大事な人 6
ブッチン。
何かが千切れる音がした。
パサリとユニコーンの首に巻かれていた茨の蔓の残骸が地面へと落ちる。
「おいっ、待て」
白銀が制止する声。
「嘘でしょ! アタシの魔法が無効化されるなんてっ」
紫紺の悲鳴のような戸惑いと、桜花の震え。
「うむ。儂に力を封じられても本能が勝つか……」
達観している瑠璃の落ち着きに、真紅がペシンと瑠璃の頭をジャンプして叩いた。
「バカなこと言ってんな。早く止めるぞ。あの女に手を出すのはヤバい」
真紅が珍しく真剣な顔つきでみんなを先導する。
「ああ……あの女はヤバい。……セバスの女だからな……」
白銀の喉がゴクリと動き神獣聖獣が、ハートを振りまきながら走るユニコーンを一斉に追い駆け始めた。
「お嬢さあぁぁぁん! 美しい僕の神聖なる守護を受けたまえええっ」
守護の押し売りである。
そして、ユニコーンにロックオンされてしまった今回の被害者は、こちらへと走ってくるセシリア先生とドロシーちゃんである。
「ちっ!」
セバスはらしくない舌打ちをすると、バッビュンと駆け出して行った。
当然、セシリア先生に不埒なことをしようとするユニコーンを成敗するためでしょう。
「にいたま」
「うん、今回ばかりはユニコーンに助かる道はないかもね」
ほぼユニコーンの救出を諦めモードのぼくと兄様そして父様まで動かないで、ただセバスの背中を見送っている。
「い、いいのか? セバスさん、かなり本気で怒っているみたいだけど?」
アリスターが恐る恐る兄様へ話かけるけど、兄様は爽やかな笑顔をアリスターへ向けて言い放った。
「あれ、どうにかできると思う? ハハハ、無理だよ。諦めよう」
「いや、お前。面倒になっただけだろう?」
アリスターが兄様の両肩を掴んでガックンガックン揺らすけど、兄様は「ハハハ」と爽やかに笑ったままだった。
セシリア先生はかわいい笑顔で愛するセバスへと走ってくる……けど、時々躓いて転びそうになっている。
ドロシーちゃんが後ろからフォローするために走って付いてきているけど、意外にもセシリア先生の足が速かった。
そこへ、見知らぬ不審者出現!
土で汚れまくった白かったシャツと白かったズボン、白だったが泥で茶色くなったブーツを履いた男の人。
初対面なのに、なぜか両腕を広げ突進してくるその男の人にドロシーちゃんは警戒して足を止めたけど、セシリア先生はまったく人化したユニコーンに気づかずにこちらへ走ってくる。
長い髪を靡かせて、エメラルドのサークレットがキラキラと輝いて、ユニコーンは愛の言葉を撒き散らして自分だけの乙女へと一直線に向かって行く。
……でも、相手が悪かった。
セシリア先生は、セバスの想い人であり、つい先日教会で愛の誓を交わしたばかりの愛妻である。
当然、セシリア先生へ危害を加えようとしたら、鬼のセバスが出てくるのだ。
ユニコーンの愛の疾走がキキーッと急ブレーキで止まり、神速でセシリア先生の前に立ちふさがったセバスと対峙する。
怖いのはセバスが柔らかい笑顔を浮かべていることだ。
「に、にいたま」
こ、怖いよう。
ガクブルと震えるぼくの体を抱っこすると、兄様は片手でぼくの目を塞いだ。
「見ないほうがいいかも」
視界が暗闇に閉ざされたけど、なんだか恐ろしい音が耳に飛び込んできます。
バキッとかドガッとか何かがぶつかる音と、バッタンとかドッシンとか何かが地面に叩きつけられる音が……何が起きているの?
「待て、待て待て、セバス! 一応、それは聖獣だから」
白銀の焦った声と、バシッとかビシッとか素手で何かを受け止める音が聞こえてきました。
「ひいいぃぃっ。何こいつ。怖いいいぃぃっ。ただの人族のくせに、なんで聖獣である僕をボコれるの?」
ユニコーンの情けない悲鳴が響くと、ポコンと軽い打撃音の後、怒気混じりの紫紺の声が聞こえた。
「何やってんのよ! なんで大人しくしていられないの? 逆らっていい相手と不味い相手ぐらい見極めなさいっ」
セバスって神獣聖獣から見て、相手にしたら不味い相手なのかな?
アリスターが小声で「セバスさんには逆らっちゃいけない」と自分に言い聞かせていた。
「バカかお前はっ。俺様の炎で丸焼きにすんぞ」
真紅がユニコーンに向かって激怒している。
「……瑠璃。私の見ているのは何かしら? 人族が神獣フェンリルの攻撃を躱しているわ」
「うむ。いくら手加減しているとはいえ、稀有な存在じゃな」
「バカバカーッ! そんな呑気なこと言ってないでよっ。こっちに来たよーっ」
桜花と瑠璃がセバスの素晴らしい実力に驚いている間に、セバスは再びユニコーンへと迫っているらしい。
ユニコーンの絶望に陥った絶叫に心が痛いが、ぼくは何も助けてあげられないので、せめて祈ってあげよう。
「レン? 両手を合わせて何をしているの?」
「にいたま。これ、なーむー」
「?」
ユニコーンの骨は白銀たちが拾ってくれるだろう……なーむー。