大事な人 7
しばらくして、激しい打撃音が聞こえなくなりました。
兄様の手をそっと避けて、薄目を開けてみると……なんだろう? そこには、見ちゃいけない光景が広がっていました。
「……セバス?」
セバスはやっぱり柔らかい笑顔を浮かべたまま、背筋をピーンと伸ばして立っていました。
なんとなく、やってやった感に溢れた堂々としている姿に見えました。
そして、ユニコーンが土下座に近い形で伏せていてグスグス泣いているんだけど……セバスの長い足がね、その足がね、聖獣ユニコーンの頭をグリグリと地面に踏みつけています。
セバスの攻撃を受けていた白銀は少し離れた場所で、赤く腫れた手の平をヒラヒラさせて憮然とした表情でセバスを睨んでいました。
紫紺と桜花は顔を背けているし、真紅は瑠璃の後ろに隠れています。
「セバス、かった?」
兄様に尋ねてみると、兄様は困ったお顔でぼくの額に額をコツンとあてた。
「そうだね、勝っちゃったみたいだ」
「んゆ?」
それは、セバスがユニコーンに勝ったらダメなの?
「「あっ」」
紫紺と桜花の驚きの声が重なるのでそちらに視線を移したら、セバスの腕から黒いリボンがシュルルルと伸びてユニコーンの首へ巻き付こうとしていた。
「まずいぞ。あれは契約じゃ」
のほほんと傍観していた瑠璃が焦った様子で、土下座状態のユニコーンに駆け寄ろうとする。
セバスの腕から伸びた黒いリボンはユニコーンの首の近くで何かに阻まれて、その周りをウヨウヨと彷徨ったあと、黒から白へと色を変えて、シュルルルと今度はユニコーンの手首へと伸びていく。
「爺!」
「あっ、ああー、遅かったか……」
白銀も顔を少し青くしているし、瑠璃は肩から力がガックリと抜けてしまったようだし、紫紺と桜花は口をポカーンと開けている。
セバスの腕から伸びた白いリボンはユニコーンの右手首にシュルンと巻き付きしっかりと結ばれたあと、光となって消えてしまった。
「きれー」
「わあああっ! セバス、お前、何やってんだ!」
セバスの雄姿を楽し気に見ていた父様が急にアタフタと焦りだし、セバスに向かってダッシュしていく。
「ギル」
「ばかやろう! なんで聖獣様と契約なんてしちまうんだよっ」
バシンッとセバスの後頭部を平手で叩くと、父様はセバスの上着を掴んでガックンガックン激しく揺さぶる。
「けいやく?」
確かにセバスの腕から伸びたリボンは、ぼくが白銀たちとお友達になったときの金のリボンと似ていた。
んゆ? じゃあセバスとユニコーンはお友達になったの?
「いや、レンと白銀たちとの契約とは違うんじゃないかなぁ? うん、セバスとユニコーンは友達にはなってないと思うよ」
「ヒュー。友達になれるわけねぇだろう? 片方は土下座して頭を踏まれてんだぞ」
アリスターが呆れ顔で指摘するけど、兄様もそのことはわかっていたのか、ムッとした顔でアリスターの脇に肘を入れていた。
「いてっ」
うん、アリスターが痛みに悶絶しているけど、兄様とアリスターがいつも通りの仲良しさんに戻っていて、ぼくは嬉しいです!
ニコニコとしていたぼくの耳に真紅の小馬鹿にした笑い声が入るまでは、そんなに大事なことだと思ってなかったんだ。
「わあぁ、バカじゃねぇのアイツ。人族と従属契約しちまいやんの。本当に聖獣なのか? さすが最弱ヤロー」
んゆ? 従属契約ってなに?
セバスは神獣聖獣たちに囲まれても涼しい顔で立ち位置を変えなかった。
つまり、今も絶賛ユニコーンに仕置き中である。
「白銀。セバスはユニコーンとどういう関係になったんだ?」
父様の絶望顔にぼくも胸が痛む気持ちが湧いてきます。
「……いや、俺もこんなこと経験したことないしな。爺、これって契約成立してんのか?」
頭をガシガシと掻いたあと、白銀は瑠璃に助けを求める。
瑠璃はユニコーンの周りを丹念に観察し、一つ大きく息を吐いた。
「うむ。珍しいこと……いや、本来ならあってはならんことだが、ユニコーンとそこの人族との間に契約が結ばれている」
瑠璃の断言に、白銀たち神獣聖獣組みは天を仰ぎ、父様はガックリと膝をつき項垂れた。
変らないのはこの騒ぎの張本人のセバスと、未だにグスグスと泣いて土下座しているユニコーンだけだ。
ぼくと兄様、アリスターはちょっと離れて成り行きを見守っている。
兄様がニッコリ笑顔で「火の粉は浴びたくない」って嫌がったからです。
「普通、人族に服従することなんてないのよ? どれだけ実力に差があると思ってるの。なのに、あっさり負けて心まで折れてしまうなんて、情けない」
衝撃から落ち着いてきた紫紺は、今度はお怒りモードになったようです。
「ユニコーンちゃん、よっぽどこの人が怖かったのね。最初の黒い契約紐は隷属の契約だったもの。聖獣が人族の奴隷になるなんて神罰ものよ」
桜花も衝撃から立ち直ったけれど、へにょりと下がった困り眉はそのままだ。
「バカだな」
真紅は腕を組んで偉そうに一言で切り捨てた。
「なあ、ヒュー。隷属が奴隷契約なら従属ってどうなるんだ?」
「そうだね。主に魔獣を従えるときに使う契約だから、簡単にいうとユニコーンはセバスの従魔になったってことだね」
「へ?」
アリスターが目を見開いて口も開けて、ちょっと間抜けな顔になる。
「だから、聖獣が人族の従魔になってしまったんだよ」
「うそだろっ」
「じゅうま?」
ぼくがコテンと首を傾げると、兄様が視線を上に向けて思案顔になる。
「だからね、ユニコーンはセバスを主人と認めたってことなんだ。父様や僕が乗るお馬さんと同じだね」
「あー、わかった」
コクンと頷くぼくと、優しく微笑む兄様の間にアリスターのツッコミが入る。
「そんな、ほのぼのとした関係じゃねぇだろう!」
でも、もう契約しちゃったんでしょ?