兄様の反抗期 3
プイっと少し赤らんだ頬を隠すようにソッポを向く兄様と、ぼくの知らない兄様の様子にあんぐりと口を開けっ放しで立ち尽くすぼく。
「あーはいはい。いいから、いいから。だったらさっさと泉に行って問題の魔物を取っ捕まえましょう」
パンパンッと手を叩いて自分に意識を向けさせる紫紺の顔には、ありありと呆れの表情が浮かんでいた。
「いいのか? ギルの邪魔になるんじゃ……」
白銀が困った声音で紫紺にお伺いを立てるけど、紫紺は面倒臭そうに鼻を鳴らしてズイッと白銀に顔を寄せた。
「どっちにしても問題になっている魔物を片付けたらいいんでしょ? ここまで来たら引き返せないわよ」
そして白銀の耳に口を寄せてボソボソと何事かを囁いた。
んゆ? ぼくには聞こえなかったよ?
「今、屋敷に戻ったら、勝手に屋敷を出て行ったことで怒ったアンジェと対峙しなきゃならないわよ」
「ひぃっ。そ、そうだな。ここまで来たら、とりあえず泉まで行ってみようか」
「……しろがね?」
白銀の顔色が急に悪くなって額からドバっと大量の汗が流れてきたけど、大丈夫?
「そうだぜ。ここまで来たら泉までぴゅーっと行って、魔物退治して帰ろうぜ」
真紅が呑気に言って、両手を頭の後ろで組んでトコトコと森へと入っていく。
「あー、まって」
ぼくも慌てて真紅の後を追い駆ける。
ダメだよ、森の中は危険なんだから真紅が一人で行ったら危ないのー。
「おいおい、レンも待て」
「子供二人で森に入ったらダメよーっ」
白銀と紫紺もドタドタとぼくたちの後を追い駆けてきた。
「へ? あ、ちょっと待って」
兄様だけが状況の変化についてこれず、ボーっとぼくたちを見送った後で気がついて猛ダッシュで追い駆けてきました。
ぼくと兄様が悪い人たちに攫われて連れて来られた小屋はキレイに取り壊されていて、何もない広場になっていました。
「森の中に広場があるって変だね」
兄様もキョロキョロと辺りを見回して苦笑しているけど、ぼくも変な感じです。
ここで、兄様は悪い人に斬られて重傷を負いました。
だからなのか、ここに来たときぼくの胸にヒュッと冷たい何かが刺さった気がしたけど、あのときと違って立って歩いている兄様を見ていたら、ホーッと安心したの。
「にいたま」
トテトテと兄様に近づいて、はしっと足に抱き着きました。
「どうしたの、レン。怖くなっちゃったかな?」
兄様がぼくの体を優しく抱き上げて、視線を合わせてくれました。
「ううん」
フルフルと頭を振ったあと、兄様の首にぎゅっと抱き着く。
温かい兄様の体に、キレイな兄様の碧眼に映る自分の顔に、怖かった記憶がサラサラと消えていくようでした。
トントンと優しく兄様が背中を叩いてくれるのも、ポイント高いのです。
「……ねぇ」
「ああ? なんだよ」
「まさか、気づかないの?」
白銀と紫紺がぼくたちと少し離れた所でコソコソと内緒話をしているのが見えました。
「しろがね? しこん?」
ぼくが呼ぶ声にハッとした顔で振り向く紫紺と不思議そうな顔をした白銀。
そこへ、あちこちフラフラ探検していた真紅がピクッと何かに反応して、クンクンと犬のように鼻をヒクつかせました。
「しんく?」
何やってんの? と問いかける前に真紅は目をクワッと見開いて大きな声で叫びました。
「ああーっ、この気配! アイツじゃねぇーかっ!」
「バカッ、真紅!」
「えっ? なんだよ、なんだよ。誰だよ? ……あっ!」
神獣聖獣たちが何かに気がついたようですよ、兄様。
兄様が優しい王子様フェイスにニコリと悪役チックの笑みを浮かべて、低っーい声で呼びかけました。
「真紅? 白銀? そして、紫紺? アイツって誰かな?」
「「「あっ!」」」
どうやら、白銀たちの知っている気配がここにはあるらしいです。
「まさか、また神獣聖獣がらみなのかな?」
ぼくを優しく抱っこしたまま、兄様は白銀たちに話しかけるけど、こめかみがピクピクしてます。
「あー、そのだな、ヒュー」
人化した白銀が困ったようにガシガシと頭を掻きながらしどろもどろに何かを誤魔化そうとする。
紫紺は白銀の背に隠れて知らんぷりしようとしている。
「あ、やべぇぞ。アイツなら邪神化してんじゃ……おいおい、どうするよっ!」
「え? 邪神化した神獣か聖獣なの?」
兄様が片手でぼくを抱っこしたまま、利き手で剣の柄に手をかける。
『ヒュー。いずみ、みてくるわ』
兄様の肩からチロがビューンと泉の方へ飛び立っていった。
泉にいるのは邪神化した神獣か聖獣?
そうかなぁ?
「ちがう、とおもう」
だって、瘴気がある所は黒い靄がモクモクしているけど、この森には瘴気の靄は見えない。
邪神なのに瘴気を身に纏っていないってことあるのかなぁ?