求めるもの 5
聖なる乙女伝説……というか、古の大戦のとき聖獣ユニコーンが聖なる泉を代々守る一族の女性を守護したことが、時を経て伝聞から物語へ、伝説へと昇華したみたい。
「どんなおはなしなの?」
パッカラパッカラとのんびり歩くお馬さんに乗って移動中のぼくは、後ろでしっかりとぼくの体をホールドしている兄様に尋ねた。
「んー、その女性は神に愛されていて、人々に癒しを与える役目があって……」
その乙女を欲しがる集団、盗賊や人攫いだけでなく、教会や貴族、小国の王様までもが、神の力を欲しがった。
しかし、乙女は聖なる泉を守る一族と共にいることを望んだ。
「……そして、争いが起きたんだ。その争いから乙女を守ったのが聖獣ユニコーンだよ。神様から乙女を守るように任じられて下界に降りて来たんだって」
「おおーっ!」
神様ってシエル様だよね?
シエル様が乙女を守るように、ユニコーンに頼んだのかな?
「あーっ、レン。ワクワクしているところ悪いが、聖なる泉も聖なる乙女もないからな」
「こいつが勝手に惚れ込んでつきまとっていただけだから。ただの変態だから」
ビシッと紫紺は茨の鞭でユニコーンのお尻を叩く。
ヒヒーンッと悲し気にユニコーンが嘶くと、周りの軍馬もビクッと慄く。
白銀と紫紺、ついでに真紅は、お馬さんに戻ったユニコーンに乗っている。
ずうっと前、ぼくが初めて白銀たちと出会って父様と一緒にハーヴェイの森を移動していたときに言っていた、神獣聖獣を乗せられる馬ってユニコーンのことだったんだね。
「じゃあ、聖なる乙女って治癒魔法が使える人ってことですか?」
「そうみたいよ。アタシは会ったことないけど、治癒魔法が使える少数民族の一族で、治療をして得たお金で生計を立てていたのよ。別に神の使いでもなんでもないわ」
兄様の問いに紫紺が答えてくれるけど、そうか……神様のお使いじゃないのかぁ……シエル様関係ないんだぁ。
「ヒンッ。そんなことはないっ! あの子は清らかなる乙女、聖なる乙女だ! 神の使いなんて俗っぽいものでも嘘っぽいものでもないっ!」
ユニコーンが興奮して前足を上げ宙で二、三回動かすと、体勢が不安定になった白銀と紫紺は鬣にひしっと捕まった。
「バカッ、危ねぇだろうがっ」
バシッと白銀がユニコーンの横腹をブーツで蹴ると、彼は大人しくなった。
隣りで見ててもハラハラドキドキしてしまった。
「俺様たちも神の使いと同類なんだけどなー」
白銀の背中にへばり付いていた真紅の言葉に、ぼくも深く頷いた。
そうだよね、神獣や聖獣って神様のお使いと言ってもいいよね? なのに本人が俗っぽいとか嘘っぽいとか言っちゃうんだ。
「まあ、あの方を知っていたら、そう思うのも仕方ないわよねぇ」
紫紺、認めちゃダメだよ?
シエル様は優しくていい人じゃないや、いい神様なんだから!
「……僕の知っている話では、その聖なる乙女に忠誠を捧げた聖獣ユニコーンって、誰でも構わずに女性に声をかける迷惑な人ではなかったんだけど」
チロリと兄様は冷たい視線をユニコーンへと向ける。
そう、このユニコーンは人化した麗しい姿で、我がブルーベル辺境伯騎士団の女性騎士たちに愛の言葉を振りまいていたのだ。
なので、女性騎士たちの安全のため彼女たちは一足早くハーヴェイの森を出て騎士団まで帰って行った。
ここにはぼくと兄様、白銀たちと父様とセバス、そして……。
ぼくは兄様の腕の中からそっと後ろを見る。
父様たちよりさらに後ろからトボトボとゆっくりとした歩みで、アリスターが乗ったお馬さんが付いてくる。
もうっ、兄様ったらまだアリスターに八つ当たりしているんだからっ。
ぷくっと頬を膨らませたぼくの肩の上で、水妖精のチルがシクシクと泣いていた。
『おれ、だいかつやくのはず、だったのにぃ。うーっ、チロのやつ、あのらんぼうものめ』
どうやら騎士団に頼まれたお仕事は不要になり、自分を差し置いてお仕事をもらった妬みでチロにボコボコに殴られ蹴られて、チルは心身ともにボロボロでした。
しょうがないなぁ、ほら、クッキーあげるからね。
ぼくたちがハーヴェイの森から賑やかに引き上げると、水の精霊王様は深ーく息を吐いて水の精霊界へと戻って行った……らしい。
正直、父様は聖獣ユニコーンをブルーベル辺境伯領地へ連れて行くのを渋っていた。
当然のことだが、神獣聖獣が一つの土地に揃うことはない。
過去、そんな状況だったのは古の大戦で戦っていたときぐらいだ。
今は、レンの周りに創造神様のお導きによって神獣フェンリル、聖獣レオノワール、神獣フェニックスが集い、聖獣リヴァイアサン、聖獣ホーリーサーペントがレンを見守っている。
今のブルーベル辺境伯領地の状況は異例中の異例だし、他国に広く知られればブリリアント王国を巻き込んで大騒動が起きるだろう。
そんな薄氷の上の状態で、聖獣ユニコーンまで加わると考えたら、父様の胃が心配だな。
正式な騎士でなく、共にいるはずの親友にまで差をつけられ、むくれていた僕だけど、そろそろ機嫌を直さないと。
アリスターとの間に蟠りを残したくないし、父様たちに呆れられたくないし、なによりもレンに情けない姿は見せられないもんね。
しかし、聖獣ユニコーンの処遇は僕にとっても頭が痛い問題だろう。
いや、ただの聖獣ならば話をして他の土地へと移動してもらえばいい。
でも、この聖獣ユニコーンってアルバート叔父様たちが話していた例の迷惑な聖獣だと思う。
確か、「聖なる乙女と偽った者たちに制裁を加えた」とかで、どこかの国で大暴れしたとか。
おかげでアルバート叔父様たちの神獣聖獣への嫌悪感情からレンがかわいそうな目に遭ったことは、今でも忘れられない。
当人に会ってみれば、神格化されている「聖なる乙女」のイメージが崩れて、ただ若い女性だったら誰でもいいんじゃないか? と疑問に思っている。
だって、女性騎士たち全員に声をかけていたよね?
彼女たちは騎士としての力量は一定のレベルを超えているけど、種族や外見はそれぞれだ。
なのに、「僕の愛しい乙女よ! 我が思いに応えておくれ」と右手を差し出すユニコーンの人化した姿に口がポカンと空いてしまったよ。
この迷惑な生き物を、果たして屋敷まで連れて行っていいのか? 父様じゃなくても渋るよね?
ただ、紫紺がユニコーンの天敵に身柄を預けるかもしくは神界に閉じ込めておくと言うから、とりあえず連れて帰ることにしたんだけど。
「なによ、ヒュー」
「いや。ユニコーンの天敵って誰かな? って思って」
紫紺はフフフと目を三日月型にして笑うと、小声で教えてくれた。
「瑠璃よ。元々こいつの教育係だし、こいつも瑠璃には苦手意識があるから効果覿面よ」
「ああ、瑠璃か」
聖獣リヴァイアサンである瑠璃は、レンのお友達で海を守護する聖獣のためブルーパドルの街から遠く離れた深海に棲んでいる。
唯一の常識人で、暴走しがちな神獣聖獣を抑えられる稀有な聖獣だ。
「あと、桜花のことも苦手みたいよ。あの子もこいつのことには口うるさいから」
「へええ」
桜花は、最近アイビー国でレンとお友達になった聖獣ホーリーサーペントのことだ。
引っ込み思案で大人しい彼女だが、聖獣ユニコーンに対しては姉のように面倒を見ているらしい。
特に、女性に対しての態度には厳しいらしい。
ぼくは愛馬に揺られ、愛しい温もりを腕の中に閉じ込めて、もし聖獣ユニコーンが問題を起こしたら早々に瑠璃や桜花に引き取ってもらおうと安易に考えていた。
そう、安易に。
だって、まさかあんな騒ぎになるなんて想像もつかなかったんだよ。