求めるもの 2
泉の傍に聳え立つ大樹の陰からひょっこりと兄様とぼくは顔を出して、のっしのっしと歩く白銀たちを見送ります。
「にいたま、わかる?」
「ううん。あちこちに妖精たちが飛んでいるのは見えるけど、他の気配はわからないなぁ」
ぼくと兄様は何もない空間をじっと目を凝らして見つめてみる。
本当に、泉の近くに聖獣が姿を隠し潜んでいるのだろうか?
白銀と紫紺はピタリと足を止めると、ある一点を凝視していた。
「ここだな」
「ここね」
「いや、あいつ、こっちの気配に気がつかねぇのかよ?」
スチャッと白銀が腰に佩いていた剣の柄に手をかけて、紫紺はピクッと右手の指を動かし茨でスルスルと鞭を作り出す。
真紅はぼくたちが魔法を禁止してしまったので、完全に傍観者の立場だ。
「「でてこーいっ!」」
白銀が何もない空間に斬りかかると、紫紺がピシンッと茨の鞭を叩きつけた。
「うわっ」
何もない場所なのに、白銀の剣圧でパックリと空間が割れ、その割れ目に紫紺の鞭がしなるように走っていく。
「イタッ!」
パカラッパカラッ。
空間が割れた場所から悲鳴が聞こえたと思ったら、白い足がにょっきりと出てきて何かがよろめき這い出てきた。
「……あれは……」
兄様は空間から出てきた何かに驚いて、瞬きも忘れてしまったようだ。
このハーヴェイの森の泉に潜んで異変を起こしていた聖獣は、白い白い、真っ白なお馬さんで、その額にはキレイな緑色の角が一本生えていました!
「何をするんだよっ! お前たち、僕が誰だかわかっているのかい?」
「……お前こそ、俺たちが誰だかわからないのか?」
白銀がコテンと首を傾げて、白いお馬さんの角をグワシッと掴んだ。
「バカだバカだと思っていたけど、人化したアタシたちが誰だかわからないなんて、呆れるわ」
紫紺がゲシッと白いお馬さんの柔らかそうなお腹を蹴りました。
「ほんとっ、バカだよなーっ。俺様の神々しい姿で誰だかわからないなんて」
いや、今の真紅の姿で神獣フェニックスだとわかるのは難しいと思うよ。
子供姿で神気もほんのちょっぴりしかないし、白いお馬さんがわからなくても仕方ないと思うの。
「にいたま」
ぼくは、ギュッと兄様のズボンを握った。
「大丈夫だよ。僕がついているからね」
ううん、知らないお馬さんが怖いんじゃないんだよ。
なんか、お馬さんが白銀たちにボコボコにされそうで、どうしようって心配になったんだ……。
とりあえず、白銀はお馬さんの緑色に輝く美しい角から手を放しペチンと頭を叩きました。
うっ。
紫紺は一度お腹を蹴っ飛ばしたのに、お馬さんの真っ白でサラサラな尻尾をギュイーンと力いっぱいに引っ張りました。
ううっ。
真紅はちょっと助走をつけて飛び上がり、えいやーっとお馬さんの顔を目がけて蹴りを繰り出しましたが、ひょいと避けられてずざざーっと地面を滑っていきました。
あっ、あーあ。
「ひ、ひどいよっ。痛いじゃないかっ。……ん? この手首のスナップに問答無用の力の入れ加減……も、もしかして」
お馬さんは真っ白な睫毛をフルフルと震わせて、腕を組んでいる白銀と紫紺を見ました。
なんか、二人がとっても偉そうで悪の親玉みたいです。
「やっと気づいたのね」
「お前、気配読むのが下手すぎるだろ」
「……神獣フェンリルに聖獣レオノワール!」
お馬さんはピョンとその場で小さく跳ねて、じりじりと二人から距離を取っていく。
あれれ? 久しぶりの対面なのにどうして?
「ユニコーン様と白銀たちは仲が良くないみたいだね」
兄様もそう思う?
後方に下がっていくお馬さんのお尻を、復活した真紅がポカンと蹴ります。
「ん? なんだ、ガキ」
「はああっ? なんで白銀たちのことがわかって俺様のことがわからないんだよっ」
「……? レオノワールの知り合いかい? この失礼なガキは」
「気づかないのね。その子はフェニックスよ」
「ハハハッ、冗談はよしてくれ。神獣フェニックスがなんでこんなちんまいガキになっているだい? しかも、神気もないじゃないか」
お馬さんはイヒヒと真紅をバカにした笑いを浮かべると、楽しそうに足をカツカツと鳴らした。
お馬さんがバカにした笑いをするときって、歯を剥き出しにして笑うからすぐわかるよね。
バカにされた真紅はその場で地団駄を踏んで悔しがったけど、神気は少ししか回復していないから、わからなくてもしょうがないと思う。
今は人化して子供の姿だしね。
「レン。向こうに行こうか」
「あい」
白銀たちをこのまま放っておくと、仲間内の楽しい会話で一日が終わってしまいそうだ。
兄様と一緒に混ぜてもらおう……じゃなかった、どうしてハーヴェイの森に聖獣さんがいたのか事情を聞かなきゃ。
べ、別に、聖獣さんと話してみたいなぁとか、お友達になれるかなぁ、なんて期待してませんから!
これは、ブルーベル辺境伯騎士のお仕事なのですっ!
しかし、間の悪いことにこの泉に向かって移動してくる沢山の馬の蹄の音がしてきました。
「あっ、父様たちが来てしまった」
「とうたま?」
調査隊が目的地であるハーヴェイの森の泉に到着するみたいです。
確か、父様とセバスとアドルフたちと……アリスターがいるはずです。
「どうする、ヒュー」
「ギルに見つかりたくないなら、このまま森の奥へと転移するけど?」
白銀と紫紺がしっかりとお馬さんを捕まえた状態で、兄様に次の行動を確認します。
黙ってここまで来てしまった兄様は、父様たちに会わないほうがいいと思う。
だって、ぼくまでこの泉に連れてきていたと知ったら、父様は怒ると思う。
そして、ぼくも怒られると思う……イヤだなぁ。
「にいたま、あっちいこ」
怒られたくないぼくは、森の奥へと指差す。
「そ、そうだね」
兄様もぼくの意見に同意してくれたので、お馬さんの事情聴取は森の奥でしましょう。
タタタッと小走りで紫紺の元へ行こうとすると、泉の中央がブクブクと泡立ち始めた。
『あ、おーさま、きちゃう』
え? おーさまって水の精霊王様のことですか?
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