ユニコーンの処遇 1
ハーヴェイの森からお屋敷に戻ってきて騎士団の応接室でひと息つくまで、ずうっと大騒ぎだった……。
おかしいな?
確かに、今回のハーヴェイの森の調査では正体不明の魔獣の調査だからと、いつもと違う緊張感と、女性騎士が多い編成に少しばかり気を遣ったけれども、結果がこんな異常事態になるなんて想像もしていなかった。
どっと疲れを感じて応接室の一人掛けソファーに身を沈めると、平常心にしか見えないセバスが茶を注ぐ。
いや、お前の最後のやらかしが、俺の精神をゴリゴリと削っていったんだけどな?
ギロッと睨みつけても涼しい顔の幼馴染は、ヒューとレンにも紅茶を注いでいく。
ここまでずっと人化していた白銀と紫紺と真紅はそれぞれ獣体に戻って、レンの膝の上の取り合いを始めていた。
おいおい……。
向かい側に座った聖獣リヴァイアサンの瑠璃と聖獣ホーリーサーペントの桜花は羨ましそうに、そんなレンたちを見つめている。
この二人は人化したままだし、絶対にこの部屋で獣化はしないでほしい。
リヴァイアサンの本体は見ていないが、ホーリーサーペントの桜花はレンに紹介されたときに庭で本体を拝ませてもらった。
もの凄いデカい蛇だった……。
そして、今回の問題児である聖獣ユニコーンは、ソファーに座ることも許されずに床に膝を折って座っている。
桜花が教えてくれたが、正座という座り方らしい。
ここまで、セバスが「ついて来い」と命じて大人しくついてきたし、「座れ」と言われ素直に床に座った。
膝を抱える座り方や胡坐ではないのは、セバスが許さなかったからだ。
……セバス、すっかり主人として躾しているぞ? いいのか?
ちなみに最初の命令でギャンギャン喚いたユニコーンに「うるさい黙れ」と睨みつけたおかげで、今までユニコーンは一言も喋っていない。
「はああああああっ」
俺はブルーベル辺境伯騎士団団長としての威厳を放り投げて、深いため息を吐いた。
「大丈夫かの?」
きゃいきゃいとヒューとレンはアリスターも交えて楽しそうにお菓子を食べているので、俺を気にかけてくれるのは瑠璃だけだ。
俺は瑠璃に頭を左右に軽く振って答える。
こんな状況で大丈夫なただの人族がいたらお目にかかりたい。
チロリと横を見るとしょんぼりと座っている人化したユニコーンの薄汚れた姿が見えてしまう。
どうしよう、これ……。
しかも、セバスの奴、ヒューとレンはもちろん、瑠璃たちの前にもちゃんと茶菓子を置いてあるのに、ユニコーンの前には何もない。
さすがに聖獣だしなぁと俺がセバスに命じようかどうしようか逡巡している間に、優しいレンが小皿にクッキーを数枚載せてタタタとユニコーンに走り寄る。
「あい、おいちいよ」
サッと小皿を差し出し、ほんわか優しい笑顔を不審者に向ける。
ああーっ、癒されるぅぅぅぅっ。
だがしかし、ユニコーンの奴はレンの手から皿を受け取ることもなく、あろうことかバシンと横に振り払った。
「ああっ」
ガッシャーンと皿は割れ、クッキーがバラバラとあちこちに散らばってしまう。
当然、レンは泣きそうに顔を歪めている……おい、こいつ、シバくぞ?
俺が怒りに立ち上がる前にセバスの手がユニコーンの後頭部を鷲掴みにし、ゴンッと床に叩きつける。
「申し訳ございません、レン様。駄馬が失礼しました。気になさらずとも後でコイツには飼葉でもくれてやりますよ」
「へ? えっと、えっとぉ」
やめろ、レンがセバスの絶対零度の微笑みに困惑しているじゃないか。
気のせいか部屋の温度も二~三度下がった気がするぞ?
セバスに頭を押さえられているユニコーンはもがいているが、小さく獣の姿となった白銀と紫紺にゲシッゲシッ蹴られているし、真紅の小さな嘴にツンツンと突かれている。
お、俺が取り直してやらないとこの緊迫した状態が続くのか? ……セバス、とにかく怒気を押さえてくれ。
「レン。こっちにおいで」
ヒューの落ち着いた声が部屋の雰囲気を正常へと戻……あれ? あるえぇぇぇぇぇっ?
「ヒュー?」
レンを手招きするヒューの顔は笑顔だけれども、その目が、その目が笑っていないどころかセバスに勝るとも劣らない絶対零度の冷たさを孕んでいる!
「セバス。その駄馬がかわいそうだからお水ぐらいは出してあげなよ。……桶でね」
ひいっ、ひいいいいぃぃぃぃっ!
じ、人化した聖獣ユニコーンに桶で水を出せって……桶で水を飲ますのか?
し、知らなかった、かわいい我が息子が恐ろしい幼馴染にいつの間にか感化されていたなんて……。
「ヒュー様のアレは生来のものだと思いますがね」
うるさいぞ、セバス。
セバスがユニコーンに勝って従えてしまったからか、父様の顔色が悪いです。
なんとか騎士団の応接室まで辿り着きましたが、セバスがユニコーンに命令する度に父様が恨めしい顔でセバスを睨みます。
ユニコーンは「うるさい黙れ」とセバスに怒られたあと、一言も話さず、でもすごく不機嫌そうにしています。
「気にするな」
「そうよ、どうせすぐに神界へ送るんだから」
ぽふんと小さな姿になった白銀と紫紺が、ソファーに座ったぼくの膝の上に乗っかってきました。
もふもふ、もふもふと心の安寧を求めてもふもふします。
ぼくの隣に兄様が座るとアリスターはぼくたちの後ろに立ちました。
せっかくセバスが紅茶とお菓子を用意してくれたのに、ぼくはアリスターの口へクッキーをグイグイと押し付けました。
「たべて」
「いや、俺は今、護衛中だから……」
「いいから食べろ」
兄様にも促されたアリスターは眉を下げながらも、モグモグとクッキーを咀嚼した。
そして、ぼくは気づく。
ハッ! なぜか床に正座して座っているユニコーンの前にはお茶もお菓子もない!
優秀なセバスが用意を忘れたとは思わないけど、今日は色々あって大変だったから、もしかしたらうっかりしちゃったのかも……。
ぼくは小皿にクッキーを数枚載せて、タタタとユニコーンの元へ走った。
「あい、おいちいよ」
差し出したお皿をグッと顔を顰めて見たユニコーンは、バシンと手でなぎ払ってしまう。
「あぁーっ」
も、もったいない……クッキーおいしかったのに……と呑気に考えていたぼくの代わりに、ユニコーンに教育的指導を与える白銀と紫紺、真紅にアタフタする。
しかもセバスまでユニコーンの頭を床に叩きつけちゃうし、父様の顔は怒りで真っ赤になっているし、瑠璃と桜花もギュッと拳を握りしめているし、ど、どうしよう。
周りの雰囲気にぼくが焦って動揺しているときに、兄様の優しい声がぼくを呼んだ。
「レン。こっちにおいで」
わーい、兄様ならみんなを落ち着かせてくれるかも……って兄様の顔が、笑顔だけど、目が……目が怖いっ。
そして、ユニコーンの前には水が入った桶が置かれることになった。
いつも優しいみんながユニコーンには厳しいです。