求めるもの 3
水面に幾つもの円紋が満ちて、中央からはブクブクと泡が立っては消えていく。
ゴクリ。
チロの言葉から水の精霊王様の登場を信じて疑わないぼくたちは、固唾を飲んで泉を見つめていた。
そこへ、早駆けの馬の足音が迫ってきて、泉の畔で急停止する。
ブルルッと軍馬たちの吐く息と共に、大きな声がぼくたちの耳に刺さってきた。
「ヒュー! レン! なんでここにいるっ」
あ、父様たちが来ちゃった。
ぼくと兄様が揃って「あ、ヤバい」って表情で、軍馬に乗った騎士服の父様に顔を向ける。
ヒラリと馬から飛び降りるとセバスを供にぼくたちへと大股で歩いてくる父様だけど、ちょうどタイミングよく? 泉からバッシャーンと水柱が立ち昇った。
「なんだ、これは。ヒュー、レン、そこで大人しくしていろ。セバス、行くぞ」
「はいっ」
ぼくたちを守るために慌てて駆け出す父様とセバス。
いや、白銀たちもいるからぼくたちは大丈夫だよ、父様。
むしろ、あっちの不貞腐れている白いお馬さんに気づいてほしい。
あと、泉の水柱から水の精霊王様がジャジャーン! って登場するからね。
驚かないでね。
……というぼくのお願いは届かなかった。
ぼくたちを異変から守ろうと手を伸ばした父様は、紫紺に首を茨の縄で縛られている白いお馬さん――聖獣ユニコーンの姿を見てカチンと固まってしまった。
セバスも目を大きく見開いて、ちょっと驚いているみたい。
でも、聖獣にばかり注意を向けているとね、こっちもそろそろ……。
水柱が天まで突くほどの高さになったかと思えば、たちまちにその水柱は崩れ落ちバシャバシャとぼくたちに水が降りかかる。
水面は激しく波打ち、溢れた水で足元が濡れる。
「うぇーん、びしゃびしゃ、なの」
大雨か! と思うほどの水量にぼくと兄様は水浸しだし、父様とセバスは突然のことにその場で微動だにできずにいる。
「お前たち、騒がしいぞ」
泉の中央には、水の精霊王様が眉を顰めて立って周りを睥睨していた。
……うるさくして、ごめんなさい。
水の精霊王様の出現でぼくをさりげなく背中に庇っていた兄様は、片膝をついて頭を下げた。
ぼくも慌ててペコリと頭を下げたあと、あわあわとその場に座る、正座だ。
ぼくと兄様の態度を見て父様やセバス、その後ろに控えていたブルーベル辺境伯騎士団の騎士たちも片膝をついて頭を下げる。
チラッと水の精霊王様を盗み見ると、忌々し気に白いお馬さんをギロリと睨み、ついっと父様たちへ冷めた視線を流した後、正面のぼくと兄様にひょいと片眉を上げてみせた。
「童たちも来ていたのか」
なんとなく優しさが含まれた声色に、ひょいと頭を上げてしまった。
あわわわ、失礼だったらどうしよう。
「よい。楽にしろ」
無表情のまま水の精霊王様が許してくれたから、ぼくは正座の足を崩してその場にぺったりと座った。
「お前に楽にしろとは言ってない」
水の精霊王様は、急に顔を厳しくしてサッと右手を横に斬るように動かすと、水の刃がシュバババッと白いお馬さんめがけて飛んでいく。
「危ないなぁ」
白いお馬さんはブルルッと首を振ると水の刃に風の刃をぶつけて相殺してしまう。
はわわわっ、すごい!
「ふんっ。おい神獣と聖獣よ。こいつがしばらくここに居座っており、こちらは迷惑している。どこかへ連れて行け」
水の精霊王様は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、紫紺に向かって命令口調で言い放つ。
「そうね。同族が悪かったわ。ほらっ、こっちに来なさい」
白いお馬さんは水の精霊王様の攻撃魔法を凌いでフフンと鼻高々だったが、紫紺に茨の縄をぎゅむっと引っ張られ涙目になった。
「く、ぐるぢい。いたーいっ。許してレオノワール」
水の精霊王様は、はあーっとため息を零すと、背筋をシャンとして父様たちへと向き直る。
うん、威厳って大事です。
「して、唯人がこの地に何用か?」
父様は問いかけに肩をビクンと跳ねさせたけど、キリッとした顔を精霊王様に向けて事情を説明した。
父様、かっこいい。
「……なんて迷惑な。聖獣ユニコーンよ。我が何度言えばわかるのだ。聖なる泉など存在しない、泉が存在しないのだから、聖なる乙女もこの世にはおらん」
あー頭が痛いというように軽く頭を左右に振って、精霊王様が呆れた顔で白いお馬さんを諭します。
でも白いお馬さんはツーンと顔を横に向けたまま。
あれは、「聞く耳なんてもたないもーん」作戦です。
むむむっ、白いお馬さんできる!
「ダメだよ。あっちを応援しちゃ」
兄さまに「めっ」て窘められました。
えへへへ。





