出発前
ぼくが、「カラーズ」という日本の神様が別に作った異世界に転生して、約3ヶ月位経ちました。
こちらの世界の暦は、10日がひと区切りで30日が1ヶ月。それが3ヶ月でひと季節、1年は春夏秋冬それぞれ3ヶ月ずつで12ヶ月。
前の世界の3~5月が「春の1月」「春の2月」「春の3月」になって、お正月みたいな1年の始まりは「春の1月」の1日になるみたい。
ぼくは、お正月が過ぎた「春の1月」にこちらに来たらしい。
残念、こちらの世界の新年のお祭りを見たかった……。
そして、白銀と紫紺が教えてくれたけど、ぼくを転生させてくれた神様、シエル様は、ぼくに特別な能力は与えていないという話だったけど、それなりの力は贈ってくれたらしいって。
まだ子供だから自分の自由に力を使えないんだって、むむむ、ちょっと残念。
でも、贈ってくれた力は「チート」ではないらしい。
うん、ぼくが「チート」と思う人が目の前にいるよ?
兄様には「チート」が与えられているのに違いない。
なんでか?
だって……兄様はもうスタスタ歩けるし、全力疾走はまだ無理だけど、剣のお稽古は始まっているの。
まだ、リハビリ始めて1ヶ月半位なのに…。
「しゅごいねー」
ぼくは、騎士団の練習場の端っこに用意された椅子に座って、足をプラプラ揺らしている。
目の前には剣を握った兄様と、剣の型を教えている騎士さん。
父様は午前中は騎士団本部の執務室で書類仕事。
代わりに兄様に剣を教えてくれる騎士さんは、ぼくとハーヴェイの森で会った、騎士団の中でも実力者という三人が交代で担当してくれている。
アドルフさんは大柄で力技の大剣を得意とする騎士さん。
バーニーさんは手足の長い、多彩な技持ちの長剣使いの騎士さん。
クライヴさんはやや小柄でスピード命の双剣を使いこなす騎士さん。
もう1人いた騎士さんは魔法士さんなので、剣の稽古のときに会うことはないなー。
今日は、兄様はバーニーさんに剣の型を教えてもらって、何度も何度も素振りをする。
ちなみに白銀は他の騎士さんの練習にと、雷魔法を連発しながら追いかけっこしている。
あれ?練習になるのかな?
騎士さんたちが叫び声を上げて、必死に逃げてるけど?
紫紺は、ぼくの隣で優雅にお昼寝してます。
お昼の鐘が鳴って、兄様の稽古が終わる。
この世界は時間を教会の鐘が教えてくれる。
前の世界の朝6時頃に1回鳴って、そのあとは2時間毎に回数を増やしつつ鳴っていくの。
お昼は12時だから、鐘は4回鳴るよ。
夕方6時にまた鐘は1回鳴るのに戻る。
夜の12時に鳴ったら終わり。
「レン、お待たせ。戻ろうか?」
「あい」
ぼくはバンザイして、兄様が椅子から降ろしてくれるのを待つ。
ひょいと軽々とぼくの体を持ち上げると、優しく降ろしてくれた。
全然、体の重心がブレませんね?
ちなみに兄様は、下半身の筋力アップのため、ぼくが教えたアンクレット型の重りを付けている。
最初は片足1㎏ぐらいの重さだったのに、ぼくに内緒で片足2.5㎏ぐらいに増やしているのを知っている。
それで、剣の稽古をしてぼくの体を持ち上げる。
兄様、もう足の状態は大丈夫だね?もしかしたら12歳の平均を超えてると思うよ。
騎士団本部、施設と隣接してぼくたちの住むお屋敷は建てられてる。
兄様の足が治ったので、生活がいろいろと変わったこともあるよ。
まず、お部屋が1階から2階になりました。
もともとの兄様の部屋の隣をぼくの部屋にして、壁に扉を付けて行き来ができるようになってます。
……寝るときは相変わらず一緒に寝ているんだけど……。
朝、起きたら兄様からキスしてもらって、身支度。
ぼくはメイドさんにしてもらってるけど、兄様はもう自分で着替えたりしている。
朝ご飯は食堂でみんなで食べる。
ぼくは兄様に手伝ってもらいながら、はむはむ残さずに食べます。
食べ終わったら父様はお仕事へ。
みんなでお見送りして、兄様はリハビリと剣のお稽古。
ぼくはその見学。
母様は、手紙を確認したりお庭に植える花を決めたりと、おうちの中のお仕事。
お昼ご飯を食べたら、ぼくはお昼寝。
兄様はお勉強。
午後のお茶を楽しんだら、母様と兄様とでぼくのお勉強。
夕飯は父様と一緒に食べて、お風呂入って、白銀と紫紺をブラッシングして、おやすみなさい。
おだやかで楽しい毎日です!
「んゆ?」
今日は、お昼ご飯に珍しく父様も一緒だった。
ぼくは兄様が「あーん」と口に入れてくれた、クリーム味のショートパスタをもぐもぐ。
「ん?レンは分からなかったか?お祖父様のところでお祭りがあるから、家族みんなで遊びに行こうって話だよ。お祖父様のところならすぐに行けるしな」
にこやかに父様と母様は顔を見合わせてるけど……お祖父様のいる所って海辺の街でここから馬車で5日位かかるって話だよね?
異世界の遠近の感覚がぼくには分からないんだけど…それって近いの?
ぼくは首を傾げて眉を寄せる。
「あははは。ちがうよ、レン。父様の父様じゃなくて、母様の父様の所だよ。ブルーベル辺境伯領と隣接しているアースホープ子爵領のことだよ」
兄様が僕の傾げた頭をよいしょと真っすぐに直して教えてくれる。
「そうよ。私の実家。今、アースホープ領では春花祭の準備で大賑わいなの。お父様もお祭りに合わせて元気になったヒューと新しい孫のレンくんに会いたいってお手紙が届いてね」
お話を聞くと、ブルーベル辺境伯領は東西に細長い領地でほとんどを魔獣の多いハーヴェイの森と接している。
南東の方角に海辺の街があり、北西には標高の高い山脈。
自領を移動するより、隣接している領地に行くほうが近いらしく、アースホープ領は馬車で鐘二つ半・・・5時間位で行けるんだって。
「アースホープ領はお花の栽培が盛んでね、それぞれ季節毎に花祭があって、春花祭が一番にぎやかなのよ。3日間お祭りが続くんだけど、今回はお祭りの間、ずっと滞在していようと思うの」
「たのちちょー」
母様はウキウキと少女のようにアースホープ領のお話をしてくれるので、ぼくもすごくすごく楽しみになってきた!
旅行だよね?家族旅行なんて前のときも行ったことがないから初めてだっ!
「かあたま、しろがねもしこんも、いっちょ?」
「ええ」
「とうたま、ちるも?」
「ああ」
「せばしゅさんも、まーささんも?」
「「もちろんですとも」」
「ふわわわわ」
「ほら、レン。零しちゃうよ。そんなに興奮して。ふふふ、嬉しいんだね?僕も嬉しいよ」
兄様がご飯を零して汚れたお口を、ナフキンで拭いてくれた。
出発は7日後だけど、ぼくは今からすっごくドキドキワクワクしています!





