泉の異変 3
ぼくの手には一本の紐があります。
何本かの糸を編んでできているカラフルなこの紐が、ウィル様が教えてくれたお守りらしい。
ところどころに小さな飾り玉があって、光を当てるとキラキラ光るのがかわいい。
「お守り……というか願いごとを祈りながら編むんだよ。でも、手作りで大切な人にプレゼントするのもいいよね」
ウィル様はお城に勤めるメイドさんが作った紐とお店に売っている紐を、何本か見本で持ってきてくれた。
ぼくはその紐を丹念に観察して、一つの疑問が湧いた。
「ぼくでも、つくれる?」
紐なんて編んだこともないし、お裁縫も手芸も前世を入れても経験がないです。
「僕でも教えてもらったら、すぐに編めたよ。大丈夫だよ。ほら、やってみよう」
ウィル様はテーブルの上にまだ編まれていない糸を沢山並べた。
「いろんな、いろ」
「そうだね。ヒューにはどれが似合うかな?」
「? なんで、にいたま?」
「え?」
ウィル様の顔がビックリして大変なことになってます。
そんなに見開いたら大きな目が落ちちゃうよ?
「え? ヒューにあげるんじゃないの? レンの手作りのお、お守り?」
ぼくはフルフルと頭を振って、アリスターの騎士団入団のお祝いのサプライズプレゼントだと説明した。
そういえばウィル様には、お守りを作ってあげたいから教えてほしいとしか伝えてなかったかもしれない。
「そ、そうなんだ……。あ、あのさ、レン。ヒューの分も一緒に作ろう!」
「にいたまはちがうよ?」
兄様が正式に騎士団に入団できるのは、ちゃんと成人になって騎士団の試験に合格してからだよ。
「ぼ、僕も兄上たちにあげるから、一緒に作ろう。ね、ね、お願いだからっ」
なんか、ウィル様が泣きそうな顔で必死にぼくの両手を握って頼み込んでくる。
お付きのダイアナさんに止めてほしいなぁと、チラッと視線を彼女に送ると顔を背けて忍び笑ってました。
グルッと白銀たちへと顔を向けると、ウィル様に同意するかのように何度も頷いている。
「じゃ、じゃあ、つくる」
渋々、ぼくが返事をするとウィル様は「よかった。本当に良かった」と胸に手を当ててほっとしている。
なんで、兄様の分もお守りを作ることにしたらウィル様が喜ぶんだろうね?
ま、いいか。
「アリスターのいろは、あかと……」
さあ、贈る人のイメージに合わせて、紐と飾り玉を選ぼう。
「うーん。レンちゃんだけで街にお買い物は、ダメかなぁ」
母様がリカちゃんを抱っこしてあやしながら、ぼくのお願いを断ってきました。
があぁぁぁん!
「だめ?」
「うーん、かわいいから許してあげたいけど、ダメ」
母様のニッコリ笑顔での「ダメ」は絶対の「ダメ」です。
しゅんと落ち込んだぼくは、背中にリカちゃんの「きゃっ、きゃっ」と楽しげな声に送られて、トボトボと自分の部屋に戻ります。
「レン。街なら俺たちが連れて行ってやるぞ」
「それとも、アタシたちで買ってきてあげましょうか?」
白銀と紫紺が小さい姿でチョコチョコとぼくの足の周りを歩いて着いてくる。
「でも、じぶんでえらびたい」
昼間のウィル様とのお茶会でお守りにする紐、前世の「ミサンガ」みたいな編み紐は、単純な編み方なら作れるようになったけど、二人をイメージする色の紐がなかった。
飾り玉もなんとなく違う気がする。
だから、直接、街にあるお店に行って自分で選んで買いたいと思ったけど、ぼくはまだ子供だから一人で街に買い物には行けないのだ。
そして、今は父様たちは何か難しい問題が起きたらしく忙しくて、ぼくに付き合って街まで遊びに行く暇なんかない。
騎士のアドルフさんたちもぼくのお守をする時間なんてないだろうし、今回はセバスも騎士団のお仕事に参加するから、ぼくに付き合ってくれる大人が誰もいないの。
母様に白銀と紫紺が一緒だからいいですか? とねだってもなぜか「ダメ」と言われる気がするのはなぜだろう?
ぼくは短い腕を頑張って組んで首を傾げて考える。
どうやったら、街にお買い物に行けるかなって。
「簡単だよ。僕と一緒に行くって言えばいい」
ひょいと後ろから抱き上げられて、驚いて振り返ると兄様がニコニコ顔で立っていた。
「んゆ?」
「どうしたの? 街にお買い物に行きたいんでしょ? 行こうよ」
兄様のお顔はニコニコ。
んゆ?
「にいたま。おこってる?」
ぼくの質問に、兄様の片眉がピクリと動いたような気がした。