胸を張って威張った。
その真紅を悔しそうに睨むが、翡翠の体は自分で動かすことができないから反撃ができないようだった。
「いいか、レンに何かしたら我らが許さないからな。それで隣りにいるのがレンの兄上のヒューバートじゃ」
「ヒューバート・ブルーベルだよ」
兄様は右手を胸に当て恭しくお辞儀した。
貴公子様みたいでとってもかっこいい!
でも、兄様のこと、みんなは「ヒュー」って呼ぶよ?
「あら、ヒューったら、ヒューバートと呼ばせるの?」
紫紺がニヤニヤした顔で兄様に絡むけど、兄様は柔らかい笑顔のまま無言でスルーする。
しかし、その美しい碧眼がピタリと翡翠を見つめ、「僕の弟を悲しませたら地獄を見せてやる」と圧をかけていたと後でアリスターが教えてくれた。
「にいたま、にいたま。ヒュー、だめ?」
白銀も紫紺も、瑠璃もアリスターもみんな「ヒュー」て兄様のことを呼ぶから。
「……。……、いいよ。翡翠も僕のことはヒューと呼べばいい」
暫しの間ぼくと見つめ合った後、兄様は息を吐いてから抑揚を消した言い方で翡翠にそう告げた。
「へ? あ、ああ。」
ぬいぐるみなのに、翡翠が驚いているのがわかったよ。
「あちらが二人の父上のギルバート殿じゃ」
「ギルバート・ブルーベルだ。一応、歓迎はしよう。ただし……」
カツカツと翡翠の傍まで近づいた父様は、膝をついて翡翠と顔を合わせ低い声で母様たちのことを念押しした。
「我が妻アンジェリカと愛娘フレデリカは貴方様の乙女ではありませんので、くれぐれも近づかないように! 話かけるのもダメです。勝手に餌ももらわないように!」
「うっ、うう。わかったが、餌ってなんだ! 僕は家畜ではないぞ?」
うんうん、大事なことだよね。
僕からもお願いするよ。
母様とリカちゃんはぼくたちの家族だから、翡翠の乙女さんではないんだよ? いいね!
父様は翡翠に言い聞かせたことで満足したのか、ソファーに座ってセバスが淹れ直したお茶を飲んでホッとしている。
ぼくは、瑠璃の服の端を掴んでクイクイッと引っ張った。
「ん? どうしたのじゃ」
ぼくは「ん」とアリスターを指さす。
「おおっ、すまんかったな。翡翠、あの獣人の子はヒューとレンの友人でアリスターじゃ」
「いや、友人って……」
アリスターが瑠璃の言葉にオロオロと慌てだすけど、ぼくとアリスターは友達じゃないの?
「そ、そんな純真な目で見るなよ。ヒューは笑うなっ。もう、俺はお前たちの従者なんだぞ。友達って……ああ、レン、泣くな。そうだ、俺とレンは友達だ!」
そうだよね? お友達だよね?
「なにニヤニヤ笑ってんだ、ヒュー」
「いや、僕とも友達だよね?」
「……。ああ、友達だ」
「ふふふ。わかっているならいいんだよ。騎士になるのに遅れはとったけど、すぐに追い着くよ」
「それも、わかってる。翡翠殿、アリスターだ。よろしくな」
翡翠は自分への自己紹介が兄様たちとのやりとりのおまけのような軽い扱いだったのに不満があったかもしれないが、白銀の牙がぬいぐるみの首にしっかりと食い込んでいるので大人しくしていた。
「あ、そうだ。あの泉にいた女の狼獣人は俺の妹なので、手を出さないでくださいね」
「ね」と同意を求めるところでグワッと牙を剥き出しにしたアリスターに、翡翠の緑瞳が揺らいだ気がした。
なんとなくぬいぐるみの毛もブルルと震えているように見えました。
「セバスはどうすんだ? やっぱりセバス様か?」
真紅の呑気な質問に、セバスはやや考えた後翡翠に命じる。
「では、ご主人様と」
「ブーッ!」
翡翠はセバスの従魔だから、セバスが「ご主人様」なのは間違っていないのに、父様が飲んでいた紅茶を勢いよく口から噴き出してしまった。
「おまっ、おまおまおま、お前、何言ってんの?」
「父様。行儀が悪いですよ。レンの前でやめてください」
「あ、すまん。じゃなくて、ヒューもセバスに何か言ってやれ」
兄様は父様の零した紅茶を見て、そっとぼくを背中に隠した。
大丈夫だよ、兄様。
ぼくは紅茶を口からブーッて噴き出したりしないよ? ちょっと、おもしろそうだけど。
「何かおかしいですか? 翡翠は私の従魔なのですから、主人で間違いないでしょう」
「そ、そりゃ、そうだけどな。お前の主人の俺がギル呼びで、お前がご主人様だとおかしいだろう?」
父様が身振り手振りでセバスに熱く訴えるけど、セバスは微かに眉を寄せるだけだった。
しかし、あんまり父様がしつこく言い募るので、たぶん面倒になったセバスは翡翠に向かって「セバスでいい」と投げやりに言い放っていた。
翡翠はセバスの機嫌の悪さを感じ取ったのか、再び涙をポロポロと零し怯えていて、ちょっとかわいそうだったかな。
メリークリスマス!
楽しいクリスマスをお過ごしください。