求めるもの 1
父様たちブルーベル辺境伯騎士団のハーヴェイの森調査に参加できなかった兄様は、一人でハーヴェイの森に起きている異変を確かめようと森に入るつもりでした。
お屋敷をこっそりと抜け出して、ブループールの街で誰かに見つかったら、ぼくとお買い物していたと誤魔化す作戦まで立てて、ぼくや白銀たちまで巻き込みました。
いつもの冷静で聞き分けのいい兄様とは別人のような今回の行動は、騎士団の調査隊にアリスターが参加していることに起因しているそうです。
このときのぼくにはわからなかったけど、後で紫紺が教えてくれました。
うんうん、わかる気がするよ。
いつも一緒にいたお友達が先に一歩進んでしまったようで、誇らしいような寂しいような……兄様はそんな複雑な気持ちだったのでしょう。
うんうん、ぼくには兄様の気持ちがちゃーんとわかっていますが、それってぼくたちを利用したことの言い訳にはならないですよね!
プンプン! ぼく、怒ってますからね!
ただ、このときは、泉に隠れている魔物……ではなく神獣か聖獣に会えるかもと、ドキドキしていました。
「うぅーん」
白銀が背中にコアラのように引っ付いている真紅を背負って苦悶している。
「どうちたの?」
ぼくは兄様に抱っこされたまま楽チンで移動中です。
「いや、レンの言う通り、邪神の神気が感じられないから奴は大丈夫だと思うんだが。そうなると……」
むむむっと白銀の眉間のシワがぐっと深くなり、凶悪な人相になっていきます。
「今は考えないっ。まだそうだと決まったわけじゃないわ。人が瘴気を操る魔道具を持っているぐらいなのよ。もしかしたら邪神と似ている気を作り出したのかもしれないわ」
バシンと白銀の肩を叩き、紫紺は明るい声を出して彼と自分を励ましているようだった。
「そーだぜぇ。とにかく、こっちを先に片付けよう。なんて言っても神獣聖獣最弱だから、あっという間に制圧できるだろう。こっちには神獣二人に聖獣一人の過剰戦力なんだからよっ。シシシ」
白銀の背中にへばり付いている真紅はあっけらかんと言い放つと、腹黒い笑いを零す。
「最弱? 神獣様たちに順位なんてあるのかい?」
兄様が神獣聖獣たちの強さの順位に興味を持ったようだ。
……なんか、前に聞いたことがある。
神獣聖獣は神獣四人が先に創られて、その後に聖獣四人が創られたって。
まずシエル様が力を入れすぎてとんでも能力を持ってしまったのが、神獣エンシェントドラゴンで、次に白銀、神獣フェンリル。
その次に神獣フェニックスは真紅だね。
エンシェントドラゴンと白銀たちとの間には、かなり強さのランクに違いがあって、白銀と真紅は僅かな差しかない、けど今は真紅に神気があまりないから白銀が断トツで強い。
もう一人の神獣とは、ぼくはまだ会えてません。
聖獣で最初に創られたのは紫紺、聖獣レオノワールで次が聖獣ホーリーサーペントの桜花。
神獣聖獣の最後に創られたのは聖獣リヴァイアサンの瑠璃だ。
神獣はとにかく力に特化していて操作力がイマイチだったので、シエル様は単純な力は押さえて操作力に長けた聖獣四人を創りだした。
だから紫紺や桜花は魔法が得意だし、瑠璃は神獣エンシェントドラゴンの暴走を唯一止められる聖獣なんだって。
瑠璃、かっこいいー!
「んゆ? じゃあいずみにいるの、せいじゅーしゃん?」
神獣聖獣の中で最弱ということは、三番目に創られた聖獣なのでは?
「ええ。そうよ。あの子は力の操作力に長けているアタシたちの中でも異端なのよ。操作できるのにしないの。それと……問題行動が多いのよねぇ」
はぁ、困ったわと紫紺は頬に片手を添えて、深く息を吐き出した。
「ああ……変わった奴だったよなぁ。俺はあいつの主張だけは、よくわからん」
白銀もちょっと遠い目をする。
「面倒だったら瑠璃を呼べ。あいつの手綱は瑠璃しか無理だ。桜花でもいいぞ」
真紅は端から自分でどうにかするつもりはないようだ。
「レン。ここからは僕の後ろにいるんだ。いいね」
ストンとその場にぼくの体をゆっくりと下ろして、兄様は前を厳しく睨みつけている。
ぼくの耳にも湖のざわめきが聞こえてきた。
ゴクリ。
ここに、ハーヴェイの森を騒がす何かがいる。
白銀と紫紺を前に少し速度を落として泉へと近づくぼくらのところに、小さな弾丸が飛び込んできた。
『ヒュー! いずみのまわりにはなにもいなかったわー』
「チロ」
ぼくの友達チルとは違い、ビッターンと兄様の顔面にぶつかることなくちょこんと鼻先に着地したチロは、そのままスリスリと頬ずりを始める。
「何も、誰もいなかったのかい?」
『ええ。まだギルもいないわ。……そういえば、せいれいたちもいなかったわね。ようせいばかりよ』
兄様に問いかけられてチロはコテンと首を傾げながら、泉の周りの状況を教えてくれる。
泉の周りには怪しい人も魔物もいない……ついでに調査隊を率いている父様たちはまだ到着していない。
あと、妖精ばかりで精霊がいない?
「元々、水の精霊王の出入り口じゃないから精霊たちが群がっている所じゃないんでしょうけど、あいつがいるから精霊がいないかもしれないわ」
「あー、神獣聖獣は精霊たちからは嫌われているからな」
「確かにな。厄介なことに巻き込まれない内に逃げたのかもな」
ぼくと兄様はお互いの顔を見合わせて、納得したかのように頷いた。
うん、昔の因縁がある聖獣が泉にいたら、精霊さんたちは寄り付かない場所になるかも。
妖精たちは白銀たちが暴れていた時代の後に生まれた子が多いから、そこまで神獣聖獣に忌避感はないけど、その代わり扱いが雑だ。
「いるな」
「いるわね」
「あいつ、隠れるのは上手いからなーっ」
白銀たちはコクンと頷き合って、クルッとこちらに体を向けた。
どうしたの? なんだか三人ともキリリと顔を引き締めているけど?
「ヒュー。俺たちは今から奴を捕まえてくる」
「あいつがいたから、周りに強い魔物はいないと思うけど、その間レンのことをよろしくね」
「久々に暴れるぞー!」
んゆ? 最後の真紅の発言は少々、物騒なんだけど?
ぼくは兄様のズボンをクイクイと引っ張り、真紅を指差して顔を顰めてみせた。
「ああ……そうだね。紫紺、レンのことはちゃんと僕が守るよ。その、真紅は魔法を使うのは止めて欲しいな。ここは森だから、火の魔法はね」
「ええーっ!でも、俺様、まだファイヤーボールしか使えない……」
魔法禁止令にしょぼんと落ち込む真紅だけど、ここは森の中だから火魔法は延焼の危険があるので!
ぼくは両腕を体の前で交差させて、大きなバツを作ってフルフルと頭を振った。
「ちぇっ」
危ない、危ない。
「……火精霊がいたら火魔法を使っても心配はないんだけどね」
兄様がちょっと寂しそうに呟いた。
きっと、アリスターとその契約精霊であるディディのことを思い出したのかな?