大事な人 5
瑠璃の小脇に抱えられようやく父様たちと合流すると……なんかもう……見なかったことにしたいなぁって明後日の方向を向いてしまった。
父様は何が起きたのかイマイチわかっていない母様をぎゅうぎゅうに抱きしめているし、父様の雷バリバリ剣の剣圧で転ばされた兄様は打ち付けたお尻を摩りながら父様にブリザード級の視線を送っていた。
白銀と紫紺でユニコーンをゲシゲシ蹴っていて、ユニコーンの真っ白な服は土で真っ黒に汚れてしまっている。
……あと、こんなに大騒ぎなのに母様の腕の中でリカちゃんがスヤスヤお休みしていて、あまりの大物感にぼくも感心してしまった。
「もう、ギルったら。しっかりしてください。一体何があったのかしら?」
母様としては父様の安否が心配で騎士団の敷地まで来たら、見覚えのないキラキラしい男の人に突進されそうになって、それを父様が本気の殺気で迎え撃とうとする物騒な展開を迎え、驚く間もなく紫紺の転移魔法でピョンピョンと移動させられた状況だもん。
わからないことだらけで、きょとんとするよね。
「……招かざる客がきた。俺は追い出したい」
「お客様? もしかしてあの白銀ちゃんと紫紺ちゃんが虐めている彼のこと?」
「見るなっ! 目が腐る! 幸せが逃げていく!」
父様は人化したユニコーンを見ようとしてた母様の体を再びぎゅうぎゅうと抱きしめて、さりげなくユニコーンと距離を取っていく。
「やれやれ、父上殿には嫌われてしまったようじゃな」
瑠璃のちょっと疲れた声が痛々しいね。
「しょうがないわよ、あの子ここまで見境ないとは思わなかったわ。病気が酷くなっているみたい」
「びょーき?」
「ええ。女の人を見ると守護したくなる病よ。前は子供はもちろん、人妻や赤子にまで手は出さなかったんだけど」
桜花が頬に華奢な手を当てて、「ほうっ」と息を吐く。
「あいつ、もう一回神界で眠らせようぜ」
桜花の背中にへばり付いている真紅が、侮蔑の目をユニコーンに向けたまま吐き捨てた。
「痛ーい! 痛いよーっ。僕が何をしたって言うのさ。可憐な乙女に聖獣の守護を与えようとしただけなのにいいいぃぃぃっ」
「それが迷惑なのよっ」
ユニコーンの魂の叫びに紫紺がゴツンと拳骨を頭へと振り下ろしていた。
とにかく、母様がこのまま一緒に行動すると危ないので一旦お屋敷まで帰ってもらう。
マーサには、危険人物がしばらく騎士団やお屋敷の周りを徘徊するかもしれないから、メイドたちに注意してもらうようお願いする。
父様は騎士の見回りを増やすことを考えているけど、ユニコーンって聖獣様なんでしょ?
本気で襲われたら抵抗できないんじゃないかな?
「流石にそこまでバカだとは思いたくないが、儂の魔法で力を少々封じておくかの」
白銀に背中に乗っかられて身動きのできないユニコーンへ近づくと、瑠璃はゴニョゴニョとぼくたちには聞こえない声の大きさで呪文を詠唱し、えいやっ! とユニコーンの額をペシンと叩いた。
「あっ、痛っ」
「ふむ、これでいいじゃろう。神界に連行するまで大人しくしておるのじゃぞ」
瑠璃が叩いたところにピンク色の痣ができているユニコーンの姿に、紫紺と桜花はやれやれと呆れ、真紅は爆笑していた。
「ひ、ひどいじゃないか! リヴァイアサン! この封を解いてくれたまえ! 僕の美々しい神気を封じるなんて、悪魔の所業だよ?」
ユニコーンが号泣して瑠璃に訴えるけど、瑠璃はフルフルと頭を左右に振ってみせた。
「ダメじゃ。レンに迷惑をかけるでない」
そしてぼくへと顔をぐりんと向けると、「これでいいかのう?」と確認してきた。
「んゆ?」
瑠璃はぼくのためにユニコーンの力を封印してくれたの?
父様たちが困っていたし、母様たちにセクハラ? するのを止めてくれたのは嬉しいけど……ユニコーンが恨みがましい目でぼくを睨んでいて、ちょっと怖い。
「そのガキのせいで、この僕が、聖獣として完璧な、神々しく美しい芸術品な僕が、力を奪われたっていうの!」
グワッと体を起こして猛全とぼくに抗議してきたから、サッと桜花の背中に隠れるぼくです。
ユニコーンの背中に乗って暴れる体を押さえつけていた白銀は、また動き始めたユニコーンの後頭部をガシッと掴んで地面に叩きつける。
ゴツン!
「動くなっ。それとレンに乱暴なこと言うなっ。レンに何かしたら力を封じるだけじゃ済まさないからなっ」
「そんな、フェンリルまで、あんな人の子に……」
「あら、白銀だけじゃないわ。アタシだって許さないわよ。フフフ、アタシを怒らしたらどうなるか知っているでしょ?」
「……レオノワール」
「私もよ。レンに何かしたら、とっても悲しいわ……」
「ひっ! ホーリーサーペントまで」
「俺様も腹が立つから、お前のこと火だるまにしてやるぞ!」
「フェニックス!」
「そういうことじゃ、大人しくしておれ」
「……リヴァイアサン……」
みんなに口々に諫められて、ガクッと力尽きたユニコーンでした。
「この後のことを話し合いたかったが、もう結果が出たみたいだなぁ」
父様がお屋敷へと帰っていった母様の背中を寂しそうに見つめていたけど、神獣聖獣たちのやりとりにボソッと呟いた。
「そういう訳にはいかないでしょう。辺境伯様への報告もありますから、ほら、移動しますよ」
いつのまにか戻ってきていたセバスが父様の背中をバシンと叩いたあと、みんなを父様の執務室へと追い立てる。
「セバス。おかしある?」
「ええ。レン様のお好きなお菓子を沢山用意してきましたよ。もちろん白銀様たちへお食事も用意してきました」
「おっ、さすが万能執事、セバスだな。おらっ、移動するぞ」
「ぐえっ」
白銀がセバスが用意してきた食事に釣られて素早く立ち上がる。
ユニコーンの首に紫紺が魔法で出した茨の蔓を巻き付けて、リードのように引っ張っていく。
「にいたま、いこ」
「……そうだね。いこうか」
ぼくは瑠璃から兄様へと抱っこを移動して、みんなの後ろからゆっくりと騎士団の建物の中へ入ろうと……あれれ?
走ってくるあの人は……。