ユニコーンの処遇 2
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セバスが律儀にユニコーンの前にお水が入った桶を置いてあげた。
……なんか、あの桶、バッチいような気がします。
「ううっ。うええええぇぇん」
ユニコーンがさらに激しく泣き出しました。
「はあっ。もう、俺の胃は限界だ。瑠璃、頼むから早くアレを神界に連れて行ってくれ」
父様がお腹を手で押さえて苦しそうにしています。
かわいそう……。
でも、ぼくの隣りに座る兄様は涼しい顔で紅茶を優雅に飲んでいる。
うむ、この状況で困っているのは父様だけみたいだ。
ユニコーンとうっかり契約を結んでしまったセバスは、いつもどおりの仕事ぶりで動揺しているようにはまったく見えない。
「父上殿よ、儂もこ奴を神界に連れて行き、憂いを取り除いてやりたいのだが……」
「んゆ?」
あれ、瑠璃たちはユニコーンを神界のシエル様に預けようって話をしていたよね?
なんだか、瑠璃の沈痛な眉間のシワを見ていると嫌な予感が胸に広がっていきました。
「どうした? 爺。早くユニコーンをあっちへ連れて行けよ。なんだったら俺があっちの道を開いてやるぞ?」
白銀が後ろ足で首をカイカイしながら提案すると、紫紺もペロペロと肉球のお手入れをしつつ横目でユニコーンを睨みつける。
「儂もあの方の元へ連れて行き、少々精神鍛錬でもしてこいと狐の神使に預けたいのじゃが、こ奴はここに縁ができてしもうたからのぅ」
瑠璃はお爺ちゃんみたいな喋り方で話し、チラチラとセバスに視線を投げる。
「もしかして、その縁とやらは私ですか?」
セバスが自分を指差し、そう問いかけると瑠璃と桜花が重々しく頷いた。
<ピイ、ピピピイ、ピーイ?>
「へ? 陰険執事と従属契約しちまったからそのバカ馬を神界に連れて行けなくなっのたか?」
真っ赤な小鳥姿に戻って、両翼でクッキーを持って啄んでいた真紅が、瑠璃たちの話に顔を上げる。
「そんな落とし穴があったなんて……」
白銀と紫紺もショックが隠し切れない。
「ま、待ってくれ! も、ももももも、もしかして、セバスと契約したからユニコーンは連れて行けないってことか?」
バンッと強くテーブルを叩いて立ち上がった父様に、神獣聖獣たちはゆっくりと頷いて答えた。
「そうじゃ。そこの者と契約してしまったユニコーンを神界に連れて行くことはできん。セバスとやらユニコーンとの従属契約を破棄できるか?」
瑠璃に促されセバスがユニコーンの前に立つけど……なぜ、仁王立ちなの?
「ひっ、ひいいいいっ」
聖獣ユニコーンが人族の職業執事に怯えてます。
「……無理ですね。契約が主人側から破棄ができません」
「おおおいっ、セバス。じゃあ、この迷惑な女ばかりを追いかける騎獣にもなれない厄介な馬をどうすんだよっ」
父様がセバスに食ってかかるけど、セバスはペイッと軽く払いのけてしまう。
「仕方ないでしょう。まったく世話が焼けます。ちょっとブルーベル家の家宝を借りますよ。私だってこんなのに付きまとわれたくありません。叩っ斬ります」
危ない思考で目が据わったセバスは、応接室の壁に飾られた一振りの剣へと手を伸ばす。
「ま、待て待て待て待てっ。俺だってこんな奴切り捨てたいけど、一応聖獣だろううううっ」
父様がセバスに縋りつきズルズルと引きずられていく。
うーん、お芝居を見ていると思えば楽しいけど、父様たちはすっごく困っているみたい。
「ちょっとー! 君たち本当に失礼だね! こんな美しい聖獣である僕のことを邪険にするなんて、神罰が下るよ!」
フンッと鼻息荒く立ち上がったユニコーンだけど、セバスが「うるさい黙れ。座っていろ」と低っっっい声で命じたら「ぎゃふん」と嘆いて正座し直してました。
「ヒュー。結局ユニコーン様はどうなるんだ?」
「さて、僕にもわからないけど。どうやらセバスの従魔としてブルーベル家で面倒をみないといけないみたいだ」
兄様がため息を吐いて足を組み直し、冷ややかな視線をユニコーンに向ける。
こんなにみんなに嫌がられているのに、ここに残らないといけないユニコーンにとっても最悪な状況なのでは? と考えるぼくでした。
「しょうがない。儂も様子を見に頻繁に訪れるから、ユニコーンのこと頼んだぞ。白銀と紫紺、真紅や」
「「えーっ!」」
<ピーイッ>
「じいさん、逃げたな」
「私も様子を見に来るわね。困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
瑠璃と桜花はユニコーンの世話を白銀たちに任して、そろそろ帰ろうとしている。
ユニコーンはセバスに怒られてしょんぼりとしていたが、自分以外の神獣聖獣たちが仲良くしているのが気に食わないのか、歯をギリギリと噛みしめています。
「ちょっと、僕のことを助けようと思わないの?」
「はぁ? 何言ってんのよ。瑠璃と桜花が頼むから面倒見るけど、本当は泉に沈めてやりたいのよ」
紫紺が小さな獣姿で「フシャーッ!」とユニコーンを威嚇する。
「紫紺落ち着け。こいつには何言ってもムリだ。でもムカつくから真紅、こいつの顔を突いてやれ」
白銀の命令に真紅が珍しく素直に従う。
<ピピッ>
「えーっ、こっちこないで。イタッ、イタタッ。顔はやめてよっ」
ユニコーンが真紅に襲われて両手を振り回して逃げる。
そこへ、セバスがゲシッとユニコーンの背中を蹴って沈めていた。
うーん、ユニコーンがかわいそうで不憫に思えてきた。
「イテテッ。酷い目にあった……。ところで、みんなるりとかおうかとか、誰のことなの?」
蹴られた背中を摩ってユニコーンが不思議そうに首を傾げる。
「「「「あっ!」」」」
<ピッ!>
あれ? 白銀たちにお名前あるの、ユニコーンに教えてなかったけ?
「ああ。ここにいる神獣聖獣たちは、名付けされているんだ」
チーンとソファーに深く身を沈めていた父様が、白銀たちの代わりにユニコーンに親切に教えてあげるとユニコーンは雷に撃たれたように激しく体を震えさせた。
「えっ! 僕たちが名前を?」
「「ギルッ!」」
<ピイッ!>
白銀たちが眉を吊り上げて父様に文句を言いだしたけど、なんでなんだろう?
ぼくは兄様に差し出されたマドレーヌを大きな口で「あーん」と齧り、口をもごもごさせて首をコテンと傾げた。