出発
騎士団本部の門前広場に馬車が2台と、護衛騎士さんの乗る軍馬が3頭、ぼくたち家族の出発を待ってます。
後ろの馬車には、今回の家族旅行と同行する執事のセバスさんと侍女頭のマーサさん、メイドのリリとメグ、従者のトムがぼくたちの荷物を後ろに積んで乗り込みます。
ぼくの荷物の量が凄かった……。
大きなトランクいっぱいに洋服を詰め込んでるのを見て、不思議に思ったよ。だって2泊3日の荷物の量じゃないんだもん。
でも父様も兄様も同じぐらいの荷物で、母様の荷物はトランク3つだった。
いったい……何をどれだけ持って行くの?
馬車に積まれていく荷物を呆けて見てたら、後ろから父様がぼくを抱き上げて、馬車に乗せる。
「ほら、出発するぞ。途中でお昼休憩はするが、ずっと馬車に乗るからな、我慢してくれ」
「あい」
ぼくは、先に乗っていた兄様の腕の中に預けられ、膝抱っこへ。
この膝抱っこが通常モードになりつつあって、ちょっと困る。
ぴょんぴょんと白銀と紫紺が小さい姿で、馬車に乗り込んでくる。
白銀の尻尾が旅行の期待にブンブン振られているのが、かわいい。
護衛の騎士さんは、いつものメンバー。
巨人族と人族の混血で大柄なアドルフさん。赤髪ツンツン短髪に目付き鋭い金眼がかっこいい。
狼獣人のバーニーさんは、灰色の長髪を後ろでひとつにまとめて、紺色の瞳は人好きする愛嬌があるんだよね。
そして、狼獣人だからか白銀といると主従関係があるようで、白銀が偉そうにしている。
クライヴさんはエルフと魔族の混血で、他にもいろんな種族の血が入ってるらしい。ぴょんと、いつも寝癖が付いた茶色の巻き髪に桃色の丸い瞳で、無口なお兄さん。
もうひとりは魔法士のレイフさん。金髪のもじゃもじゃ頭でぶ厚い眼鏡をかけてるから、よく顔が見えない人。人族で魔力が多くて、魔導書が大好きな変人って騎士団の中では有名なんだって。
前の世界でいう、「不思議ちゃん」かな?
護衛騎士さんが少ないのは、やっぱり父様が団長で強いってことと、執事のセバスさんが目茶苦茶強いらしい。
えー、そんな風にはみえないんだけど…。
セバスさんは、代々ブルーベル辺境伯に仕える執事の一族で、実は分家の男爵子息だった。
父様が結婚して、家を出るときに付いてきたんだって。
ちなみにブルーベル辺境伯の本家にはセバスさんのお兄さんが執事を勤めていて、引退した前辺境伯のところにはお父さんがいるらしい。
セバスさんは父様よりちょっと若くて綺麗な人。
濃い深緑色の髪の毛を後ろに撫でつけていて、切れ長のスッとした眼はぼくと同じ黒眼。
背が高いけどスラッとして細身なんだよ?本当に強いのかな?
片眼鏡を愛用していて頭は良さそうに見えるけどね。
父様とは幼馴染だから仲は良いけど、力関係では父様は負けていると思う。
ぼくや兄様にはとても丁寧で優しい人だよ。
そんなメンバーでガタゴト馬車に揺られて出発!
あっという間にブループールの街を抜けて領壁を通り抜けて、草原へ。
「ブルーベル辺境伯はハーヴェイの森と接している南側の反対は草原地帯なんだよ。強い魔獣は滅多に出没しないけど、スライムや一角兎はいるし、空からワイバーンが来ることもあるから、外に出るときは注意しようね」
「あい」
兄様はぼくが外の様子を確認できるように、窓から外を一緒に見ながらいろいろ教えてくれる。
膝抱っこのままで。
今日はいいお天気で、青い空にぽっかり白い雲がいくつも浮いてる。
緑鮮やかな草原は、見える限りずーっと続いてて、気持ちがいい。
「アースホープ領の近辺には魔獣が住む森もないしな。治安もいいし。レンが好きな甘いお菓子もいっぱい種類があるぞー!」
父様の科白に興奮したのは、ぼくじゃない。
『おかしいっぱい、おれ、たべるー!』
『ワタシもー。ワタシも、たべるー!』
小さな光の玉が高速でブンブン、狭い馬車の中を飛びまわる。
ぼくたちの横の座席に座って、反対の窓に齧りついて外を見ていた白銀も、前足をバタバタ足踏みして訴える。
「菓子だと?食うぞ!どこだ、早くだせっ。俺はちょこれーとがいい。あ、ぷりんもいい。あ、待て!ぱんけーきも捨てがたい……」
「なにやってんのよ、アンタたち」
紫紺が呆れて鼻で笑った。
途中でお昼休憩です。
セバスさんたちが忙しなく動いて、あっという間にセッテングしてくれました。
敷物の上に座って、サンドイッチをパクリ。
「おいちい」
「おいしいねー」
兄様の笑顔が今日も眩しいです!
モクモクとお口を動かして食べ進めます。
ところで、ぼくのお喋りがなんだかより一層幼くなった気がしてます。
紫紺が言うには、前の世界の言葉で話していたのが、こちらの言葉を覚えてきたことで言語が切り替わったせいらしいです。
相変わらず、頭の中ではスムーズに考えてお喋りしているのに、それが口に出せないので、ムムムとしますが…しょうがない。
夜、兄様に見守られながら発声練習もしてますよ?
ただ、早口言葉を練習すると、兄様の笑顔が深くなって白銀と紫紺が胸を押さえて蹲る理由が分かりません。
さわさわと爽やかな風が吹いて、母様の茶色の髪がふわふわと泳ぎます。
気持ちいいな。
ピクニックみたい。ピクニックなんてしたことないけど。
そもそも、毎日お外で遊んだり散歩したりできなかったし。
あー、幸せだな。
くふふと笑っていると、父様がぼくの頭をその大きな手で撫でて。
「レン、お腹いっぱいになったか?」
「あい」
満面の笑みで答えます。
隣で猛烈な勢いで食べていた白銀が、前足をペロペロして鼻をピクピク。
「花の匂いがするな」
「ほんと。アースホープ領が近いのかしら。いろんな花の匂いがするわね」
紫紺がぼくの足に前足を乗せて、みょーんと体を伸ばして教えてくれました。
アースホープ領の春花祭、楽しみだなー。