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泉の異変 4

怒っている? この僕が?

そ、そんなことないよ?

でも、不愉快な気持ちがお腹の中でグルグルしていることは確かだ。








バンッ!


ブルーベル辺境伯騎士団、団長執務室の重厚な机を両手で勢いよく叩いた。

ふーっ、ふーっ、と息が荒くなるのは、押さえられない激情のせいだ。

いつもは感情が顔にすぐ出る団長、父様は表情を変えず冷たい視線を僕に向けるだけだった。


「どうして、僕は参加できないんですか?」


声を荒げても、目の前に座る父様もその後ろに立って控えているセバスも眉ひとつ動かさない。

ブルーベル辺境伯騎士団の団長執務室を訪れるのは今日が初めてではない。

父上に昼食やお茶に誘われる度に訪れて、接客用に置いてあるソファーに座り、穏やかな時間を過ごした。

なのに、今日は執務机に座る父様に対しての怒りを表情に隠すこともせずに睨みつけ、僕は机の向こう側に立っている。


「言いたいことはそれだけか?」


父様は机の上に肘をつき両手を組むと顎を乗せ、呆れたように言い放った。


「アリスターは参加するじゃないですか」


「アリスターの参加は特例だ。それも説明しただろう。しかもアリスターは正式な騎士だ」


ぐっ。

正式な騎士……、獣人のアリスターは僕より早く成人となった。

年齢は一つしか違わないのに、種族の違いで一足早く成人し、入団試験に合格して正式なブルーベル辺境伯の騎士となった。

それは、親友で相棒である僕にとっても誇らしいことではあるけど、こんなふうに差が出るとは思ってなかった。


「アリスターは僕の護衛では?」


いずれ、ブルーベル伯爵である父の跡を継ぐ僕に用意された人材がアリスターだったはずだ。


「……ふーっ。それとこれは違う。だいたい今回アリスターを調査隊に入れたのは、火の中級精霊ディディの協力が欲しかったからだ」


父様が僕に対して呆れの混じった吐息を飛ばし、何度目かの説明を繰り返す。


「だったら、僕のチロでも役に立てるはずです。あの場所は水の妖精の領域でしょう?」


父様は僕の肩にちょこんと座っている水の妖精チロを一瞥すると、フルフルと弱く頭を振った。


「水の妖精の協力なら、チルに頼んだから間に合っている」


知らない情報に、僕が驚いて声を上げる前にビュンとチロが父様の顔面を目がけて飛んでいくのが早かった。

ひょっと父様が頭を横に避け、飛んで行ったチロの体をバシッと後ろに立っていたセバスが右手で鷲掴む。


『はなしなさいよー。チルよりやくにたつのにー。しつれいだわー』


捕まった途端、大声で喚き始めたチロの声に両手を耳に塞ぐよう当てる父様。

セバスは少し眉を顰めたあと、丁寧な手つきで僕の肩へとチロの体を戻した。

僕は手でチロを少し撫でて慰めてあげながら、父様に厳しい目を向け続ける。


「はあーっ。しょうがないなぁ。いいか、アリスターを連れて行くのはディディが必要だからだ。あの場所にいる妖精や精霊から話が聞きたい。チルはこう、会話が成り立たないこともあるからな。ディディを連れて行くのは通訳的な意味だ。契約しているアリスターと離すわけにはいかないから、アリスターも連れて行く。それだけだ」


いいか? と父様に真摯な眼差しで問いかけられ、渋々頷いてみせた。


「あとは、今回の調査隊のメンバーのほとんどは女性騎士だ。アドルフたちは連れて行くが」


「セバスも行きますよね?」


「ああ。いつもの魔物とは違うかもしれない。そんなイレギュラーの対応はセバスが居てくれたら心強いからな。しかし、ほとんどが女性騎士なのは嘘じゃない」


女性騎士が中心の調査隊なんて、今まであっただろうか?

女性騎士だからといって、ブルーベル辺境伯騎士団の騎士が弱いわけじゃない。

フフフ、と今度は少し優しさを含んで父様が僕に笑いかけた。


「今度の魔物? まだわからないが、被害が男に多い。男女混合の冒険者パーティーでも被害に遭ったのは男だけらしい。明らかに女性に対して危害は加えられていないと報告があった」


だから女性騎士中心に調査隊を組んだんだと父様は、小さな子供に言い聞かせるような優しい声で告げた。

ちょっと、面白くない。

子供扱いされたことに内心不愉快に思いながら、ダメ押しでもう一度頼んでみた。


「では、僕の調査隊への参加は?」


「許可できない。大人しく家にいろ」


満面な笑顔で力づくで執務室から追い出された。













「にいたま?」


「ううん。なんでもないよ。母様には許可をもらってくるから、明日街に行こうね」


「う、うん」


兄様の笑顔がいつもより輝かしくて、なんだかちょっと黒い気がします。


「ああ。白銀と紫紺、真紅も一緒に行こうね」


「ああ、もちろん」


「一緒に行くわよ」


「ピイ」

<……おう>


兄様は胡散臭い笑顔のまま頷くと母様のところへと向かって行った。

なんだろう? 兄様と一緒に街にお買い物なんて楽しくてウキウキすることなのに、一抹の不安が拭えないのは。


「なんか、ヒューの奴おかしくなかったか?」


「そうね。不穏なことを考えてそう」


「ピーイ」

<普段いい子は爆発するとこえーっ>


白銀たちも今日の兄様はちょっとおかしいと思っているみたい。

はて? 何かあったかな?

うーんうーんと考えて、ハッと思い出した!


「あした、とうたま、しごと」


確かハーヴェイの森へ行くって言ってたよ。

騎士団は魔物がいっぱいいるハーヴェイの森に定期的に入って魔物討伐しているんだけど、明日からの森への調査は珍しい魔物を探しに行くって言ってた。


「……んゆ?」


でも、兄様はハーヴェイの森の討伐に参加したことないよね?

じゃあ、兄様がいつもと違うのは、もっと違う何かなのかな?


「わかんない」


ぼくは頭からしゅんしゅんと湯気が出そうなくらい考えたけど、兄様の不機嫌な理由はわからなかった。


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◆◇◆コミカライズ連載中!◆◇◆ b7ejano05nv23pnc3dem4uc3nz1_k0u_10o_og_9iq4.jpg
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