ユニコーンの処遇 6
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ブルーベル辺境伯騎士団の団長を務める父様に、魔物調査への同行を断られて腹を立てた僕は、こっそりと騎士団が調査するハーヴェイの森にある泉へと先回りすることを思いついた。
ずっと一緒に剣術の訓練をしていた僕の従者であり親友のアリスターが一足早く正式な騎士となり、その調査に参加できるのも、僕にとっては複雑なことだった。
だからかな? いつもなら絶対にしない悪手を打ってしまったのは……。
子供じみた行動に大事な弟のレンを巻き込んでしまったのだ。
いや、ちょっと屋敷を出る口実にレンとの街での買い物を画策しただけなんだけど、こうして思い返してみると罪悪感がひしひしと僕の心を抉る。
だから、あんな面倒なことになってしまったのかもしれない。
僕たちが通称「精霊の泉」に辿り着いたとき、そこにいたのは新しく出会う聖獣様だった。
神獣聖獣たちはレンに優しく、とても愛しているようだった。
ぼくの弟になったときには、既に白銀と紫紺が一緒にいたし、その後も瑠璃や真紅、隣国では桜花まで、レンと神聖契約を交わし、レンが言うところの「お友達」になった。
今度の聖獣とも、ぼくのかわいい弟のレンはお友達になるんだろうか?
ワクワクする気持ちと、レンの幼い体にかかる負荷を心配してドキドキする気持ちを抱えていたが、今回はいつもと違う展開をみせた。
まず、聖獣の素行が悪い。
女性と見れば「聖なる乙女」呼ばわりして追いかける。
女性冒険者の何人かが被害に遭い、我が騎士団の女性騎士たちも危なかった。
聖獣だからしょうがなく屋敷まで連れてくれば、プリシラたちや母様やリカにまで反応する節操のなさ。
とうとうセシリアに手を出しかけてセバスの逆鱗に触れた。
……それで、なんで人族のセバスと従魔契約なんて結んでしまうんだろうね? 聖獣なのに。
セバスより格下だと認めたことになるんだけど、聖獣様が?
しかも、ほぼ白銀たちが神界へ連行することが決まっていたのに、地上との絆ができてしまったので神界で監禁することができなくなってしまった。
僕も父様たちも本心としては拒否したいところだが、しょうがなく聖獣ユニコーンを預かることとしたんだけど、どこに住んでもらうおうか?
ユニコーンだから馬扱いするわけにもいかないし、父様は敷地の端に小屋を建てるとか言い出すし。
瑠璃の提案で獣体で白銀たちみたいに縮小化してもらうことになったんだけど、小さい馬の姿になったままピクリとも動かないんだけど、何してるんだろう?
僕はレンの体を背中で庇い、そおっと横たわっている聖獣ユニコーン、レンが名付けた翡翠の体に触れてみる。
もふん。
「ん?」
もふもふ。
「んんっ?」
こ、これは、もしかして……。
「ぬいぐるみ?」
なんで、獣体を縮小化するはずだったのが、触り心地もふもふのぬいぐるみになってしまったの?
「にいたま?」
レンの不思議そうな声に我に返り、とりあえずぬいぐるみ化してしまった翡翠の体を抱き上げる。
「ひすい、ないてる?」
どうやら、ぬいぐるみになって体は動かないものの、泣くことはできるらしく緑色の瞳からはボタボタと涙が零れていた。
「なんで、僕がこんな目にぃぃぃっ」
「あ、喋れるね」
「にいたま。ぼくもだっこ」
ぬいぐるみになったとはいえ、さすがは聖獣様。
泣くことだけでなく喋ることもできたから、意思疎通はできると思う。
レンがぬいぐるみの翡翠を抱っこしたくて、僕に向かって両腕を差し出すけど、かわいい弟にこんな不気味な物体を渡すわけにはいかない。
僕はレンに笑顔を向け、翡翠はセバスへと放り投げた。
「セバス。世話を頼むよ」
「……はい」
ポスンとセバスの腕に収まった翡翠は、ぶわっと涙をさらに溢れ出させ喚きだす。
「いーやーだーっ! こんな奴に無抵抗な僕は何されるかわからないよーっ。助けてーっ!」
「失礼な。何もしませんよ。ただ……檻にでも入れておきましょうか」
フフフとか笑いながら怖いこと言うから、翡翠のぬいぐるみの体が気のせいかフルフルと震えだした。
そんな翡翠の惨状に、瑠璃が興味深げに見回す。
「ふむ。おもしろいのう」
「るり? ひすい、どうちたの?」
「うむ、これは偶然の出来事じゃの。本来はできない縮小化を無理やりに行おうとして失敗したのじゃが、たまたま儂が奴にかけていた能力減退の封印と作用して、珍妙なぬいぐるみになってしまったみたいじゃ」
瑠璃の隣りに桜花が立ってツンツンと翡翠のぬいぐるみボディを突いていて、白銀と紫紺は瑠璃の足元でお座りして見上げている。
真紅は……あ、興味なさそうにソファーでへそ天しているね。
「おい、爺さん。こいつ元に戻るのか?」
「自分の力じゃ無理そうだな。しかし、ずっとぬいぐるみというわけにもいくまい。ふむ、それ、お前さんとお前に鍵を渡しておくぞ」
瑠璃は懐からキレイな青色の欠片、たぶん瑠璃の鱗の欠片を取り出すと、何か魔力を充填して白銀と紫紺の背中にペタッと貼り付ける。
「「うわっ」」
「じっとしておけ。次第に体に馴染むわい」
瑠璃の言う通り、白銀と紫紺に背中でピカピカと光っていた鱗は、徐々に二人の体に溶け込んでやがて見えなくなった。
「ちょっと! なんでフェンリルたちに渡して僕にはくれないの? 僕のことでしょ? それよりもリヴァイアサンが原因なら、僕の封印を解除してよっ」
翡翠の怒鳴り声に顔を顰めていた白銀と紫紺とは対照的に、瑠璃の顔からすうーっと感情が消えていった。
「翡翠。それが人にものを頼む態度か? それよりも何よりも儂の名前を憶えておらんのか?」
瑠璃は年老いた喋り方をしているけど、外見は白銀たちと変わらない。
青い長い髪にしなやかな細い体、涼やかな目元に気品のある目鼻立ち……とっても威厳のあるお方なのだ。
喋ると好々爺って感じだけどね。
普段は穏やかな瑠璃が、目に圧を込めて、ぬいぐるみの翡翠にグイグイと迫る。
「さあ、儂の名前は?」
「ええーっ、そ、そんなぁ」
「儂の名前を呼ばんと、お前はずっとぬいぐるみのままじゃ」
瑠璃の言葉に翡翠は絶望に染まるけど、その翡翠を抱っこしているセバスの眉間にもシワができる。
たぶん、翡翠との縁が切れないことを嫌がっているんだろう。
「さあ!」
「ううっ」
「さあ、さあさあっ!」
「ひすい、がんばって!」
むんっと両手を握って翡翠を明後日の方向で応援しているレンがかわいい。
なんか、もうどうでもよくなってきた。
僕はレンの頭をよしよしと撫でてあげる。
えへへと二人で顔を合わせて微笑み合う。
そんな幸せの向こうで、ぬいぐるみの翡翠の心がボッキリと折れていた。
「……る、るり……。僕の体を戻してください」





