神様の日記帳 1
私は狐の神使。
ちょっと頼りない神様に仕えております。
その神様の憩いの場所、異世界の神界へと次元の扉を潜ります。
まったく、神様が異世界の箱庭に夢中で、日本での仕事が溜まって溜まって、神使は社畜のように働いてます。
今日こそ、縛ってでも連れ帰らなきゃ!
そんな神様、「カラーズ」ではシエル様と名乗ってますが、なんか水鏡の前でがっくりと落ち込んでますね?
どうしたんでしょう…。
「神様。シエル様。いかがしましたか?」
ゆっくりと顔を上げられます。
こちら仕様のシエル様は金髪碧眼で、ギリシャ神話のようなズルズルとしたお召し物を、好んで着ておられます。
いいですけどね、本当は黒髪黒目ののっぺりしたお顔ですけど。
「ううぅぅぅっ。レ、レンくん…ちっとも教会に来てくれないんだああぁぁぁぁぁっ」
神様、心からの叫びでした。
うるさいですね。
私は自慢のふさふさ狐耳を手で押さえます。
「レンくんが覚えてないのはしょうがないよ。でも、でもさぁ、フェンリルとレオノワールは覚えてて、レンくんを連れてきてくれてもいいじゃない!なのに、なのに……」
わんわーんと大きな声で泣き出しましたよ、神様。
貴方、一体おいくつですか?
神代の時代から……ちっっっっっとも成長されてませんね?
「異世界に転生されて、まだ落ち着かれないのでしょう。そのうち、思い出して訪ねてくれますよ」
「うう~。せっかく、僕が目星をつけてた家族と会えて無事に保護されたのにぃ。すぐに教会に来てくれたらあの子が呪われてるのも教えてあげたし、辺境伯の厄介な分家たちの計画も教えてあげたのにぃぃぃ」
どこからか出した白いハンカチの端っこを噛んで、キイーッとヒステリーを起こしている。
やれやれ。
「とりあえず、呪いも解除できましたし、没交渉だった精霊とも接点ができたわけで、終わりよければ全て良しでいいではないですか」
「それだよ、それ!」
神様は獣体の私の両前足を掴んでガックンガックン揺さぶる。
ちょっ、止めてください。
「水の精霊王なんて、僕がレンくんのこと頼みに行ったら、生き物は管轄外だとか、どっかの役所の人みたいな対応だったのに、結局は力貸してるし、水の妖精は契約してるし……。僕、神様だよ?みんな、僕のこと軽く扱いすぎだよ!」
それは、神様の普段の行いが悪いのです。
威厳って言葉を知ってますか?
そう問い質したいが、私は神様とは長い付き合いなのでお口にチャックです。
「僕なんて、レンくんがちゃんと新しい世界で幸せに過ごせるように、あの子の夢に干渉して弟のいる楽しい生活を刷り込ませて、あの子の両親にも、使用人にも施して。そういう地道な努力を誰も褒めてくれないっ」
「何やってるんですか!ダメでしょ、人の世に干渉しては!」
「夢だもん。セーフだよっ!いいじゃん、ここは僕が唯一神なんだからっ。しかも、あの執事……めちゃくちゃ手強かったんだぞ。下手したらこっちが精神干渉受けるところだった……」
貴方、神様でしょ?
ご自分が作った人に攻撃されてどうするんですか?
「はあーっ。とにかく、あちらでの仕事が溜まってます。今日はあちらに戻ってもらいますよ!」
「えー、やだよ。やっとレンくんに家族ができたんだよ?今日はお祝いのパーティーがあるんだって……。楽しみだなぁ」
いや、貴方が参加する訳じゃないでしょう。
「ダメです!仕事が滞ってたら、出雲に行ったときに怒られますよ!」
「やーだー!」
ブチッ。
私は後ろに二、三歩下がって助走をつけ、てやーっとジャンプ!見事に後ろ足で神様の右頬をゲシッ!
ぷにゅと肉球が当たりました。
「ふわわわわわっ」
さて、腑抜けになったところで、神様の後ろ襟を掴んで、引きずり移動します。
まったく世話が焼ける。
「やだよー、レンくんの様子を見守りたいよー」
ぐすぐす、泣かないでくださいっ!
「無理です。どうせ出雲に行ってるときはこちらの世界のことは禁止ですよ?」
そうです。
日本の神様が集まるというある時期、出雲にいる間は異世界の箱庭に関してはノータッチが暗黙の了解なのです。
「うーん……、その間のことは今から対処しておかないとな…。うーん」
「そんなに覗き見たいなら、カメラでも仕込んだらどうですか?」
私の投げやりな提案に、神様はむむむと考えます。
「防犯カメラ……はダメ。ドローンで撮影…もダメだよね。うーん……あっ!」
急にすっくと立ち上がり、私の体を持ち上げてスタタタと次元の扉へと歩き出す神様。
「いいこと考えた!早く戻ろう。戻って奴のところに行かなきゃ!」
「神様?ど、どうされるのです?」
「ふふふ。神使を借りてくるのさっ」
神様…、もう少し優しく持ってください。
そこは……胃の腑が……、うげぇ。